「守護聖たちが待っております。参りましょう」
ロザリアがアンジェリークの手を取って立ち上がらせる。
これから守護聖たちとの初めての会議を行なうのだ。今後の宇宙の在り方について話し合う為に。全ての守護聖が新しく作られた『会議の間』に召集されている。新しくなった宇宙。新しい世界。これからは女王と守護聖の関係も変わっていく。変えていこうと思っている。だからこれまでは補佐官か守護聖の長しか会うことのなかった女王が全ての守護聖と顔を合わせることにしたのだ。女王と守護聖との間を親密なものにする為に。
既に守護聖たちは集まっているだろう。そして当然、その中にはオスカーもいる。
「ね、ロザリア……やっぱり、ベール、するわ……」
ロザリアに手を引かれて部屋を出て行こうとしていたアンジェリークは、震える声で告げた。
「陛下……」
驚いたような、だがどこかで納得したような声をロザリアはあげた。
「判りましたわ」
頷くと部屋の中に戻ると、化粧台の上に置かれたベールを持ってくる。そしてそれを王冠に留める。薄い紗のベールがアンジェリークの口元以外を覆う。表情は全く見えなくなる。
女王のベールはその顔を隠してしまう。だからアンジェリークはベールはしないことに決めていたのだ。ベールで表情を隠してしまえば、その分守護聖との間に壁を作ってしまうと考えていたから。
ロザリアと2人で決めたことだった。ベールをしないということは。けれど、これを覆してしまったアンジェリークにロザリアは何も言わなかった。彼女がベールを望んだ理由に想像がついたから。
「やっぱり自信ないもの。オスカーの顔を見て平気な顔してるの……」
ポツリとアンジェリークが呟く。
「そうね……」
ベールを整えながらロザリアも頷く。昨日すれ違ったほんの僅かな時間ですらアンジェリークの表情は変わってしまっていたのだ。昨日の今日でアンジェリークが平気になるわけはない。ただでさえ喜怒哀楽がすぐ表情に出てしまうアンジェリークなのだ。ポーカーフェイスが出来るはずもない。
「それにベールは視線も隠してくれますわ。オスカーをどれだけ見つめていても気づかれたりしないでしょう。尤も会議の内容が疎かになるほど見惚れてもらっては困りますけれど」
アンジェリークの気を軽くするようにロザリアは言う。
「ロザリアったら……」
くすっとアンジェリークは笑う。ロザリアのその拙《つたな》い冗談でアンジェリークの気持ちは軽くなった。
「さ、参りましょう、陛下」
アンジェリークはロザリアに手を引かれて会議の間へと向かった。
新たに準備された会議室に、守護聖たちが次々と集まってくる。これまでにこのような召集をかけられたことのなかった守護聖たちは皆、戸惑いが隠せないようだった。だが、これからの新しい女王の治世に対する期待もその表情には現れていた。
「嬉しいな、アンジェ……じゃなくって、女王陛下がこれまでは変わらずに僕たちに顔を見せてくれるなんて」
浮き浮きとした口調でマルセルが隣のゼフェルに言う。
「そーだな」
ゼフェルも嬉しそうに応える。女王になってしまったら殆ど全くといっていいほど、顔を合わせることはないだろう。遠い存在になってしまうのだろうと思っていた。けれど、アンジェリークはそうはしなかったのだ。これまでは変わらずに顔を見せ、直接言葉を交わすのだという。
昨日ジュリアスからこの会議の招集をかけられた。新女王はこれまでの聖地の在り方を改革していくのだという。その為に守護聖との間は緊密にするのだとも。それが少年守護聖たちには嬉しかった。
だが逆にそのことを苦々しく思っている守護聖もいた。オスカーである。
女王となったアンジェリークと顔を合わせることはなくなると思っていた。遠い存在になってしまえば、自分も彼女を女王としてのみ見ることが出来るようになるだろうと思っていた。アンジェリークと自分の間にある距離によって、自分は守護聖としての立場に撤することが出来るだろうと考えていたのだ。
