アンジェリーク

哀しみの必要

「はぁーい、アンジェリーク、誘いに来たよ~ん」

女王審査の翌日、そろそろ出かけようかと考えていたアンジェリークの許へオリヴィエがやって来た。

「オリヴィエ様……」

「予定がなきゃ、デートしない? せっかくのいい天気だしさ」

極めて明るく軽く、デートに誘ってくる。いつもと変わらぬ明るいオリヴィエにアンジェリークはくすっと笑った。

「誘ってくださってとっても嬉しいです、オリヴィエ様」

アンジェリークは笑顔で応えた。だが、その笑顔がいつもの輝くような明るいものではなく、少しばかり無理をしたものであることに、オリヴィエは気付いた。けれど、何も言わなかった。

オリヴィエは多分、守護聖の中で一番人の気持ちに敏感な人物だった。特に初めから可愛がっているアンジェリークの気持ちには。だから、アンジェリークも想いにも気付いていたし、ぎこちない笑顔の原因にも想像がついた。

アンジェリークは昨夜、色々と考えすぎてしまい、今朝も気分が少し重かった。自覚してしまった恋が重くて、想いが溢れてしまいそうで怖かった。

だから、オリヴィエが来てくれたことは幸運だった。オリヴィエが来なければ、きっとオスカーの所へ行ってしまっていたから。もしオスカーに逢ってしまったら、どんどんこの気持ちは膨らんでしまって、女王候補であることの責任も何もかも投げ出してしまいそうだから。

「じゃ、出かけようか。そーだねぇ、天気がいいから、公園にでも行こうか」

さっとドアを開け、アンジェリークの肩に手を回す。手馴れたエスコートである。ジュリアスやクラヴィスではこうはいかない。オスカーと並んで女性の扱いに慣れているオリヴィエだった。

 

 

 

「う~ん、いい天気。気持ちいい~」

伸びをしながら、オリヴィエが言う。

「天気がいいと、なんか気分が明るくなるよね。少しは気が晴れたかな?」

横に並んでいるアンジェリークの顔を、オリヴィエが覗く。

「昨夜はあんまり眠れなかったみたいだね。お目々がウサギさんになってるよん。ダメだよ、睡眠は確り取らなきゃ。睡眠不足は美容の敵。お肌が荒れちゃうよ。若いからって油断してると、すーぐお肌の曲がり角が来ちゃうんだから」

オリヴィエらしい科白で明るく言う。オリヴィエは自分がアンジェリークにとって頼りになる『お姐さん』的存在であることを自覚している。大いに不本意なことではあったが、この少女にとって自分が恋の相手とは成り得ないことも知っていた。だから、この愛しくて可愛い少女の為には相談役に徹して、一肌も二肌も脱いでやるつもりのオリヴィエだった。

「そーだ、アイスクリームでも食べようか。ちょっとそこで待っててね」

木陰のベンチを指差して、オリヴィエは売店へと走っていった。

アンジェリークは言われたとおりにベンチに座った。オリヴィエの心遣いが嬉しかった。昨夜はずっと考え事をしていた。それで眠れなかった。

いつのまにかオスカーに恋をしていた。初めは子ども扱いされたことにむっとした。気障な口調に呆れていた。如何にも『守護聖』なジュリアスに比べてこんな人もいるのかと思った(尤も、守護聖たちを知るにつけ、『守護聖』らしい『守護聖』は少数派だと判ったが)。

やがて、オスカーの鳥肌ものの気障な科白が優しさだと気付いた。『女王候補』として必要以上に硬くならずに済むよう、普通の少女として扱ってくれていることに気付いた。尤も、あの鳥肌ものの科白は天性のものでもあったのだろうけれど。

気がつけばオスカーの執務室を訪れている。他の守護聖を訪ねるつもりでいたのに。オスカーの笑顔に接するだけで幸福な気分になった。オスカーの姿を見かけるだけでも嬉しかった。けれど、だんだん苦しくなった。自分は女王候補なのだ。彼は守護聖なのだ。きっとオスカーは自分を女王候補以上のものには見ていないだろう。

