女王試験開始から111日経った土の曜日。第4回目の女王審査が行なわれた。今回の審査は、守護聖全員による支持率を競うものだった。1人1人が支持する女王候補の名を挙げ、退出していく。
「わたしはアンジェリークのほうが相応しいと思うんですけど」と、地の守護聖ルヴァ。
「わたしはアンジェリークのほうがいいと思うな」と、夢の守護聖オリヴィエ。
「オレはアンジェリークのほうがいいと思うぜ」と、鋼の守護聖ゼフェル。
「僕はアンジェリークが女王になるほうがいいと思います」と、緑の守護聖マルセル。
「アンジェリークのほうが女王になるべきだと思います」と、炎の守護聖オスカー。
「わたくしはアンジェリークこそが女王に相応しく思えます」と、水の守護聖リュミエール。
「俺は今のところアンジェリークこそ女王に相応しいと思います」と、風の守護聖ランディ。
「アンジェリークのほうが新たな女王に相応しい」と、闇の守護聖クラヴィス。
「現時点においてはアンジェリークのほうが女王に相応しいと思われます」と、光の守護聖ジュリアス。
9人全ての守護聖がアンジェリークの名を挙げた。
「守護聖の心を統べることは女王として最も重要な務めである。アンジェリークはそれをよく理解している。……立派なことである」
現女王はアンジェリークの資質が期待以上のものであったことを内心嬉しく思いながら、淡々とした口調で言った。
「アンジェリークには女王陛下からご褒美があります。貴女の力を今より1つ増やしてくださるのですよ。女王候補として益々励んでくださいね」
女王補佐官のディアは常と変わらぬ優しい微笑みを浮かべ、言った。
「ありがとうございます!」
「では、2人共。また会いましょう」
「では、失礼いたします。……行くわよ」
ロザリアがアンジェリークを促す。
「失礼いたします」
頭を下げ、アンジェリークは先に行ってしまったロザリアを慌てて追いかけた。
ロザリアを追いかけるアンジェリークの後姿を見つめながら、ディアは親友である女王に言った。
「アンジェリークの資質は期待以上のものでしたわね、陛下。あの子の明るさと優しさが、ここまで守護聖たちを変えるとは……」
責任感に縛られて必要以上に厳しかったジュリアス、協調性がなく最低限度の務めしか果たそうとしなかったクラヴィス、守護聖であることに反発していたゼフェル。長い年月を共に過ごすからこそ複雑になっている守護聖同士の関係。それらに微妙な変化が起きている。アンジェリークを女王にしたい、彼女の為に力を貸してやりたい、そういった思いが守護聖たちに芽生え、守護聖たちが変わってきている。良い方向へと……。
「ええ……。あの娘は素晴らしい女王となってくれるでしょう」
わたしの力はもうすぐ失われてしまうけれど、あの娘が後継者となるのであれば宇宙は安泰だろう……女王は安堵の溜息をついた。
「エリューシオンの建物も既に50を超えています。早ければ、あと10日もせぬうちに、新たな女王の誕生となりますわね」
そうなれば、自分たちはこの永い歳月から解放され、新たな人生を踏み出すことになるのだ。一抹の不安と寂しさ、そして重責と無限に思える永い歳月から解放される喜びが胸に広がる。
「そう、間もなくね……」
「意外でした。あれほどの守護聖がアンジェリークを支持するとは……」
オスカーは聖殿の執務室へと向かいながら呟いた。隣には守護聖の長であるジュリアス、その隣には悪友でもあるオリヴィエがいた。
第4回目の女王審査。守護聖全員がアンジェリークを支持したことをジュリアスから聞いたのである。元々年長組と同期の5人が彼女を支持していたことは知っていた。しかし9人全員が彼女を支持しようとは、オスカーも思っていなかった。これでアンジェリークはもう1人の女王候補に圧倒的な差をつけて、最大である8つの『心の力』を得たことになる。
