Episode_Final(if) いつまでも傍に
長かった歴史修正主義者との戦いも遂に終わった。
敵の本拠地に向かったのは最初期から審神者であった20人の審神者とその刀剣男士。担当官丙之五氏に言わせるとスーパーチートな審神者たちだった。
その他数千の凡百の審神者(当然私もここに含まれる)は後方支援という名の傍観者でしかなかった。いざというときのために出撃準備を整え、最終決戦に向かった審神者の刀剣男士の手入れを行なうための資材を集める遠征に行く。政府から送られてくる最終決戦のライブ映像を見ながら、石切丸をはじめとした御神刀勢に勝利を願う祈祷をしてもらうしか、出来ることはなかった。
そして、遂に敵の本拠地が壊滅し、政府軍が勝利を収めた。
その後、様々な戦後処理が行われ、全ての時間遡行装置が解体されることになった。こんなものがあるから、歴史修正主義者が生まれたのだ。実は政府の中の過激な一派からは『時間遡行装置製造成功の歴史をなかったことにしてしまおう』という意見も出ていたらしい。でも、それは歴史改変に他ならず、歴史修正主義者たちと同じことになってしまう。ゆえにその案は採用されなかった。そのうえで、戦争が終わった後、時間遡行装置は全て廃棄処分することが決定していたそうだ。その決定が為された時点(3年前)で歴史保全省管轄下にない時間遡行装置は廃棄されている。つまり、本丸以外の時間遡行装置はこの世界には残っていないということになる。
2205年に始まったこの戦い。15年の歳月を経て、ようやく終結したのだ。私が審神者になって10年が経っていた。
今、私はパソコンのディスプレイに表示された政府からの通達メールを見て唸っている。そこには今後の私たちについて記されている。
私のように過去の世界から連れてこられた審神者は元の時代に戻ることが出来ない。既に本丸以外の時間遡行装置は廃棄されているし、本丸の時間遡行装置は『戦場』と確認された時代と場所にしか繋がらない。既に戦争が終わった現在、時間遡行機能はあれど、何処にも行くことの出来ないものと成り果てている。
元々、戻れないということは聞いている。未来の世界を知ってしまった私たちは新たな『歴史の歪み』になる可能性が高いのだそうだ。自分たちの生きる時代の先を知ってしまった。それを悪用しようとする者がいないとも限らない。悪用とはいわずとも利用・活用して利益を得ることだって可能になる。そういった僅かな事象が積み重なって大きな歪みとなる可能性がある以上、私たちを過去に返すことは出来ない。
では、私たちはどうなるのか。この時代に新たな戸籍を与えられ、この時代の人間として生きていくことになる。メールにはその手続きについて記されていたのだ。
私の場合、新たな名前と生年月日、性別、希望する居住地を書いて提出とのこと。これまで名前はずっと『右近』で通してきているが、ここでようやく自分の本当の名前に戻ることが出来るというわけだ。尤も、政府に私の個人情報は一切登録されていない。一応『審神者ID:003PF01789 審神者号:右近』の情報としては顔写真と身長・DNAデータ、血液型が登録されているけれどそれだけだ。ちなみに顔写真と身長・DNAデータは成りすましとか身分詐称を防ぐため、血液型は万一の時に輸血をスムーズに行なうためだったらしい。
で、この名前だけれども、担当官曰く『別に元の時代の名前じゃなくて新しく別の名前にしてもいいですよ』とのこと。が、別に元の名前に不満もないし面倒臭いので、元の名前で登録した。極々平凡な何処にでもある名前だしね。それから居住希望地は推奨されている東京都にしておいた。何故推奨されているかといえば、元審神者という特殊職業ゆえアフターフォローは必須となるからだという。何しろ長い人で15年は現世から遠ざかっていたから浦島太郎状態だし、過去から来た審神者に至っては『現代生活』の知識が殆どない状態だし、やっぱりサポートは必要になる。となれば、お役人さんたちも対象者が固まってるほうがいいよね。