以前占いの館のサラに言われたことがある。『たった1人の人を愛せないまま、全宇宙の生命を愛せるかしら? 女の子が恋をしちゃいけないなんて、きっと女王陛下はおっしゃらないと思うわ』と。そして『貴女たちは飛空都市で恋をする。生涯忘れられない心の宝石を見つけるでしょう。あんな魅力的な男性たちが傍にいるんですものね』とも。

そう言われたときに心に浮かんだのはオスカーだった。まだ恋を自覚していないときだったから、『何で、オスカー様が!』と思っていた。けれど、その頃からアンジェリークの中にオスカーは住んでいたのだ。

けれど、女王陛下が女王候補たちに許すのは、きっと恋をすることだけ。恋をしてもそれが成就することはあってはならないのだ。初めから成就しないと判っていたのに、恋をしてしまったことは苦しかった。

「お待たせ」

アンジェリークはオリヴィエの声で現実に引き戻された。

「甘いものの食べすぎは美容に良くないんだけど、偶にはいいよね。ここのは美味しいんだよ」

ミントのアイスクリームを渡しながら、オリヴィエは言う。

「ありがとうございます、オリヴィエ様」

「どういたしまして」

アンジェリークの横に座りオリヴィエが応える。話を切り出す切っ掛けを測りながら。

「美味しい……」

「でしょ? ほんのり甘くてちょっぴり苦くて。恋の味に似てるかな? 今のアンジェリークにはぴったりの味じゃない?」

「オリヴィエ様……」

「早く食べないと溶けちゃうよ。話は後」

優しく笑ってオリヴィエはアンジェリークの言葉を止めた。公園で賑やかに遊ぶ子どもたちの声を聞きながら、2人は暫く無言だった。

「で、アンジェリークがウサギのお目々してた原因は赤毛の馬鹿かな?」

アンジェリークが食べ終わったのを見計らって、オリヴィエは優しく訊いた。

「オリヴィエ様……」

アンジェリークは驚いてオリヴィエを見る。

「そうなんだろ? わたしの目は誤魔化せないって。アンジェリーク見てれば判るさ。ま、朴念仁やお子ちゃまたちは気付いてないと思うけどね」

軽く言ってアンジェリークの気持ちを和らげようとする。

「いけないことだって判ってるんです……。わたしは女王候補なんだから。でも……」

俯いて震える声でアンジェリークは言う。

「女王候補だって女の子でしょ。恋をしちゃいけないって法はないよ。女の子にとって恋は必要不可欠の心の栄養だもん。いいじゃない、恋くらいしたって」

ポンポンとアンジェリークの金色の頭を叩いてオリヴィエは言う。

「でも……」

アンジェリークはオリヴィエを見上げる。

「いいんだよ。命短し恋せよ乙女ってね。しようと思っても出来るもんじゃないし、しないって決めてても突然遣って来るもんでしょーが、恋ってのは。自分の自然な心の動きに任せるしかないんだから」

「でも、色々とぐちゃぐちゃしちゃうんです。他の方の所に行かなくちゃいけないのにオスカー様の所ばかり行っちゃうし、育成お願いする為に行くんじゃなくて、お逢いしたいから育成お願いしちゃうし……」

再びアンジェリークは俯く。オリヴィエが呆れてしまうのではないかと思うと恥ずかしかった。

「仕方ないさ。それが恋ってもんだからね。その人のことで心も頭もいっぱいになっちゃてさ、嬉しくなったり哀しくなったり」

言いながら、オリヴィエはアンジェリークの頭を抱き寄せた。自分の胸に金色の頭を抱き寄せ、優しく撫でる。

「オリヴィエ様……」

オリヴィエの意外に広い胸で、その暖かさにアンジェリークは涙が零れた。

「でも、自分がどんどん醜くなっちゃうんです。自分だけを見て欲しいって。ロザリアと仲良くしないでって。女の子としてのわたしだけを見てくださいって……。エリューシオンのことなんかどうでもよくなっちゃうんです。オスカー様のことしか考えられなくなっちゃう……」