だが、アンジェリークは最低でも週に一度はこのような会議の場を持つという。それぞれの職務もこれまでのように補佐官から守護聖首座を通して指示するのではなく、女王が各守護聖に直接指示を与えるようにするのだとも聞いた。
つまり、頻繁に自分はアンジェリークと顔を合わせなくてはならないのだ。それでは自分の気持ちを抑えることが出来るのか、オスカーは自信がなかった。
「お待たせいたしました。女王陛下のお出ましです」
扉が開きロザリアが告げる。守護聖たちは立ち上がり最敬礼をする。ジュリアスが扉の前に行き女王の手を取る。ジュリアスに手を引かれ女王は玉座へ着く。女王が頷くとロザリアが守護聖たちにも着席するように告げた。
「ジュリアスからお聞きのことと思いますが、これからは週に一度、このような場を設けたいと陛下は思召しです。それから、それぞれの職務についても陛下が直接ご指示なさいます。これからは聖地の有り様も変わりますので、お忘れなきように願います」
ロザリアがそう確認し、会議を始めることを告げた。
「今日は旧宇宙から移転した星々をどうするかについて皆の意見を聞きたいと思います。それぞれ忌憚のない考えを聞かせてください」
アンジェリークが口を開く。彼女の声には違いない。けれど、その声音には既に女王らしい威厳があった。
「パスハ。守護聖たちに星々のデータを」
女王の声に促され、パスハがスクリーンにデータを映しだす。各守護聖の手元にも同じデータの束が渡っている。それを元にパスハが旧宇宙から移転した星々の状況に説明を加える。
「まずはどのようにすべきだと考えますか? 皆の意見を聞かせてください」
女王らしい口調でアンジェリークが守護聖を促す。それに従い、ジュリアスが自分の見解を述べる。続いてクラヴィス、ルヴァと古参の守護聖が経験を元に意見を述べる。慣れない守護聖たちをリードするのは彼らの役目だったから。それに触発され、リュミエールオリヴィエ、ランディも自分の考えを述べていった。
(確り……『女王陛下』なんだな……)
会議に参加しながら今1つ入り込めずにいたオスカーは、アンジェリークの女王ぶりを見ながら、そんなことを考えていた。
昨日偶然すれ違ったとき微かに盗み見た彼女は女王ではなく1人の少女の表情をしていた。だが、今は完全な『女王』として自分たちの前にいる。当然といえば当然だったが、オスカーは寂しさを感じていた。自分は間近に彼女の存在があることにこんなにも動揺しているというのに。
「オスカー」
不意に女王の声が自分の名を呼んだ。ハッとしてオスカーは玉座のアンジェリークを見つめる。だがその表情はベールに隠されて全く見えない。
「貴方はどう考えているのですか?」
確りとした女王の声でアンジェリークは尋ねた。オスカーにはそう聞こえた。
「は……わたしは……」
彼女が『女王』としての立場で自分に接している公の場なのだから自分も『守護聖』としてここに存在しなければならない。今更のようにそう思い、自分の考えを述べる。
だが、アンジェリークとて完全に平気なわけではなかった。守護聖たちの意見を聴きながら、目の片隅でずっとオスカーを見ていたのだ。炎の守護聖を無視するわけにはいかず名を呼んだが、そのときには声が震えそうになるのを必死で抑えたのだ。
「皆の考えは判りました。まずは各惑星ごとに詳しい調査を行ないましょう。3人を1つのチームとして、幾つかの星系を担当してもらいます」
一応全ての守護聖が考えを述べた後で、女王はそう告げた。
「α星系はジュリアス、オスカー、ランディ。β星系はクラヴィス、リュミエール、マルセル。γ星系はルヴァオリヴィエ、ゼフェル。それぞれ最長の守護聖を中心に調査を進め再生に必要と思われるサクリアの数値を割り出して報告するように。早急に進めてください」
女王がそう指示を与え、会議は終了した。再びジュリアスが女王の手を取り女王が退出する。守護聖たちは立ち上がり最敬礼でそれを見送る。
扉が閉じられ女王の姿が見えなくなると、守護聖たちの間から溜息が漏れた。
「なんか、随分雰囲気が違ったね……」
溜息をつきながら、マルセルが言った。緊張していた体から力が抜ける。
「ああ……すっかり『女王』だったな……」