また、刀剣男士たちについても記載されていた。基本は刀解。これまで共に戦ってくれた刀剣男士たちはこれにて契約解除となり、本霊の元へと戻る。個々の刀剣男士としての記憶は消えるというから、ある意味死と同意かもしれないけれど、刀剣男士の魂は本霊へと還り、眠りに就くのだという。これもまた、刀剣と政府との最初からの契約らしい。
但し。そうメールには注意書きがあった。希望する者は刀剣男士を現世に連れて行くことが出来るという。というよりも最低1人は連れて行くことが望ましいと記してあった。敵は壊滅したとはいえ、特殊能力を持つ審神者を狙う者がいないとは限らない。その護衛も兼ねて、刀剣男士を連れて行くべしということだった。その人数は審神者歴や能力によって異なり、私の場合最大5人連れて行けるとのことだった。
これが、私が唸っている理由だ。
最大5人まで、刀剣男士を連れて行ける──つまり、5人しか連れて行けないということだ。90数振いる刀剣男士の中から5人を選べというのか。
無理だ。この10年、共に戦ってきた仲間。そして、今では家族同然の彼らを『選ぶ』なんて出来なかった。全員連れて行けるものならば連れて行きたいが、主に経済的な理由でそれは無理だった。審神者が高給取りで退職金も億とは言わないまでもかなりの額が支払われることが判っている。それでも流石に90数人を養うのは難しいだろう。審神者という特殊職業だったから、再就職は推奨されていないし(一応、政府関係機関への就職は可能だが、流石に1万余人を一気に就業させるほどの仕事もない。歴史保全省も縮小されるんだから、そこにいた職員を他省庁に振り分けるだけでも大変だ)。大体、そんな大人数何処に住むというのだ。
全員を連れて行くことは出来ない。ならば、誰も連れて行かない。私はそう結論を出した。
「やっぱり、主はそう結論を出すのではないかと思っていたよ」
苦笑して言うのは最早私のことなど全てお見通しな初期刀の歌仙。10年間ずっと傍らにあって私をサポートし続けてくれていた彼にとって、私の考えることなど手に取るように容易に判るのだろう。
本丸を出るまで残り10日、書類提出期限まであと3日となったところで、私は全員を広間に集めた。政府から今後についての通達が来た時点で、その内容は刀剣男士たちにも正直に話していた。連れて行く5人に立候補があればその刀剣男士を連れて行こうと思っていたから。尤も今日まで誰も立候補はなかったけれど。誰も付いて来たくないのかな……なんてネガティブなことを一瞬考えたけど、そうじゃないことは判ってる。彼らは私の意志を尊重してくれてただけだ。私が自分の希望よりも彼らの希望を優先することを知っているから。だから、私が自分の望む刀剣男士を連れて行けるように、自薦しなかったのだろう。
誰も現世には連れて行かない、そう告げた後、歌仙のみならず、全刀剣男士が苦笑していた。
「あるじさんがならそう言うだろうなーって思ったから、ボクたちで5人選んだんだ」
乱ちゃんがニッコリと笑う。
え、どういうこと。こっちで決めたって。
「あんたのことだからな、選べないだろうってのは俺たちにも判ってたんだ」
「主殿のことです、選ばれなかった者に対して罪悪感を感じそうですしな」
「君は皆を家族のように思ってくれているからね、『選ぶ』のは難しいと思っていたんだよ」
切国、一期、石さんがそう言う。歌仙だけではなく、全員お見通しだったというわけだ。
「大将、大将は現世に行ったら独りなんだろ? 家族は過去の世界にいるって言ってたよな」
じっと厚が私を見つめる。刀剣男士にはいつだったか聞かれるままに家族の話をした。そのときにそのことを言っていた気がする。
「僕たちあるじさまをお1人になんて出来ないんです。そんなの寂しいです。皆お傍についていたいんです」
「せめて、政府に許されている5人を連れて行ってほしいんです」
五虎ちゃんとひぃ君が目を潤ませて言う。
「大将は直ぐ無理をするし、放っとくと面倒臭がって自分のことは疎かになるしな。とても心配でおちおち本霊に還れねぇ。ってことで、代表で5人が大将の家族になるって決めたんだ」
