アンジェリーク

哀しみの必要

即位の式典が終わると、アンジェリークは1人になりたくなって、バルコニーに出た。先程までは、このバルコニーの下に大勢の人がいた。そして、自分の女王就任を祝ってくれた。

心地よい疲労感が体を包んでいた。

「おやー、陛下。こんな所にいらしたんですかー。ロザリアが探していましたよー」

背後から、穏やかな間延びした声がした。こんな話し方をするのはルヴァしかいない。

「ルヴァ様……」

「あー、様、はもういりませんよ、陛下。ルヴァと呼んでくださいね」

人を和ませる暖かな笑みを浮かべてルヴァが横にくる。

「疲れたでしょう? 今日は忙しかったですからねぇ」

「ええ。でも、大丈夫です。逆にこの疲れが心地いいくらい。これから頑張ろうって気になるんですもの」

にっこりと笑って、アンジェリークは応えた。

アンジェリークのその笑顔を嬉しそうに見つめていたルヴァが、途端に真面目な、ちょっと困ったような表情をした。

「あー、その、ですね。こんなこと、わたしが言うのも何なんですが……」

ポリポリと鼻を掻きながら、ルヴァは言った。

「あの、貴女とオスカーのこと、聞きました」

ルヴァの言葉に弾かれたように、アンジェリークはルヴァの顔を見た。

「辛い選択をしたんですね……」

「辛くなんか、ないです」

明るい声で、アンジェリークは応えた。無理に作った声ではない。

「確かに、初めはちょっと哀しかったけど。でもロザリアやオリヴィエ様……オリヴィエが支えてくれたから。わたしは大丈夫なんです」

本心からそう言いながらアンジェリークは微笑んだ。

「わたし、エリューシオンの民が大好きなんです。とても健気で、一生懸命に生きていて……。多分、世界中の人たちがそうだと思うんです。だから、わたしは世界中の人々が愛しいんです。そんな人たちの為にわたしが役立てるのなら嬉しい。だから、女王になって良かったと思うんです」

それも本当のことだった。エリューシオンの民に代表される宇宙に住む全ての人々。その人々を自分の力が幸福へと導くことが出来る。そのことに確かにアンジェリークは歓びを感じていた。

「だから、辛くなんてないんです……」

それでも心配そうなルヴァを安心させるようにアンジェリークは微笑んだ。

だが、全く辛くないといえば嘘になる。守護聖たちが自分に忠誠を誓ったとき――オスカーの言葉を聞いたとき確かに自分は動揺したのだ。オスカーの心の傷を見せつけられたような気がして。オスカーの想いを受け入れられなかったことは仕方なかったと思っている。女王としての責任をどうしても放棄することが出来なかったのだから。けれど、後悔はしているのだ。オスカーを誰よりも大好きな人をよりにもよって自分が傷つけてしまったのだから。

「陛下。貴女がそう思っているのなら、わたしは何も言いません」

アンジェリークの微笑みにルヴァは溜息をついた。――オスカーとのことは時間が解決してくれるでしょうね、きっと。あの人は本当に強い人だから、きっと立ち直るでしょうから。

鈍いルヴァでも、アンジェリークとオスカーの間に流れる気まずさを含んだ空気を感じていた。まさかクラヴィスと前女王の間に起こった出来事が繰り返されたとまでは考えが及ばなかったが、ジュリアスとクラヴィスから事情を打ち明けられた。それで漸く合点がいったのだ。少年守護聖3人を除いた守護聖たちの行動の理由に。

けれど、オスカーが立ち直るまでの間、きっとアンジェリークは辛いことだろう、そうルヴァは思った。クラヴィスと前女王の間で自分とディアは随分思い悩んだものだ。どうすれば2人の関係が巧く行くのかと。

けれど今度はもっと巧く行くだろう。ルヴァはそう確信してもいた。前回のときとは違う。あのときは自分とディアが事情を知るだけで、他者を寄せつけないクラヴィスの心を溶かすことの出来る者はいなかった。だが今回は2人の力になろうとする者は大勢いる。自分に事情を打ち明けてくれたジュリアスとクラヴィス。オスカーとアンジェリークの幸福を願って、アンジェリークに試験放棄を勧めていたオリヴィエとリュミエール。そしてアンジェリークの頼もしい親友であるロザリア。それにどこまで力になれるかは判らないが自分もいる。