「……」

オリヴィエは何も言わずにアンジェリークの髪を撫でる。思いっきり吐き出してしまえば楽になるから。アンジェリークの心の中の問題だからどうしてやることも出来ない。けれど、誰かに話してしまえばすっきりして楽になるから。聞いてやることは出来る。

「あら、アンジェリーク。オリヴィエ様も」

と、不意にロザリアの声がした。アンジェリークは慌てて涙を拭う。

「デートだったの……? わたしと同じね」

ロザリアの言葉に顔を上げると、ロザリアの後ろからオスカーが現れた。

「意外な所で遭うな、オリヴィエ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんもなかなか隅に置けないな」

いつもの口調でオスカーは言った。だが、その顔が強張っていることにオリヴィエは気付いた。

(ったく、この馬鹿。こんなときに現れた上にそんなこと言うわけ!?)

オリヴィエは心の中で毒づく。この際オスカーの表情なんて後回しだ。それよりもアンジェリークのほうが気にかかる。

アンジェリークは顔を伏せている。よりによって他の守護聖といるところをオスカーに見られてしまった。そのうえ、そんなふうに揶揄われてしまうなんて恥ずかしくて顔が上げられなかった。それにロザリアと――他の女と一緒にいるオスカーなんて見たくなかった。

「ふん、五月蝿いよ、女ったらし」

俯いてしまったアンジェリークを庇うように、オスカーを挑発する意味も込めてオリヴィエはアンジェリークの頭を抱き寄せる。抱き寄せた肩が微かに震えている。

「なかなかお似合いだぜ、お2人さん」

見事の挑発に乗り、オスカーはさらに拙いことを言う。その言葉を耳にした瞬間、アンジェリークの体が強張り、オリヴィエに彼女が受けた心の痛みを感じ取らせた。

「馬鹿の顔見たら、気分悪くなった。アンジェリーク、帰ろう。じゃあね、ロザリア」

アンジェリークの肩を抱いたまま、オリヴィエは立ち上がる

「失礼します……オスカー様……」

アンジェリークが震える声で告げる。俯いたまま。オリヴィエに促され、肩を抱かれたまま、歩き始める。

去っていく2人を見つめながら、オスカーの心は荒れ狂っていた。嫉妬していた。アンジェリークは恥らっていたのだろう。オリヴィエとの甘い時間を見られてしまったことに。そう思うと堪らなかった。アンジェリークとオリヴィエが親しいことは知っていた。オリヴィエが殊の外アンジェリークを可愛がっていることも。だが、あんなにも親密だったとは……。

俯いて去っていくアンジェリークを気遣わしげな視線で見送り、ロザリアはオスカーを振り返った。アンジェリークを傷つけるようなことを言うなんてどういうつもりなのかと責めるつもりで。だが、オスカーは険しい表情をして、ロザリアに口を開くことを躊躇わせた。

(やっぱり……オスカー様、本気なんだわ……)

今日、オスカーを誘ったのはロザリアだった。『アンジェリークを惑わせないでください』と、そう釘をさすつもりだったのだ。アンジェリークは次代の女王になるべき少女なのだ。そのアンジェリークを軽い気持ちで振り回して欲しくなかったから。だが、今のオスカーの表情を見る限り、軽い気持ちなんてものではなさそうだった。