涙目の兄弟たちの頭を撫でながら薬研が言う。
選べないだろうという私のために、彼らは自分たちで話し合いをし、誰が付いて行くかを決めたのだそうだ。
「主、僕たちは皆、君のことを主として以上に、母として姉として妹として娘として愛しているよ。だから、僕らの代表をこれからも傍においてほしい」
歌仙にそう言われる。私のことを心から案じてくれている優しい瞳に、私は頷くことしか出来なかった。
頷いた私に歌仙は満足げに微笑むと、視線を刀剣男士に向けた。そして、彼らが決めた私の『家族』を発表していく。
「ではまず、短刀枠から、前田藤四郎」
「はい」
歌仙が名前を呼ぶとまぁ君が立ち上がり、私の目の前に立つ。
「最初の日にお約束しました。末永くお仕えします、と。これからもお傍においてください」
目に涙を滲ませて言うまぁ君。そうだね、まぁ君はずっと傍にいたよね。これからもいてくれるんだね。
「勿論だよ、まぁ君」
ぎゅっと抱き締める。まぁ君も私の背に手を回し抱き付いてくれる。そしてそのまままぁ君は私の隣に座る。
「続いて脇差枠。骨喰藤四郎」
「ああ」
各刀種ごとに代表を選んだのだろうか。名前を呼ばれたばみ君が目の前に立つ。
「俺は記憶がない。でも、10年の間にあなたが色んな思い出をくれた。その思い出をなくしたくない。あなたの傍で積み重ねていきたい」
寡黙なばみ君の思いの篭もった言葉に頷く。
「これからもよろしくね、ばみ君」
ばみ君はコクリと頷くと、まぁ君の隣に座る。
「それから打刀枠。鳴狐」
え、歌仙じゃないの? てっきり初期刀の歌仙が付いてくるのだと思ってた。
「主、僕だと思ったかな? 言っただろう、僕は初期刀。君のことを一番判っているのは僕だという自負がある。そのうえで、君の家族となるには僕よりも鳴のほうがいいと思ったんだ。それにこれまで散々君に振り回された僕はそろそろお役御免でもいいだろう?」
悪戯っ子のような表情で歌仙は言う。常に私のためになることを考えてくれていた歌仙。ずっと傍にいてくれた歌仙。その彼が『私のためのベスト』として鳴君を選んだ。
「ありがとう、歌仙」
「ああ。鳴、主のことを頼むよ」
「うん、任せて。主、傍にいるから」
「然様でございますよぅ主どの! このきぃちゃんと鳴狐、これからもずっとお傍におります!」
言葉少なにしっかりと告げる鳴君といつもどおりのきぃちゃん。これからもよろしくね。
「次に太刀枠。燭台切光忠」
「ああ」
太刀枠は初太刀の光忠。目の前に立ち、膝を付き、武士ではなくまるで騎士のように私の手を取る。
「これからも僕が君を守るよ。格好よく守らせてほしいな、主」
「現世にそんな危険はないと思うけど、よろしくね光忠」
ニッコリと笑う光忠。頼もしい笑顔だけど、これ、現世では色々面倒なことになりそうだ。主に女性関係。天然ホストだしなぁ。
「最後に、大太刀・長物枠から太郎太刀」
「はい」
「えっ」
思わず声が出た。意外なところが来た。御神刀の自負の強い石さんとたろさんはないと思ってた。蛍は明石が嫌がりそうだし、じろちゃんか杵君あたりが来るんじゃないかと思ってたんだけど、まさかのたろさん。
「意外ですか、主」
目の前に聳え立つたろさんが小首を傾げる。ちょ、その巨体と美貌でその仕草、なんというミスマッチ。でも可愛い。
「うん、ぶっちゃけ意外」
素直にそういえば、たろさんは笑う。
「大太刀・槍・薙刀の中では私が最も長くお近くにおりましたから。私であれば主を邪なもの、災いからお守りすることも出来ます」
初大太刀だもんね、たろさん。第1部隊だったし、その後もずっと祐筆班で傍にいてくれた。って、あれ、メンバー全員祐筆班だ。
「これからもよろしくね、たろさん」
これで代表5人全員が揃った。この5人とはこれからもずっと一緒。でも、残りのメンバーとはあと10日でお別れなんだな……。
「最後に主に僕たち全員からお願いがある」
正面に歌仙が座る。背筋を伸ばし、じっと私を見つめる。
「政府からの通達では僕らは刀解せよとのことだったけど、僕たちを全員、付いていく5人に錬結してほしい」