第一当事者である守護聖の性格が違う。クラヴィスは全てにネガティブな性格だった。厭世観を常に心に持っている人物だった(尤も、この女王試験の間に随分変わったが)。一方のオスカーはそれとは正反対だった。今は傷ついている所為で多少マイナス思考に傾いているが、本来は何事でも前向きに積極的に良い方向へと捉える性格なのだ。それに芯はクラヴィスよりもずっと強い。

だから、いつかはオスカーとアンジェリークの関係が良い方向へと向くだろうと確信している。けれど、それまでの期間が問題なのだ。女王であるということだけでも様々な苦労がある。アンジェリークが心を痛めることも多いはずだ。なのに、更にオスカーとの関係の為にアンジェリークの心には負担がかかるだろう。

「あー、先程も言いましたけれどね、陛下。わたしはいつだって貴女のお力になりますよ。いやなことや辛いことがあったら、わたしに愚痴を言ってくださいね。どうすることも出来なくても、話を聞くくらいのことは出来ます。それで陛下のお心が軽くなるのでしたら、いつだってお相手いたしますよ」

言葉を選びながら、ルヴァは言った。

「ありがとう、ルヴァ」

ふわりとアンジェリークの心が軽く暖かくなる。ルヴァの優しさが心にしみ込む。

「そうね、愚痴を言いたくなったらルヴァに言うわ。そのときは美味しいお茶でわたしを慰めてね」

にっこりと微笑んでアンジェリークは応えた。ルヴァは安心したように頷いた。

「あっ、陛下! こんな所にいらしたんですか!」

バルコニーに通じる窓が開いて、ロザリアが現れた。

「いつまでも女王候補みたいにフラフラしないでください!」

腰に両手をあて、怒った顔でロザリアが言う。

「今日は忙しくてお疲れになったはずでしょう。さっさとお休みになってください! 大体まだ熱も下がらないうちに即位の式やらなんやらで、殆ど眠っていないんですからね。少しは自分の立場を理解して、体を大事になさらなくては!」

いつまでも頼りない女王を叱り付けるようにロザリアは言う。だが、怒った声の底にはアンジェリークを気遣う優しさがあった。

「ええ、今戻るわ、ロザリア」

ロザリアの態度にくすくすと笑いながらアンジェリークは応える。ロザリアに促されるまま、宮殿の中へと戻る。

「じゃあ、ルヴァ。時々は茶飲み友達しましょうね」

 

 

 

アンジェリークはロザリアに手を引かれながら自分の部屋へと向かった。これから数年の間、自分が使うことになる私室へ。

「で、ロザリア、どうなったの?」

部屋へ向かいながら、アンジェリークはロザリアに尋ねた。

「ええ、ジュリアスもクラヴィスも納得してくれたわ」

にっこりと微笑んで、ロザリアは応えた。

「初めは、ジュリアスは反対したのだけれど」

クスっと笑ってロザリアは続けた。そのロザリアの言葉にアンジェリークも笑いを洩らす。

「やっぱり。そうじゃないかと思ったわ。ありがとう、ロザリア」

新女王となったアンジェリークは、これまでの女王と守護聖の関係を変えようとしていた。

これまでの女王は守護聖たちと滅多に会うことはなかった。その守護聖が着任するときに姿を見せる程度で、直接言葉をかけることもなかった。女王と守護聖の間には補佐官がいて、補佐官を通して女王の意志は伝えられていた。

けれど自分はまだまだ女王として未熟だ。きっと守護聖たちの手助けを受けなければならない。それに、女王と守護聖の間が疎遠では何か起こったときに巧く対応できないのではないか。アンジェリークはそう思ったのだ。

だから自分は守護聖たちとの壁をなくそうと思った。公の場では女王と守護聖。けれど私的な場では出来るだけ親しく付き合っていきたい。まずはその為にも直接守護聖たちと顔を合わせ、言葉を交わして職務を行なっていきたい。だから、取り敢えず週に1回は守護聖たちとの会議を持つことにしたのだ。そのことをロザリアはジュリアスとクラヴィスに伝えたのだ。