「すまないな、お姫さま。悪いが気が削がれた。今日はここまでにしよう。送っていかなくて悪いな」

普段のフェミニストぶりも捨てて、オスカーは踵を返した。ロザリアに構っていられる心境ではなかったのだ。

本当なら、今日はアンジェリークと過ごすつもりだった。彼女を誘って、森の湖にでも行って、甘い幸福な時間を過ごそうと思っていたのだ。だが、突然ジュリアスに呼ばれ、休日なのに一仕事片付けなければならなかった。それでも急いで仕事を片付け、アンジェリークの部屋へと行った。だが、アンジェリークは既にいなかった。仕方なく執務室に戻るとロザリアがやって来た。一旦は断ったが、重ねて誘われ、気晴らしになるかと出かけることにしたのだ。だが、逆効果だったようだ。あんな場面に出くわすとは。

アンジェリークはオリヴィエの腕の中にいた。オリヴィエはいつもの軽薄な態度からは考えられぬような真剣な、けれど優しい表情でアンジェリークを抱いていた。アンジェリークは安心しきったよう躰を預けていた。

「くそっ……」

むしゃくしゃする。こんなときは体を動かすに限る。

「ランディ、剣の稽古をつけてやる! 来いっ!」

その日、ランディはとばっちりを受けてへとへとになるまでオスカーに付き合わされた。

 

 

 

「もう泣かないの、アンジェリーク。折角の可愛い顔が台無しになっちゃうよ」

公園からずっと泣きっぱなしのアンジェリークをオリヴィエは優しく慰めた。2人は特別寮のアンジェリークの部屋へと戻っていた。ベッドに腰掛け、俯いて泣いているアンジェリークの肩を優しく抱いて、オリヴィエは少女の涙を拭う。

オスカーに見られてしまった。オリヴィエと一緒にいるところを。『お似合いだ』なんて揶揄われてしまった。誤解されてしまった。それに……オスカーはロザリアと一緒だった。

「……見ないで……ください……。きっと、わたし、凄く嫌な顔してる……。ロザリアに嫉妬して……」

顔を伏せたままアンジェリークが言う。声が掠れて震えているのがなんとも哀れだった。

(あの馬鹿っ。こんなにアンジェリークを泣かせて……!)

アンジェリークを慰めながら、オリヴィエはオスカーに対して怒っていた。大切な妹を泣かされた兄(それも超シスコンの兄)のような感情である。

オリヴィエの想いだって、一旦は恋愛感情へとなりかけたのだ。可愛くて愛しくて守ってやりたくて。自分の腕の中に閉じ込めてしまいたかった。けれどアンジェリークの瞳が誰を追いかけているのか知ってしまった。

嫉妬を全く感じなかったといえば嘘になる。けれど、オスカーに恋をしてアンジェリークは綺麗になった。一途にオスカーを見つめる瞳に、オリヴィエは自分の恋を諦めたのだ。いや、諦めたというよりは、感情が変化した。アンジェリークの恋を守ってあげよう、彼女が笑っていられるように。だからこそ頼りになる『お姐さん』的立場に徹してこれたのだ。

それなのに、肝心要のオスカーの馬鹿はアンジェリークを傷つけた。傷つけようとして傷つけたわけではない。だから一層始末に負えない。

「オスカーも大人に見えて結構ガキだからね、あれでさ。きっと自分の気持ちを持て余しちゃって、あんなこと言っちゃったんだと思うよ。逆に見込みありだと思うけどね」

と、アンジェリークに言う。けれどそれはオスカーの僅かな表情の変化に気付いたオリヴィエだからこそ言える科白であり、恥ずかしくてオスカーの顔を見ることが出来なかったアンジェリークにとっては、ただの慰めの科白にしか聞こえない。

「……そうでしょうか?」

結果的に、アンジェリークは不信感いっぱいの声で応える。

「そ。わたしを信じなさいって。それに、もし見込みがないって思ったらアンジェリークは恋を捨てちゃうの?」

オリヴィエに応えたことによってあげていたアンジェリークの瞳をオリヴィエは見つめる。優しく問い掛ける声と共に。

「想うのは、自由ですよね……」

見込みがない恋だということは初めから判っていた。女王候補と守護聖。女王になれば恋人を持つことなど許されない。試験に敗れれば自分は学院へ戻らなくてはならなくて、二度と逢うことは出来ない。そんな恋をしたのだ。だから、想いが叶うことなんて期待していなかったはずなのに。