意外な申し出……というわけではなかった。彼ら自身で私に付いて来てくれる5人を選んだと聞いたときから、そんな気はしていた。うん、本当にうちの刀剣男士は私に甘くて過保護だ。
「本霊に還れば僕たちはこれまでの記憶が消える。流石に1万余の分霊の記憶を全て本霊に持って帰っては本霊が混乱するしね」
茶目っ気を見せて歌仙が笑う。
「つまり、僕たちという個は消えるんだ。同じように個が消えるというなら、僕らは錬結を望む。そうすれば僕たちの魂は鳴たちの中で生き続ける。そうして主と共にあり、主を見守ることが出来るからね」
歌仙が優しい瞳で私を見つめてくれる。この10年、ずっと私を支えてくれた、歌仙の優しい眼差しにじわりと涙が浮かぶ。
「主よ、この爺にそなたの行く末見守らせてはくれんか」
みか爺がいつもどおりの穏やかな声音で言う。いつも泰然としてこの本丸一家のおじいちゃんとして皆を見守ってくれていたみか爺。これからも私たちを見守ってくれると言う。
その後ろに控えている皆を見れば、同じ気持ちだというように頷いてくれる。ああ、私はなんて幸せなんだろう。こんなにもたくさんの家族が見守ってくれるのだから。
「ありがとう、皆」
精一杯の感謝を込めて、微笑んでみせる。
「審神者様、そうと決まれば、早速申請書を書きませんと! 締め切りまであと3日でございますよ」
それまで場の空気を読んで黙っていたこんのすけがその小さな前足で膝をタシタシと叩く。
「そうだね。じゃあ、残り10日。皆で思い出いっぱい作ろう。政府の計らいで現世のレジャー施設に一緒に行くことも出来るし、行きたいところ決めておいてね」
これまで戦ってきた審神者と刀剣男士の慰労のためにと、政府が最後の1週間、全国各地のテーマパークをほぼ貸切状態にしてくれている。そんなお金、税金から使っていいのか!? と思ったら、なんと全て有志からの寄付金なのだそうだ。旧財閥系グループ企業とか、某大手銀行とか、そういうところが計数億円もの寄付をしてくれたらしい。日本経済界すげぇ。中には施設側から政府に無償提供を申し出てくれたところもあるらしい。ということで200年前からある某ネズミの国やら某映画会社のテーマパークやら、有名温泉地やら、希望するところに最大2泊3日で行けるという。政府も経済界も観光業界も太っ腹だな!
「2箇所くらい行けるよね!」
「温泉って行ってみたいな」
「京都は外せないよね!」
「ネズミの国だろー」
わいわいと騒ぎながら、皆は広間を出て行く。居間には観光案内とかパンフレットを用意しているし、うちの刀剣男士はタブレットも使いこなしているから、それでそれぞれ希望する施設を探すようだ。
「さて、主、申請書を書こうか」
私の周りに残ったのは歌仙と、共に現世へ行く5人。
「うん、じゃあ、執務室に行こうか──いや、書類持ってくるから居間行ってて」
全員と一緒に過ごせる時間は10日しかないんだから、出来るだけ皆と一緒の場にいたい。執務室も私室も最低限度しか使わないようにしよう。
書類を持って居間に戻ると、皆が楽しそうに旅行先を調べていた。どうやら今のところネズミの国と温泉が最有力候補らしい。
歌仙とまぁ君たち5人は居間の奥の一角に集まっていた。そこに書類を持って私も合流する。
政府に提出する書類は1枚。本当は色々面倒な手続きがあるらしいけれど、そこは各担当官やら各関係部署やらが調整して一括でやってくれるらしく、審神者自身が提出するのは『戸籍作成申請書』だけだ。ちなみにこれは過去から来た審神者が提出するもので、現代から召集されている審神者は『刀剣男士戸籍作成申請書』となるらしい。
そう、過去から来た審神者だけではなく、現世に行く刀剣男士にも戸籍が与えられるのだ。のみならず、なんと彼らは『人間』になるのだという。私たちと同じように歳をとり、生きていくのだ。尤も、刀剣男士が同行する理由が護衛であることから、刀剣男士としての能力もそのまま残るらしい。うん、戦闘力チートな人間が出来上がるわけですね! これ、軍にスカウトとかあるんじゃないの?