当たり前のことを言いながら、ゼフェルも頷いた。
(そう……やはり、アンジェリークは『女王』なんだ……)
心の中で自嘲しながら、オスカーは2人の呟きを聞いていた。『女王』となったアンジェリークの中には最早自分への想いなど消えてしまったのだろう……。少なくとも、自分ほどの想いはもう抱いていないに違いない……そう思うとオスカーの心の中に切なさが沸き上がってきた。
「ご立派でした、陛下」
会議室を出たアンジェリークの手を引きながらジュリアスは言った。
つい昨日までは女王候補だった。自分たちが指導すべき少女だったアンジェリークが今はすっかり自分たちを統べる『女王』となっている。その変化にジュリアスは驚きを感じていた。彼女の資質は知っていたはずだったが、改めて『女王』となった彼女に感嘆の思いを隠せないでいた。
そして、ベール越しとはいえオスカーを前にしての冷静な彼女に。アンジェリークの心がオスカーに向かっていることは知っていた。だが、彼女は自分の責任を自覚し、その責任を全うすることを選んだ。辛くないはずはない。けれど、『女王』としてオスカーの前に現れ、私情を交えることなく『女王』として行動したのだ。少なくとも自分にはそう思えた。
「ちゃんと、女王らしく見えたかしら?」
会議の間での声とは違った、いつもの柔らかな声でアンジェリークは言った。
「ええ、陛下」
一歩下がった位置を歩くロザリアが応える。
「そう、よかった」
アンジェリークはロザリアの言葉に安堵の溜息を着く。間近にいたロザリアやジュリアスにそう見えたのであれば自分が被った仮面は他の誰にも気づかれていないだろう。ベールで表情を隠したのはやはり正解だった。本当はオスカーの姿を見て泣きだしてしまいそうになっていたのだから。
オスカーが自分をまともに見なかったことが苦しかった。オスカーがまだ傷ついていることを見せ付けられたような気がしたから。けれど、同時に嬉しかったのだ。オスカーはまだ自分のことを想っているのだと感じたから。
こんなことを感じるなんて随分酷いことで、自分勝手なことだとは思う。けれど、それがアンジェリークの正直な思いだった。自分だってオスカーのことを想っているのだから。
オスカーに1日も早く立ち直ってほしい。自分がつけてしまった傷を癒してほしい。けれどそれはオスカーが自分の気持ちに整理を付けてしまうことを意味する。そして、多分整理されたオスカーの心の中で自分の存在は仕えるべき『女王』として分類されてしまうのだろう。そう思うと辛かった。
「では、わたしはこれで。早速調査にかかります」
女王の執務室の前まで女王を送り届けたジュリアスは一礼すると、自分の執務室へと戻る。これからオスカーとランディを呼んで、打ち合わせをしなくてはならないのだ。
自分が指導するのはオスカーとランディ。女王が決めた組み合せは、古参・中堅・新参の守護聖を組み合わせている。そして、性格的にも似た守護聖を。それによって、自分たち古参の守護聖たちに次代を担う者たちの指導を任せてくれているのだ。
しかし、自分が指導する2人のなんと厄介なことか。守護聖としての責任感、職務への忠実さは他の守護聖たちよりはずっと強い。けれど、あの2人には共通する問題がある。女王となったアンジェリークへの恋という厄介な問題が。
幸いランディは自分の気持ちにけりをつけたようだ。ランディの真っすぐな、けれど淡かった『恋』は女王への忠誠心へと昇華しつつある。だからさほど問題にはならないだろう。けれど、オスカーは……。
オスカーはアンジェリークに女王の座を捨てさせようとした。守護聖としての自分よりも1人の男としての自分の想いを選んだ。そして、それはアンジェリークが女王となったことによってオスカーに深い傷を与えた。オスカーは未だにその傷を癒すことも塞ぐことも出来ずに苦しんでいる。アンジェリークの想いに気づくことも出来ぬほどに。
だからジュリアスとしてはオスカーの行動に心を配らねばならなかった。オスカーが次期守護聖首座として女王と巧くやっていけるようにしなくてはならないのだ。1日も早くオスカーがアンジェリークへの想いを忘れることをジュリアスは願っていた。そして、その為ならば、多少のことには目を瞑ろうと思っていたのである。