「そーだよ。想うのは自由なんだから。失恋したわけじゃないんだよ」

『失恋』――『恋を失う』と書く。想うのは自由なら、その想いを持っている限り恋は失われない。失恋なんてしない。

「それにまだ振られたわけじゃないんだし。諦めちゃうのは早いよ。もしまだあいつの気持ちがアンジェリークに向いていないんだとしたら、自分磨いてこっち向かせればいいんだ」

明るくアンジェリークの気持ちを引き立てるようにオリヴィエが言う。

「そう、ですね」

アンジェリークは笑顔を作って応える。まだ本心から笑えているわけではない。けれど慰めてくれるオリヴィエの心遣いが嬉しかった。

見つめるだけで、逢えるだけで、言葉が交わせるだけでときめいてしまう。嬉しくなる。幸せになる。そんな気持ちを持てたことは幸せなことだ。だから想いが叶わなくても傍にいられるだけでいい。ずっと、そう思っていたはずなのだ。

成就を期待できない恋は辛いけれど、その気持ちを持てただけでも幸せ。これからもオスカーの何気ない一言で嬉しくなったり傷付いたりするかもしれない。でも、それでもいい。

だからアンジェリークはオリヴィエに微笑んでみせた。

 

 

 

アンジェリークの部屋を出たオリヴィエは一旦自分の館へ戻ると、すぐさまオスカーの館へ向かった。

「お邪魔するよ、女ったらし」

初めから喧嘩腰でオリヴィエは言い放つ。守護聖の1人として来たわけではない。オスカーも最も近しい友人として、アンジェリークの性別を超えた友人、理解者として、訪れたのだ。

一方オスカーは既に暗くなった室内に明かりもつけず、いつもなら周りに侍らせているはずの美女たちも遠ざけ1人座り込んでいる。何をするわけでもなく。

「何しに来たんだ、極楽鳥」

問う声も低い。

「話があってね。まずは1杯やらない?」

と、持参したワインを見せる。前任の緑の守護聖カティスが残していった秘蔵のワインである。オリヴィエは軽い口調の中に、有無を言わせぬ響きを込めて言う。オスカーは仕方なく立ち上がると、サイドボードからグラスを2つ取り出す。

「じゃ、乾杯。……健気で、可愛いアンジェリークに」

カチンとグラスを合わせ、オリヴィエが言う。

「惚気に来たのか、オリヴィエ」

むっとしてオスカーが返す。

「単純馬鹿だねぇ、あんたも。確り誤解してくれてるわけだ」

自分で挑発したことを棚に上げてオリヴィエはオスカーに呆れる。だが、それはオスカーが彼女に対して真剣であることも、オリヴィエに確信させた。だから真っ直ぐにオスカーの目を見つめていった。

「遠回しに聞くのも面倒だからさ、単刀直入に言うよ。あんた、アンジェリークにマジで惚れてんのね」

オリヴィエのその真剣な眼差しに、オスカーは目を反らすことが出来なかった。

「アンジェリークは……自分のものだから手を出すなって釘を刺しに来たのか……? 俺は人のものに手を出すほどガツついちゃいないぜ」

自嘲の笑みを頬に張りつかせてオスカーは応える。自棄になっているような口調だった。

「ふ~ん、マジなんだ。女ったらしほど、マジな娘には簡単に手を出せないってのは、本当みたいだねぇ」

感心したようにオリヴィエは言う。

「あんたが誤解しちゃうのも無理ないけどね。わたしも頭に来たから誤解されるような行動とったしね」

オリヴィエの言葉を聞きたくないとでも言うように、オスカーはグラスを開ける。新たな赤い液体を、グラスに注ぐ。

「ちょっと、折角のカティスのワインよ。そんな呑み方しないでよ」

オスカーの手からワインの瓶を取り上げると、オリヴィエは途端に表情を変える。

「いい? あんたが何をどう誤解して勝手に傷付こうがわたしには関係ないんだ。でも、その所為でアンジェリークが傷付くことは許せない。だから態々こうやって誤解を解きに来てやったんだ。ちゃんと聞きな」