初めジュリアスは戸惑った。今までの女王たちはそのようなことを考えもしなかったし、自分たち守護聖の意向を尋ねることもなかったから。あまり軽々しく女王が姿を見せては女王としての尊厳が損なわれるのではないか――ジュリアスはそう反対した。けれど、クラヴィスは逆に賛成した。何も外界の人間の前に姿を見せるわけでもない、女王と守護聖の間が密になるのは悪いことではないし、何よりもそのことにより女王の孤独は少しでも和らぐのではないか――クラヴィスにそう言われて、ジュリアスも納得した。

ただでさえ女王は孤独だ。しかも新女王は恋を犠牲にしてまで即位したのだ。辛いことも多いだろう。そんなときに女王と守護聖の関係が密であれば、自分たちがいくらでも力になってやることが出来る。自分やクラヴィスは不器用者だから彼女の心を慰めることは出来ないかもしれないが、少なくともオリヴィエとリュミエールが力にはなれるだろう。

「じゃあ、さっそく明日の朝一番に。パスハにも出席するように伝えて」

「はい、陛下」

まずは、旧宇宙から移転した星々の再生をしなければならない。女王になる以前、アンジェリークとロザリアはそんなことも話し合っていた。

ロザリアはおっちょこちょいのアンジェリークがドレスの裾を踏まないように足元に注意を払っていた。既に今日2回も裾を踏んでアンジェリークは転んでいたのだ。守護聖たちに見られなくて良かった……ロザリアはそう思って、苦笑したものだ。

アンジェリークの足元に注意を払っていた所為でロザリアは回廊に1人の守護聖が現れていたことに気づかなかった。だから、共に歩んでいたアンジェリークの足が不意に止まったとき、ロザリアは不思議に思ってアンジェリークを見上げた。アンジェリークの顔は微かに強ばっていた。

オスカーがいた。廊下の脇に寄り跪き頭を垂れて。『女王』への礼をとって。

「あ……」

ロザリアの掌に乗せられたアンジェリークの手が震えていた。

「……」

アンジェリークは何か言おうと口を開いた。けれど言葉は出なかった。何が言えるというのだ。

(アンジェリーク……)

ロザリアはアンジェリークが痛ましかった。だから、アンジェリークの手を引いて促して、再び歩き始めた。

「ご苦労さまです、オスカー」

オスカーの横を通り過ぎるときにそう一言だけかけて。アンジェリークの震えは大きくなっていた。息をつめて、無言で、アンジェリークは通り過ぎる。

オスカーから離れるとアンジェリークは息をついた。体から力が抜ける。

「陛下……アンジェリーク……」

ロザリアがいたわりの篭もった優しい声をかける。

「何も、言えなかったわね……」

アンジェリークは寂しそうにロザリアに微笑んだ。

「時間が必要よ、貴女とオスカーには……」

ロザリアは優しく囁くとアンジェリークの肩を抱いた。

「わたくしがいるわ。辛かったら、何でも言って頂戴。いつだって聞いてあげるわ」

 

 

 

部屋に戻るとアンジェリークは王冠を取る。重くて肩が凝ってしまう。その傍らでロザリアはお茶の用意をしていた。

「お疲れさま、アンジェリーク。ハーブティーよ」

やっと座ることの出来たアンジェリークにロザリアはカップを渡す。

「いい香り……」

「リュミエールからの差し入れのカモミールティーよ」

「リュミエールから……」

リュミエールの優しい心遣いがアンジェリークは嬉しかった。

「それを飲んだら、ゆっくり入浴して疲れをとるのよ。マルセルがラベンダーの精油をくれたわ。疲れがとれるのですって。それに、後からオリヴィエがマッサージしにきてくれるって言ってたわ」