守護聖たちが女王の指示の許、旧宇宙から移転した星々の調査を始めた。その指揮をしながら、女王は現在の宇宙を支える為に、全宇宙へ向けてサクリアを送り続けていた。そうして、聖地は以前と変わらぬ日常を取り戻していった。
「オリヴィエ様、ちょっとよろしいでしょうか」
突然ランディがオリヴィエを訪ねてきたのは二度目の会議が終わった日のことだった。
「あら。珍しいね、熱血ボーイ」
職務の為に自分の執務室を訪れることはあっても、自分の館を訪ねてくるのは滅多にないことだった。だから、オリヴィエはそう言ってランディを迎えた。多少声に棘が含まれるのはどうしようもないことだった。少しばかりランディのことを恨んでいる。女王試験の終了を決めたのはランディが送ったサクリアだったから。
「あの……オスカー様のことで、ちょっとご相談が……」
居間に通されたランディは、そう話を切り出した。
アンジェリークが即位した夜、ランディはアンジェリークの寝室をじっと見つめるオスカーの姿を見ていた。苦しいような切ないような、これまでランディが見たことのない表情でオスカーはじっとアンジェリークの寝室を見つめていた。
「オスカー様と陛下……、ひょっとして……」
言いにくそうに、ランディは口に出す。
前回と今日、二度の会議が開かれた。その席でオスカーの苦しそうな表情をしていた。女王の座に座るアンジェリークを見つめることが出来ずにいた。ただ、アンジェリークが他の守護聖やロザリア、パスハといった、出席していた他のメンバーと話しているときだけ、盗み見るようにアンジェリークを見つめていたのだ。苦しそうな、哀しげな瞳で。
そのオスカーの表情はランディにオスカーの想いを気づかせた。オスカーのアンジェリークに対する深い想い。そして、その想いによって受けた傷を。
一方のアンジェリークがどういう気持ちでいるのかは、ランディには測りかねた。アンジェリークの表情は女王のベールに隠されていて見ることが出来なかったから。けれど、少なくとも女王候補であったときのアンジェリークはオスカーに惹かれていた。そのことをランディは知っていた。だからこそ1日も早いアンジェリークの即位を望んでいたのだ。
「あんたが口出しすることじゃないでしょ。オスカーとアンジェ……陛下の問題なんだから」
突き放した口調でオリヴィエは言った。今更ランディがオスカーの気持ちに気づいたからといってどうなることでもない。アンジェリークはオスカーの想いを拒絶し、女王となってしまったのだから。時間が修復するはずだった2人の関係もランディたち少年守護聖によって与えられなかったのだから。
「わたしたちに出来ることは、少しでも陛下の力になることでしょ」
自分たちがしているように。少なくとも、リュミエールや自分はアンジェリークが愚痴を言える存在でいようと決意している。オスカーとの問題を知っている自分たちは、どんなときでもアンジェリークとオスカーの関係に心を砕いていこうと思っているのだ。
「オリヴィエ! 入るぜ」
突然そこにゼフェルが現れた。
「お前なんとかしろよ。オスカーのダチだろ!」
何の前置きもなく怒った様子でゼフェルはオリヴィエに言った。
「突然やって来て、いきなりなんなのよ、あんたは!」
ただでさえランディの来訪で苛立っていたオリヴィエは、眉を釣り上げて応える。そのオリヴィエの表情にゼフェルは怒りを削がれた様子で、一歩退いた。
「オスカー様がどうかしたのか?」
ランディがゼフェルに問う。その問いにゼフェルは気を取り直し、オリヴィエに向き直った。
「あいつ、また夜遊び行きやがったんだ」
今夜も偶然聖地と外界を結ぶ門の前で会った。勿論警備兵のいる正門ではない。ゼフェルが聖地を抜け出して遊びにいくときに使う抜け道で、である。このところ毎晩のようにオスカーと会っている。その所為でゼフェルは全く遊びに出ることが出来ない。