「全員ねぇ……」
同様にオリヴィエも驚いたように言う。
「ゼフェルはこの前までこの前までロザリア派だったじゃない」
「あれにも人を見る目が出来たということか」
「そーゆー言い方は止めなよ。でも、確かにアンジェリークが女王になったほうがいいな。あのコが来てから、わたしたちの人間関係もちょっとは良くなったし。あんたとクラヴィスも仲良くなったしね、ジュリアス」
「別にそのようなことは……。が……確かにクラヴィスも職務を忠実にこなすようになったな」
「エリューシオンに随分サクリアを贈ってるもんね。だからかな、民の気持ちも安定してるし。そー言えば、あんたも随分サクリア贈ってるじゃないのさ、ジュリアス」
「……大陸のバランスを崩さぬ為だ!」
(――ったく、素直じゃないんだから)
そんなジュリアスの態度に、オリヴィエは心の中でケラケラと笑う。
「そなたこそ早くからサクリアを贈っていたではないか」
「わたしは初めっから、アンジェリークのほうが好きだもん。だって、可愛いじゃない、あの子。健気で素直で。あのロザリアだって、アンジェリークの前じゃすっかり毒気抜かれちゃってるしねぇ。初めは凄かったのよ、ロザリア。『なんであんたみたいなのが女王候補なの、信じられない! これで女王はわたくしに決定ね』ってね。ところが今じゃすっかり親友だもんね。あの高ビーお嬢様が、アンジェリークに影響されたのか、謙虚さと素直さまで身につけ始めちゃってさ」
クスクスと笑いながら、オリヴィエは言う。
「確かに、な。やはり、陛下のご選択は正しかったということか」
頷きつつ、ジュリアスが言う。
2人の会話を聞きながら、オスカーはずっと無言だった。彼は話題の主である少女のことを考えていた。
初めは、明るく元気で素直なだけの少女に女王候補が務まるのだろうかと思った。女王候補とは思えず、普通の少女に対するような態度で接していた。だが、『女王候補』であることに必要以上の気負いを持たず、飛空都市で健気に行動する彼女の姿を次第に目で追うようになっていた。大陸の民たちの為に守護聖たちに育成を頼み、王立研究院で、あの厳しいパスハの指導を受け、いつでも一生懸命な彼女の姿をいつしかオスカーは眩しく感じていた。
最悪の状態にあったジュリアスとクラヴィスの関係も彼女の存在ゆえに歩み寄り始め、今では親友とはいわぬまでもそれなりに好ましいものに変わってきている。それに伴い、それぞれの腹心を思われている自分とリュミエールの気苦労も随分と軽減された。
大陸の民たちからも心の底から『天使様』と慕われ、多くの守護聖から好意を寄せられているアンジェリーク。女王となるに相応しい資質を持った少女――そう思ったから、アンジェリークを支持した。
だが、自分の気持ちが『女王候補への好意』以上のものであることにオスカーは既に気付いている。
アンジェリークは既に8つの力を得ている。大陸の育成も、ロザリアに建物の件数にして30件以上の差をつけてリードしている。自分たちが望んだようにアンジェリークは女王への道を着実に歩んでいる。オスカーはそのことに満足してもいいはずだった。喜んでもいいはずだった。だが、彼はそのことに苛立ちと焦りを感じ始めている。それが何故なのか、既に判っていた。
「どーしたのさ、オスカー」
突然、目の前にケバい顔が現れ、オスカーはギョッとする。
「そんなに驚くなんて失礼な奴」
フン、と鼻を鳴らしてオリヴィエが言う。ハッと気がついて周囲を見渡すと、既に飛空都市の聖殿へと戻っていた。
「何、考えこんでんのさ」
「いや、別に」
「ふーん」
既にジュリアスは自分の執務室に戻っていた。それすらも気付かないほど、オスカーは自分の考えの中に入り込んでいたらしい。
「ま、いいけどさ。ただ、あんたはどっちかっていうと筋肉馬鹿の部類に入るんだからね。あんまり使い慣れない頭使わないほうがいいんじゃない? 馬鹿の考え休むに似たり、ってね」
