聖地と外界を結ぶ門の前に、数人の守護聖たちが集まっていた。
「じゃあ、オスカー、元気でね」
夢の守護聖であるオリヴィエが言う。
「ああ、お前もな、オリヴィエ。当分はお前がリーダーだ。確りやってくれよ」
聖地を去ることになった炎の守護聖オスカー。彼は数年前に聖地を去った光の守護聖ジュリアスの跡を引き継ぎ、守護聖の首座として残る8人を率いてきた。その彼も今、サクリアの衰えと共に聖地を去ることになったのだ。
「オスカー様、お幸せに」
風の守護聖ランディが複雑な表情で告げる。
「お前も確りやってくれよ。いずれはお前が皆を纏めていかなくてはならないんだからな」
すっかり大人の男となり、頼もしい一人前の守護聖となったランディを見つめ、オスカーは応える。
オスカーとの別れを惜しむ守護聖たちの傍らで、2人の女性がやはり名残を惜しむように別れの言葉を交わしていた。太皇太后(先々代の女王)であるアンジェリーク・リモージュと、その補佐官であったロザリア・デ・カタルヘナだった。
「貴女がいなくなると寂しくなるわね、アンジェリーク……」
「わたしもよ。貴女は最高の親友だもの……」
色々なことがあった。聖地の時間で約5年の歳月を女王として過ごした。二度の女王試験、外宇宙からの侵略、それに関する様々な事件。歴代の女王の中でも最も事件の多い治世ではなかったか。その苦しみの多い歳月を乗り切れたのも、親友である彼女がいてくれたからだった。どれほど彼女の存在に助けられ、支えられたことか。
「幸せになるのよ、アンジェリーク。でなければ赦さなくてよ。もう、わたくしはあんたを助けることも、叱ってあげることも出来ないんだから」
別れの寂しさを吹っ切るように、ロザリアが言う。
「うん……。ロザリアも、幸せになってね」
アンジェリークは堪らなくなってロザリアに抱きつく。
「もう、あんたったら……」
呆れたような口調の中に愛しさを滲ませ、ロザリアも抱き返す。2人は互いの体を抱き締める。お互いがどれほど、この親友を愛しているかを伝える為に。
「アンジェリーク、そろそろ行こう」
守護聖たちの輪の中から出てきたオスカーが、アンジェリークを促す。
「ええ、オスカー」
今、自分は聖地を去る。10年近い昔、自分は女王となる為にこの地を訪れた。そして今、去っていく。女王としての務めを終えて。否、女王としての務めならば既に数年前に終えている。自分の後継者であった先代の女王ですら、既にこの地を去っているのだから。彼女とその補佐官にとっては随分やり難かったことだろう。先代の女王と補佐官が残っているというのは。
アンジェリークとロザリアはそれぞれ愛する者と共にこの地で数年間を過ごすことが出来たのだ。アンジェリークはオスカーを伴侶として。そして今、オスカーと共にこの地を去るのだ。
見送りに来てくれた守護聖の顔を見渡す。既に初めて訪れたときとは顔ぶれが変わっていた。
水の守護聖リュミエール、夢の守護聖オリヴィエ、風の守護聖ランディ、鋼の守護聖ゼフェル、緑の守護聖マルセル。その5人が残っている。あの頃の古参の守護聖、ジュリアス、クラヴィス、ルヴァの3人は既にこの地を去ってしまっていた。そして、4人目の守護聖が、自分と共に去っていく。
「さぁ、行こう」
オスカーに促されて、アンジェリークは歩き始めた。守護聖たちをロザリアに見送られて。
やがて聖地の門が閉ざされる。切なさがこみ上げ、アンジェリークは振り返った。
「まさか、この目で守護聖の交代を見るとは思わなかったわ……」
自分の在位中に守護聖の交代はなかった。守護聖たちよりも先に自分がこの地を去るのだと思っていた。オスカーと結ばれなければ、そうなっていたはずだった。
「ああ……そうだな。もう会うこともないんだな」
オスカーの心の中を寂しさが満たす。しかし、多分自分は幸福なのだとオスカーは思った。こうして愛する者と2人で去っていくことが出来るのだから。その想いはアンジェリークも同じだった。
「……飛空都市とここで過ごした歳月が、わたしにとっての青春だったのかしらね……」
再びアンジェリークが呟く。隣に立つ男に恋をし、傷つき、傷つけ、愛し合ったかけがえのない時間……。
「そうかもしれないな、俺にとっても」
2人は二度と訪れることのない聖地をじっと見つめた。
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