「あいつ、自分は出掛けてって女侍らせてるくせにオレには説教するんだぜ。やってらんねーよ」
そのことを思い出したのか、ゼフェルは怒りを露にして言う。
「てめー、オスカーとはダチだろ。てめーからなんとか言えよな」
怒りながらも、ゼフェルの口調にはどこか心配そうな響きがあった。
ゼフェルは決してオスカーのことが嫌いではない。オスカーは大嫌いなジュリアスの腰巾着だがなかなか付き合いやすい男だと思っている。口は悪いが、はみ出し者の自分にも理解のあるところを見せたりする。男らしい漢《おとこ》だと思っていて、結構憧れていたりするのだ。
「あいつさぁ、このごろ変だろ? なんか、みょーに苛ついてたり、暗かったり。大体今まで毎日女遊びに行くなんてことなかったしさ」
ぶっきらぼうな口調だが、オスカーのことを心配しているらしい。そのことがオリヴィエにもよく判った。
「何だかんだいってあんたもいい奴じゃない、ゼフェル」
オリヴィエが優しい、感心したような笑みを浮かべて言う。
「あんたたちがオスカーのこと心配する気持ちはよく判った。けど、あいつもプライド高いからね。ガキどもに心配されてるって判ったら傷ついちゃうよ。当分は知らんぷりしてな。わたしとリュミエールがなんとかするからさ」
女王試験を終了させて自分たちの計画を台無しにしてくれたことに怒りはある。彼らが心配していることだってもう少しアンジェリークの即位までに時間があれば不要のことだったはずなのだ。だが、彼らには何も知らされていなかったのだ。アンジェリークを女王にと望んでいた彼らに非はないのだ。だから、オリヴィエは溜息をついて彼らへのわだかまりを忘れることにした。
「オスカーのことはわたしたちに任せてさ。あんたたちは陛下を慰めてあげてよ。陛下もここのところ忙しくてさ。随分疲れちゃってるみたいなんだ。あんたたちガキんちょは陛下と歳も近いし、ピクニックにでも連れて行って、気晴らしさせてあげなよ。ジュリアスやロザリアにはわたしから頼んでおいてあげるからさ」
皆の前ではアンジェリークは平気な顔をしている。けれどオスカーと『女王』と『守護聖』として接することがどれだけアンジェリークの心に苦しみを与えているかは十分すぎるほど知っていた。初めに約束したとおり3日に一度の割合でアンジェリークの部屋を訪ねている。先日の休日には、リュミエールと2人でアンジェリークをお茶会に招いた。自分とリュミエールしかいないところでは、時々アンジェリークは自分の想いを口にした。
自分の想いを否定することはしない。大切に想いを抱いていく。アンジェリークは自分にそう告げていた。けれど自分の想いは自分だけのもの、そう思ってはいても、オスカーの姿を見れば、オスカーに接していれば、気持ちは抑えようもなく高まっていく。傷の癒えていない、傷ついたままのオスカーの姿を見れば、それはアンジェリークにも傷を与えるのだ。
その苦しい想いをアンジェリークは自分たちにだけは話してくれた。自分たちが、アンジェリークが正直に話せるように会話を誘導するから。
「また、貴方たちにのせられちゃったわ。本当に誘導尋問が巧いんだから」
苦笑しながらアンジェリークは決まってそう言うのだ。そして寂しそうに笑うのだ。
「わたしにはこうして話を聞いてくれる貴方たちがいる。だから、やっていけるの。でも……」
そう呟きながら。自分には想いを曝け出せるオリヴィエたちがいる。けれどオスカーは……
「判りました、オリヴィエ様。今度の休日に陛下をお誘いしてみます」
「マルセルも誘うか」
オリヴィエがオスカーのことは任せておけと言ったことで、ランディとゼフェルは少し安心したようだった。
「頼んだわよ」
そう言ってオリヴィエは2人の少年守護聖を送り出す。
「ったく、あの馬鹿。自分の行動がどれだけアンジェリークを責めることになるのか判ってんのかね」
判っててやっているなんて思わない。オスカーはそこまで愚かではないはずだ。だがオスカーがアンジェリークのことを忘れようとしていることは想像できた。多分、忘れたいからこその女遊びなのだ。