「俺はランディじゃない。お前は本当にお気楽な奴だよ、極楽鳥」
「フン、いーんだよ、わたしはこれで。じゃーね」
言いたいことだけ言ってしまうと、オリヴィエもさっさと部屋へ戻ってしまう。
「確かにあいつの言うことにも一理あるな。考え込みすぎるのは俺らしくない。行動の男のはずだぜ、俺は」
オリヴィエの軽口のお陰で少々気分が軽くなったようだった。
明日の日の曜日はアンジェリークを誘って湖にでも行こう――オスカーはそう考えながら執務室へ戻った。
「ふー、疲れたぁ……」
特別寮の自分の部屋に帰るなり、アンジェリークはベッドに寝転んだ。女王審査の為に聖地の謁見の間に行った後、土の曜日の日課として大陸を訪問してきた。
大陸の育成を始めてからまだ111日。だが、大陸では何十年という月日が流れている。初めて会ったときにはまだ子どもだった大神官も既に成人して父親となっている。自分にとってはたった4ヶ月足らずの短い時間。だが、大陸の住人たちにとっては十分に長い時間。その永い歳月を彼らは変わらずに自分のことを『天使様』と慕い続けてくれている。だから、大陸の人々の為にも精一杯頑張りたかった。大陸に建物が建つと嬉しかった。土の曜日に大陸に降りれば、大神官が嬉しそうな笑顔で自分を迎えてくれた。だから、一層頑張ろうという気にもなった。
「女王……か……」
枕元のウサギのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめ、アンジェリークは呟いた。
正直なところ、アンジェリークはこれまで自分が『女王候補』であるということをあまり深く考えたことはなかった。大陸の育成を任せられ、懸命に生きる大陸の人々が愛しくて、その為に協力してきただけだったのだ。自分が宇宙全体を支える女王になるなんてことは考えてもみなかった。その重責を感じていなかったからこそ、萎縮することなく頑張ってこれたのだといっても良い。
「このままじゃいけないんだわ……。わたしも自覚しなきゃいけないんだ、自分の責任を……」
いつまでも気楽な女王候補ではいられない。現女王の力は衰え始めている。だからこその女王試験なのだ。
「どこまで出来るか判らないけど、やるしかないのよね。きっと、エリューシオンを愛するような気持ちでやればいいんだわ」
自分が女王になった姿なんて想像できない。しかし、今の『天使様』と呼ばれる自分の姿だって想像もしていなかった。自分自身は全く変わったつもりはない。けれど、自分が精一杯やっていること、それがそれなりに結果を出している。だからそれで良いのだろうとアンジェリークは思った。
大陸の人々に幸せに暮らして欲しい。だから守護聖たちと1つ1つ相談しながらやってきた。多分、宇宙を支えるということも同じなのだろう。人々が幸せに暮らす為にはどうしたら良いのか、守護聖たちと考えながら実行していけば良いのだと思った。
「でも、もし女王になってしまったら……」
ころん、と寝返りを打って、アンジェリークは枕に顔を埋めた。
もし女王になってしまったら、自分とあの人の関係はただの公的なものだけに限定されてしまうのだろう。あの人も、きっと自分を女王としてしか見なくなってしまうのだろう……。
自分の中に『恋』が芽生えていることをアンジェリークは自覚していた。育成を頼みに行くのも、ついその人の元へばかり行ってしまう。だからエリューシオンには赤い屋根の建物ばかりが増えてしまいがちになる。飛空都市の中を散歩していても、その人がいないかと探してしまう。逢えば嬉しくて、ドキドキしてしまう。
「オスカー様……」
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