で、この刀剣男士が人間になるってことに関しては天照大神はじめ天津神々が提案してくださり、実行してくださるのだそうだ。神様のなさることだから仕組みは判らないけれど、本丸最終日、本丸のゲートを潜る際に彼らの体は刀剣男士から人間へと変わるらしい。うん、今更だけどファンタジー。
「さて、皆の戸籍作るための書類だね」
自分に関する部分に関しては既に記入済み。名前は元の時代のままだし、生年月日も単純に今の年齢だとこの年生まれになるってのを記入しただけ。四十路よそじ一歩手前だよねー。
まずは書類に付いて来てくれる5人の刀帳番号と刀剣男士名を書く。が、人間としての戸籍を作るわけだから、これだけでは終わらない。人間としての名前、生年月日、私と家族として戸籍を作るからその続柄。これを決めないといけない。
「光忠とたろさんはそのままでいいとして、問題は鳴君とばみ君とまぁ君だね」
ばみ君とまぁ君、どちらか1人だけなら『藤四郎』にするという方法もあったけど、2人だしね。それに折角なら彼らに合わせた私だけの名前をつけてあげたい。
「鳴はさー、『なつき』とかどう? ほら、にっくねーむがなき君でも不自然じゃないよ?」
ひょっこりと顔を出してそう言ったのはキヨ。そういえばキヨ、昔『鳴ばっかり渾名でズルイ! 俺にもつけてよ!』って言って涙目になってたなぁ。だからそれまで加州って呼んでたのをキヨに変えたんだけど。キヨって呼んだら桜舞わせてたのも懐かしい思い出だ。
「あ、いいね。ナイスアイディア、キヨ」
キヨの頭をぐりぐりと撫でるとキヨは嬉しそうに『ヘヘヘ』と笑う。しかし、その手にはさり気なく京都の観光ガイドブックを持っていて『京都行きたい』をアピールしてる。こやつ、侮れない。
「どう? 鳴君」
「なつき……うん」
鳴君はコクリと頷く。うん、漢字はどうしようかな。タブレットのテキストソフトを立ち上げて『なつき』を変換してみる。夏樹・夏希・夏紀・奈津紀・菜月・奈月・奈津希・夏季・夏来・夏輝・夏紀・夏喜。どっちかというと女性名っぽい漢字もあるし、鳴君自身に選んでもらう。
「これ」
鳴君が示したのは『夏喜』。夏を喜ぶか。なら、生年月日は夏にしよう。
「OK。じゃあ、現世に行ったら鳴君は夏喜ね」
書類に『夏喜』と書き込む。生年月日は鳴君は19歳認定だったから……と計算して記入。生まれは8月にしておいた。それから続柄……19歳なら息子でも行けるけど……うーん、これは後回し!
続いてばみ君。ばみ君は続柄から書いちゃう。息子! あ、長男次男三男のどれかで書くのか。
「続柄だけどね、まぁ君とばみ君は確実に私の息子になるんだよね」
「主君が僕のお母様になるんですね」
ぱぁっと桜を舞わせるまぁ君、なんて天使!! ああ、私の息子はこんなにも可愛い!!
「主が母上……」
ばみ君も何処となく嬉しそうにしてくれる。よかった。
「で、光忠とたろさんは兄弟が妥当だと思うんだけど、問題は鳴君。息子でも歳の離れた弟でもどっちでもいけるんだよねぇ」
19歳だから、私が20歳のときに産んだってことになる。別に年齢的に不自然じゃないよね。
「大将、鳴の叔父貴は弟がいいんじゃねぇか? そうすりゃばみ兄もまぁも今までどおり鳴の叔父貴を叔父さんって呼べるしな」
いつの間にかやって来てた薬研がそうアドバイスしてくれる。ああ、そうか。確かにそうすれば、粟田口3人の関係性は変わらずに済むな。
「じゃあ、鳴君は弟で、ばみ君が長男、まぁ君が次男だね」
何て美少年な息子たちでしょう! きっと存在しない夫が超美男子だったに違いない。
「名前は直ぐに思いつかないから、ちょっと後回しにさせてね。先に簡単に済む2人の分書いちゃう」
光忠とたろさん。たろさんは29歳設定、光忠は28歳設定だからとそれに合わせて生年を設定する。月日は後で。それから続柄を弟……と書こうとしたところで、光忠が待ったをかけた。
「主、僕の続柄は『夫』にしてほしい」
……
…………
はっ?
「ええっ!?」
思わずフリーズしてしまった。
「だから、僕は主の『夫』。つまり、ばみ君やまぁ君の父親ね」
ニッコリと笑う光忠。えっと……。
「えーと、それはプロポーズ?」
「そういうことになるかな?」
なんで疑問系。てか、え? え? えーーーー!?
「光忠、私のことそういう意味で好きだった?」
「いや、そういう意味ではないね」
即否定入りましたー。これ、安心していいの? それとも泣くべき?