「そんなことするよりあっさり自分の気持ち認めればいいのよ。あのコを愛してるって。だからあのコがただの女ことになるのを待とうって。そう決心すれば、楽になるだろうにね」
本当の恋を知って、オスカーは弱くなった。馬鹿になった。けれど、その愚かしさを笑えない。それどころかそんなオスカーの愚かしさがオリヴィエには少しばかり羨ましかった。
オスカーの連日の夜遊びに心を痛めているのはオリヴィエたちだけではなかった。
「オスカーは今日も出掛けたのか」
溜息混じりにジュリアスが呟く。ジュリアスの館には年長の守護聖が集まっていた。クラヴィスとルヴァ、リュミエールである。
「ここのところ、毎晩です。あまり眠ってもいないようです。これではサクリアに乱れを生じてしまいます」
これも溜息混じりにリュミエールが応える。
「いつものお前ならとっくに叱責しているところだが、ジュリアス?」
何を考えているのだ、というようにクラヴィスがジュリアスに尋ねる。
「オスカーは陛下への想いを忘れようと務めている。その為に必要なことであれば黙認しようと決めたのだ」
窓の外を見つめたまま、ジュリアスは応える。
「アンジェリークが女王となってくれたことは大変喜ばしいことだったんですがね……」
ポツリとルヴァが呟く。
「でも、お辛いですね、陛下も。ベールで表情を隠していらっしゃるのが、何だか痛々しいですよ」
ハァ、と大きく溜息をつく。
「全てオスカーの態度が原因なのだ。あれは陛下を女王として認めたのだ。なのに、未だに想いを引きずり、その所為で陛下がお心を痛めておられる。オスカーが陛下への想いを忘れ、守護聖としての立場に撤することが出来れば陛下のお心も安らかになるだろう」
アンジェリークの恋は知っていた。だがジュリアスはアンジェリークの想いの深さを知らない。だから、そう言った。
「それはどうでしょう、ジュリアス様」
アンジェリークの想いを知っているリュミエールの口調はいくらかの冷たさを含んでいた。貴方は何も御存じない――そう非難するように。
アンジェリークは自分たちには心を吐露してくれる。自分とオリヴィエには。自分たちがアンジェリークに責任よりも恋を選び、幸福になることを勧めていたから。
だから、アンジェリークが未だにオスカーを恋していることを十分に知っていた。いや、以前よりもアンジェリークのオスカーへの想いは強くなっている。自分の想いが叶うことを望むのではなく、オスカーの幸福を望むものへと。その為にはオスカーが自分への想いを棄ててしまうことも仕方のないことだと諦めている節もあった。それでオスカーの心が平安を取り戻して幸福になれるのなら、それでいいと。最早恋ではなく、それは愛というべきものであるかもしれなかった。
「それが、果たして最も良いことかな」
リュミエールの心を代弁するようにクラヴィスが呟いた。
「オスカーが無理に想いを忘れ、それで誰が幸福になれるというのだ」
淡々とした口調でクラヴィスは言った。
「だが、アンジェリークは既に女王となっているのだ。時間を戻すことは不可能だ。今更どうせよというのだ」
吐き捨てるようにジュリアスが言う。常の彼らしくない半ば自棄になったような口調だった。
ジュリアスだとて今の2人の状況を好ましいものとは思っていない。だが、あの時点でアンジェリークが女王の座を選んだことは仕方のないことだった。
「あー、あのですね、皆さん。ちょっと見てほしいものがあるんですが……」
そう言いながらルヴァが1冊の古い書物を取り出した。
「陛下に命じられて、古い文献をあたって宇宙の再生を行なった女王の事績を調べていたときに偶然見付けたのですが……」
そう言ってルヴァは122代女王アナスターシアの記録を示した。
「きっと、アナスターシア女王のことが、アンジェリーク陛下とオスカーの関係修復に役立つと思うんですよ」
「どういうことだ、ルヴァ」
不審に思ったジュリアスが文献を手に取る。
「これは……」
「なるほどな」
「ええ……これならば……」
ルヴァの示した書物を見ながら、守護聖たちは漸く迷宮の出口を見いだしたような気分だった。
コメント