ロザリアはメイドに浴室の準備をするように言い付けると、アンジェリークにそう告げた。

守護聖たちの気持ちが嬉しかった。女王となった自分に距離をとるわけでもなく、これまでとあまり変わらずに接しようとしてくれている。ジュリアスから見ればそれはあまりいいことではないのかもしれないが、これから女王と守護聖の関係を変えていこうとするアンジェリークには嬉しいことだった。

それに、きっとリュミエールとオリヴィエは自分の心をいたわってくれているのだ。自分が傷ついて女王の座を選んだことを知っているから。

「ロザリア様、準備が整いました」

メイドがロザリアに告げる。女王に直接口をきくことは出来ないと思っているのだ。

「そう。さ、アンジェリーク。ゆっくり入って、疲れをとるのよ」

「うん。そうするわ」

リュミエールからのお茶と3人の心遣いで、疲れは飛んでいた。入浴してゆったりとした気持ちになれば心地よく眠れるだろう。

浴室に入るとラベンダーの甘く爽やかな香が満ちていた。湯に浸かるだけで体が温かくなって気持ちがゆったりとしてくる。

「ありがとう、皆……」

 

 

 

「ゆっくり入れとは言ったけど、遅いわね」

アンジェリークの寝室の準備を終えるとロザリアは呟いた。浴室からは物音1つしない。不安になったロザリアが浴室を覗くとアンジェリークが溺れていた。

「アンジェリーク!」

慌ててロザリアがアンジェリークを引き上げる。

「あ……ロザリア」

「なにやってるのよ、あんたは!」

女王候補だった頃のアンジェリークを叱るようにロザリアは怒鳴る。

「えっと……体が温かくなって、そしたら眠くなっちゃって……」

照れ笑いをしながらアンジェリークは応えた。

「もう、あんたってコは……」

ロザリアが呆れて溜息をつく。

「早く上がりなさい。もうすぐオリヴィエがくるわよ」

ロザリアはそう言って浴室を出る。ちょうどそのときメイドがオリヴィエの来室を告げる。

「はぁい、ロザリア。陛下は?」

「今、寝呆けて浴室で溺れかけたところですわ。もうすぐ出てきます」

呆れた口調のままでロザリアはオリヴィエに言う。そのとき、浴室に続くドアが開きアンジェリークが姿を現す。

「ロザリア、着替え、どこ?」

そう言って出てきたアンジェリークはバスタオルを体に巻いただけだった。

「アンジェリーク! あんた、なんて格好で!」

「きゃっ。オリヴィエ!」

ロザリアとアンジェリークがほぼ同時に叫び声をあげる。一方は驚いた声、一方は怒った声で。

慌ててアンジェリークは浴室に戻る。メイドが夜着を持って、浴室へと入っていく。

「まったく、いつまで経っても女王候補のままなんだから!」

ロザリアが溜息をつく。

「はははは、ま、それが陛下のいいところでしょ。でも、あんなセクシーな姿見ちゃったら、オスカーに恨まれるわね」

オリヴィエは軽く言う。が、オスカーの名前が出た途端、ロザリアの表情が硬くなる。

「オスカーとアンジェリーク……どうなるんでしょう」

溜息をついてそんなことを言う。先程すれ違ったときたったあれだけのことでアンジェリークは震えていた。盗み見たオスカーの表情は硬く強ばり、微かに青ざめていた。

「どうなるも……すぐにはどうにもなりようがないよ。もう少し時間が経たなきゃね。陛下は一応の気持ちの整理はつけたみたいだけど、オスカーのほうはまだ、ね……」

誓いの言葉を告げたときのオスカーの態度からオスカーがアンジェリークを諦めたわけではないことはオリヴィエも感じていた。だが、それがまだ諦めきれていないのか、それとも諦めることを諦めて想いを持ち続けることを決めたのか、そのどちらであるのかは判断がつかなかった。多分、まだ気持ちの整理はついていないのだろうとオリヴィエは思っていた。