「5人の中じゃ一番僕が『夫』っぽいかなぁって。たろさん、そんな感じじゃないしね。あ、だから、僕の年齢も10歳上乗せしてね。38歳だったら珍しくないでしょ?」
なんでもないことのように光忠は話を続けるけど、これどういうこと?
「光忠、主が混乱してるよ」
これまで傍観していた歌仙が苦笑する。ちゃんと説明しないとねと。
「主、僕たちが主の家族として付いて行くメンバーを決めるときにね、1人は『夫』になろうって話し合ったんだ」
そうして光忠が説明してくれた。
「僕たちは結構独占欲が強いんだ。主に仕える仲間同士であればそうでもないんだけど、それ以外は排除したいくらいには強いんだよね」
あー、なんとなく判る。某先輩審神者(男)のこと、最初は滅茶苦茶警戒してたもんなぁ。恋愛対象にはなり得ないと判った後でもあんまりいい顔してなかったし。担当官の丙之五氏にしても役人として信頼はしていても、『必要以上に主に近づかないでね!』って感じだったしなぁ。
「だから、主が現世に戻って、誰かと結婚するなんて嫌なんだ。僕らの中に別の誰かが入ってくるのが嫌なんだ」
ある意味病んでるのかな。そう思わないでもないけど、でも、嬉しい。そう思う私も病んでるのかもしれないけど。あー、独占欲というよりも子供が『お母さんは僕のお母さんだ! 誰にもあげないよ』っていう感じかもしれない。恋愛的独占欲よりも子供な独占欲。
「それで、光忠が夫?」
「そう。石さんとか号さんとか、曽祢さんとか、とんさんとか、見た目が夫に相応しい年代の人に付いて行ってもらう案も出たんだけど」
名前の挙がった4人は皆30代後半認定の年齢設定だから、確かに『夫』として不自然じゃない。石さんとか曽祢さんなんて『お父さん』感ありまくるし。ちなみに号さんについてはまぁ君が『飲んだくれのお父さんとか、嫌です……』とボソリと呟いていた。まぁ君、結構君辛辣なところあるよね。
でも結局、彼ら4人ではなく、光忠が『夫』となるということに決まった。おいこら、私の意志は? まぁ、私が拒否すれば大人しく弟になることにしていたらしいけど。刀剣男士皆に選ばれた5人は、この5人が付いていくのがベスト、と皆が認めたメンバーだったし。ちなみに誰が付いていくかについては最後まで短刀枠では薬研と小夜ちゃんが、打刀枠では歌仙が、太刀枠では一期が残ってたらしい。夫候補はダチ○ウ倶楽部の『どうぞどうぞ』状態だったみたいだけどね!
「光忠が、私の夫というのを嫌じゃなきゃ、それでいいよ」
こんな何処にでもいるオバサンの夫なんて、光忠は勿体無さ過ぎるけど。光忠たちがそれで『私が何処にも行かない、自分たちとずっと一緒』と安心するのならば、世の女性たちの『何、あの不釣合いな夫婦』という嫉妬交じりの白い目だってなんてことはない。
ただね、ちょっと心配ではある。光忠が夫になるということは、私が光忠の自由を奪っちゃうことにならないかなぁって。弟になるたろさんや鳴君、息子となるばみ君やまぁ君はこの先好きな人が出来たとして、自由に恋愛して結婚することも出来る(戸籍が出来て人間になるから可能だよね)。でも、光忠は『夫』だから、その自由がない。離婚した場合、どうなるのかも判らないしなぁ……。
「主、なんか思いっきりしなくてもいい心配してる気がするんだけど」
流石に10年傍にいるだけあって、光忠鋭い。なので、正直に言うと、光忠だけじゃなくて傍にいる全員に呆れたように溜息を付かれた。
「主、僕たちが『人間』になるのは、飽くまでも主を守って、主の家族でいるためだよ? 主の傍から離れるなんて有り得ないから」
そう言う光忠にまぁ君もばみ君も鳴君もたろさんも頷いている。
「あの、主君、僕たちが人間になるとはいっても、正確には『人間に見える』というだけなんです。年を取って、怪我をすれば人間と同じように治癒に時間がかかるというだけです。本当の人間になれるわけではありません」
そう言ってまぁ君が説明してくれた。何でも刀剣男士には本霊を通じて説明があったそうだ。いつの間に、と思ったら、夢で見たらしい。正面に本霊が立ち、1万余の分霊が一堂に会してたというから、その画面を想像したらシュールだ。