「俺がアンジェリークを傷つける? まさか……」

明らかな自嘲の笑みを浮かべる。

「意外だったがお似合いだったぜ、オリヴィエ。お前だってアンジェリークに本気なんだろうが」

「そうだね。本気になりかけてたよ。あのコの目が誰を追ってるか、気付くまではね」

勝手に傷付いて自分の殻に閉じ篭りかけているオスカーに、オリヴィエは腹が立つ。

(アンジェリークが泣かなきゃこんな馬鹿放っとくよ。こんなのが相手じゃ苦労するよ、アンジェリーク……)

心の中で溜息をつく。

アンジェリークに惹かれているのはオスカーだけではない。はっきり言って全ての守護聖が女王候補への好意以上のもの抱いている。特に自分の殻に閉じ篭っていたクラヴィスと、これまでそんな甘やかな感情とは無縁だったジュリアス。だが、未だ前の恋の傷の所為で臆病になっているクラヴィスは再び傷付くことを恐れ自分の気持ちを否定し続けている。ジュリアスはジュリアスで守護聖の長という立場に囚われてその感情を認めまいとしている。だから、オスカーはまだ自分に嫉妬し誤解するだけで済むのだ。もしあの2人が自分の気持ちを認め、行動を起こしたらどうなるのか。

(あの2人のほうが、まだましかもよ、アンジェリーク)

永い年月を、孤独を知り苦しんでいた人たちだから、優しさを持っている。本当の優しさを。少なくとも今のオスカーよりは包容力があるだろう。尤もそれを言うならば、オリヴィエに恋をしていたほうがずっとアンジェリークにとっては楽で、幸福なことだったかもしれない。オリヴィエは普通の人間として過ごした時間が一番長い分、人としての感情や経験が豊富だったから。一番包容力があったから。

(ま、打算で人を好きになるわけじゃないけどね)

「いい、オスカー? わたしとアンジェリークはあんたが誤解しているような関係じゃないの。アンジェリークにとってわたしは『男』じゃないんだ。恋愛対象外の安全牌」

そういった意味であれば、リュミエールとルヴァ、マルセルもそうだった。マルセルは幼くて弟のようなものだし、リュミエールに『男』は感じない。殆ど同性のような感覚だ。ルヴァはあの浮世離れしたところが寛げる完全な対象外。

「あの子にとって『男』はたった1人だけだよ。それはわたしじゃない」

何で自分がここまで言ってやらなければならないんだとオリヴィエは少々馬鹿らしくなった。だが、オスカーの為ではない。可愛い『妹』であるアンジェリークの為だ。いや、決してオスカーのことを嫌いなわけではない。聖地では一番近しい友人だと感じている。だから、大好きなアンジェリークと、嫌いじゃないオスカーの為に誤解はきちんと解いてあげたかった。

「だったら、誰だって言うんだ」

オリヴィエから思ってもみなかったことを聞かされてオスカーは呆然と呟く。

「そこまで教えてやる気はないね。あのコのこと、ちゃんと見てれば気付くはずだよ、鈍感」

と、殆どばらしてしまっている発言をオリヴィエはする。

「誤解は解けたね。いい? アンジェリークを泣かせたりしたら承知しないよ。さて、夜更かしはお肌に毒だわ。わたしはそろそろ退散することにするね。ワインはあげるからゆっくりと味わうのよ」

幸せな気分と一緒にね、心の中で付け加える。

「ああ、じっくり味わうよ、オリヴィエ」

礼を言うのは照れ臭かった、だからそういう科白に代えた。オリヴィエもそれを判ってくれるから。

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