「オスカーの気持ちが落ち着くのを待つしかないのですわね……」

再び溜息と共にロザリアが呟いた。

「お待たせ、オリヴィエ」

漸く着替えを終えたアンジェリークが姿を現す。ロザリアが用意した、薄手で上質の絹の夜着をまとい、ナイトガウンを羽織って。

「じゃあ、マッサージするからこっちにきて」

オリヴィエがアンジェリークを手招く。

「女王候補の学生だったときならともかく、これからは女王様なんだからさ。やっぱり美しさも気にしてほしいわけよ」

アンジェリークをカウチに横たわらせ、顔を優しくマッサージする。丁寧にゆっくりとアンジェリークの気持ちを解すように。

「ロザリアもやってあげようか?」

「わたくしは結構です、オリヴィエ。ちゃんと気をつけてますから。でも、陛下は今までそんなことに無頓着でしたから、十分にやってあげて」

オリヴィエの軽い問い掛けにロザリアも軽く応える。

オリヴィエはアンジェリークの気持ちを軽くするように色々なこと(主に美容についてのことだが)を話しながらマッサージを続ける。

「さ、終わり。時々やってあげるね。何なら、陛下専属のメイク係になったげようか?」

「それはちょっとコワイかも……」

起き上がりながら、アンジェリークが応える。

「失礼ね。ちゃんとTPOに合わせて、女王陛下らしいメイクしてあげるわよ」

怒ったようなふりをして、オリヴィエが明るく言う。

「さ、あんまり長居するとジュリアスの奴に怒られる」

片付けをしながら、オリヴィエはそんなことを言う。ロザリアがアンジェリークの髪を整えながら、アンジェリークを寝室へ促す。

「じゃあ、ゆっくり眠るんだよ。いい夢を」

ひらひらと手を振り、オリヴィエが部屋から出て行く。

「さ、早く休んで。明日からも忙しいのよ」

ロザリアが寝室へとアンジェリークを追い立てる。

「うん。ありがとう、ロザリア」

ロザリアにベッドに押し込められながら、アンジェリークは言った。何だかんだといいながら、ロザリアはかなりの世話焼きだった。

「ロザリアもゆっくり眠ってね。わたし以上に忙しくなると思うから」

「ええ。貴女に扱き使われることは覚悟してるわ」

軽く応えてロザリアはアンジェリークの布団を整えた。

「じゃあ、お休みなさい、アンジェリーク」

明かりを消し、ロザリアは寝室を出て言った。

柔らかく温かいベッドの中で、アンジェリークは溜息をついた。自分はなんて幸福なのだろう。皆が自分を気遣ってくれる。愛してくれる。だから、自分は幸福な女王として世界を導いていけるだろう。

ロザリアが隣にある自室に戻った微かな音を聞きながら、アンジェリークは眠りに就いた。

 

 

 

女王の私室に面した中庭に1つの人影があった。明かりの消えた女王の寝室を見上げている。オスカーだった。

「俺も……未練がましいな……」

苦笑しながら呟く。

回廊でアンジェリークとすれ違った。顔を伏せてアンジェリークの顔は見なかった。いや、見ることが出来なかった。恐くて。

「女王と守護聖……そうなると決めたじゃないか」

溜息と共に決意したはずのことを口に出す。自分に言聞かせる為だった。だが、どうしようもなく心が乱れるのだ。アンジェリークの姿を見るだけで。見たくなくて、けれどいつまでも見つめていたい。だから、こうして私室の見える所へと来てしまう。再び溜息をつくと、オスカーは無言で明かりの消えた部屋を見つめた。いつまでも見つめ続けていた。

そして――そんなオスカーの姿をランディは意外な思いで見つめていた。

聖地の警備をオスカーから引き継いだ。ジュリアスがこれまでオスカーに任せていた聖地の警備をランディにするようにと告げたのだ。オスカーにはこれからは自分の仕事を覚えさせねばならないから、という理由で。ジュリアスはどうやら自分が守護聖を退く日のことを考えているらしかった。

その警備を引き継いだランディは宮殿内の見回りをしていたのだ。そして、この中庭までやってきた。そこでオスカーの姿を見たのだ。オスカーはじっと女王の部屋を見つめていた。明かりがついていたときから。そして、明かりが消えて随分経つ今も。

オスカーの表情は、これまでに見たことのないものだった。真剣な、それでいて、どこか苦しそうな表情をしていた。

(オスカー様……まさか……)

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