なんでも『人間』になるのは『見た目の年を取る』『怪我をすると治癒に人間と同じだけの時間がかかる』というだけらしく、本当に人間になれるわけではないらしい。具体的に言うと、寿命や生殖能力とかないそうだ。刀剣男士は審神者の霊力によって顕現しているけど、それに変わりはないらしく、審神者が現世で死亡すれば、刀剣男士も消え、本霊に還るのだそうだ。
「つまり……5人は本当に私の家族になるためだけに現世に行くんだね」
嬉しいような、申し訳ないような、複雑な気分だ。私のためだけに彼らを今後数十年縛り付けることになるのか。
「はい! 主君のお傍にいられるんです!」
でも、まぁ君はとても嬉しそうに言う。うーん、難しく考えなくていいのかな? 彼らが傍にいたいと望んでくれるのであれば、そうするだけでいいのかもしれない。
「そっか。うん、これからも皆とずっと一緒にいられるってことだよね。幸せだね」
そう、人の形で傍にいるのは5人だけど、魂は彼らの中に宿り、全ての刀剣男士が私と一緒にいてくれる。この10年で得た家族皆と生涯共にいることが出来るのだから幸せなことだ。置いて逝かれることもない。置いて逝くこともない。共に生き、共に逝くことが出来る。
人と人としての関係としては異常だろうけれど、相手は付喪神だ。こんな『家族』があってもいいだろう。
満足そうに笑う5人に私も笑みを返す。10日後、彼らと現世で私たちは新たな『家族』となるのだ。
「燭台切様が夫ですかー。ちょっと意外でしたね。右近様なら拒否するかと思いました」
書類を提出し、その確認で担当官丙之五氏とテレビ通話。書類は問題なく受理されて、今は手続き中。審神者銀行の個人口座と現世に行く5人の刀剣男士の口座は申請した名前で民間銀行に口座が開設されることになってる。23世紀ではアメリカのように日本でも各個人一人1人に社会保障番号が付与されていて、年金も健康保険もそれで一括管理されているらしく、それについても手続きが進んでいるらしい。身分証明書は何でもDNAとかの生体データが記録されたチップの入ったIDカードがあるらしく、それ1枚で運転免許証や健康保険証も兼ねるそうだ。ちなみに現世に戻ったら、私と光忠、たろさん、鳴君は自動車教習所に通うことにしている。
「うん、まぁ、戸惑ったし、夫婦はどうかなぁと思ったんだけどね。でも、それで光忠たち刀剣男士が『私が何処にも行かない』って安心するならそれでいいかなって」
光忠が私の『夫』となるのは私たち『家族』に他の誰も入れないということだ。この6人でこの家族は完結するものだと示すために光忠は、刀剣男士たちは私に『夫』という存在を作ったのだ。
『まぁ、右近様が納得してるのならいいんですがね。『神様』は独占欲強いみたいですし、安全策といえば安全策ですね』
刀剣男士は一応神様。実質神様としての能力はないんだけどね。でも気質の中にはしっかり神様成分入ってるから、割と我が侭だったり、他人の都合を考えないところもあったりする。まぁ、神様の独占欲に対する安全対策というよりも家族の我が侭に甘いだけなんだけどね。
『それから、暫定新居のマンスリーマンションの手配も終わりました。当日に御案内しますね』
新しい住居についても丙之五氏がいくつかの物件をピックアップしてくれたので、現世に戻ったらその中から選んで購入することにした。実際に見ずに購入は無謀だしね。光忠が『カフェ開きたい!』って言ってるから、店舗兼住居に出来そうで、一応都内だけど郊外のあんまり高くないところ。というか、21世紀の土地・住宅事情とはだいぶ違っていて、かなり地価とか下がってるらしい。まぁ、200年の間に人口が3分の2に減ったっていうし、それも影響してるのかな。で、新居購入までは暫定的にマンスリーマンションを借りてそこに住むことになってる。
ちなみに、私とたろさんは再就職も決まってる。私は歴史保全省史料部(旧歴史改竄対策局)編纂課に勤務することが決まって、たろさんはなんと陸軍刀剣部隊。ぶっちゃけ刀剣男士の再就職のために作られた部隊だ。2人のお給料で6人が生活していくには充分過ぎるほどの収入になる。なもんで皆は『主は働かなくてもいいのに』って言ってたけど、鳴君・ばみ君・まぁ君の将来のためにも学費を積み立てておきたいしね。収入はあって困るものじゃない。それに、歴史保全省に勤務してれば何かあったときにそれなりに情報は入ってくるだろう。史料部編纂課はその名の通り今回の戦いの史料編纂する部署だし。
それから、鳴君は大学生になり、ばみ君は春から高校生、まぁ君は春から小学3年生になる。尤も、刀剣男士ゆえに現世の一般常識なんてものを知るはずもなく、刀剣男士のための特別学校が1年間開校する。その1年間で必要な基礎知識を身につけたうえで、一般の学校へ編入することとなるわけだ。セキュリティを考えて、ばみ君とまぁ君は皇族方も通われる私立に入学予定。刀剣男士の殆どがそこに通うらしい。ちなみに特別学校もその学校の敷地に開校するんだとか。
あ、まぁ君とばみ君の現世での名前もちゃんと決まった。まぁ君は『雅喜』でばみ君が『有喜』。まぁ君は『まぁくん』と呼んでもおかしくないように『ま』が付く名前で、ばみ君はそのイメージ(冬・雪)から。で、鳴君と同じく『き』が付く名前だから、『喜』の字を揃えることにした。更にたろさんはそのままの『太郎』ではなく『太朗』と微妙に漢字を変えた。
名前が決まってからは刀剣男士たちは彼らを新しい名前で呼ぶようになって、彼らの私への呼称も『主(主君)』から『母さん・母様』『姉さん』に替わった。光忠は名前呼び捨てになったんだけど、一番困惑してたな。現世に行ってから『主(主君)』呼びしないように練習ってことで。そしたら何故か、一緒に行かない刀剣男士たちも短刀・脇差(青江除く)は『母さん・母様』、青江+打刀以上は『姉さん』になってた。何でも羨ましかったそうだ。
着々と彼らが現世で生活する準備が整っている。『新生活』、どんなふうになるんだろう。楽しみのような、不安なような……。
最後の1週間はあっという間だった。皆で行ったのは2箇所。某ネズミの国に1泊2日。九州の某温泉地(私の地元。歌仙と小夜ちゃんにとってもある意味懐かしい土地)に2泊3日。皆でワイワイと楽しみ、それだけでアルバムが5冊は出来るくらいに写真をたくさん撮った。
そして、最後の日。
広間に集まり、1人1人錬結する。短刀はまぁ君に、脇差はばみ君に、打刀は鳴君、太刀は光忠、大太刀・槍・薙刀はたろさんに。
錬結は、この本丸に来て日が浅い順にやった。それが刀剣男士たちの希望だったから。
1人1人にこれまでのお礼を言って、労って、錬結する。彼らは笑って消えていった。
「大将、そんな顔すんなって。俺っちたちの姿は消えるが、心はまぁ──雅喜の中にあるんだ。ずっと大将と一緒なんだから」
涙でぐしゃぐしゃになった顔に笑いながら、最後まで男っぷりを見せつける薬研。短刀なのに、大人のように私の頭をグリグリと撫でニカっと笑う。
「大将が無茶しねぇように雅喜の中から見てるからな」
「大丈夫です、薬研兄さん、僕がちゃんと母様を見張りますから。父様も兄さんたちもちゃんと気をつけます」
「ああ、頼むぜ、雅喜」
「心配ない、薬研」
「うん、大丈夫」
「そうでございますよぅ、薬研殿!」
「そうだな。有喜兄、夏喜叔父貴、きぃ、大将のことよろしくな」
兄弟と叔父にそう告げると、薬研はまぁ君の中に溶けていった。
「僕で最後だね」
歌仙が鳴君に自分の本体を渡しながら、微笑む。初期刀との別れに既に決壊している涙腺が更に酷いことになる。綺麗な笑顔で別れたかったのに、酷い顔だ。折角、じろちゃんと乱ちゃんが綺麗にお化粧してくれたのに。尤もこれを見越していたのか、ウォータープルーフの化粧品を使ってくれてたんだけど……意味がない。
「主、君と共に戦えた日々は僕の宝物だ。君に出会えたことを神々に感謝するよ。僕はこれから夏喜の中で眠りに就く。そして、君が天寿を全うし天上に旅立つときには再び目覚め、君の供をしよう。それまで暫しのお別れだ」
今まで見たこともないような綺麗な微笑で歌仙は告げる。
「がぜん……」
洟が詰まって酷い声になる。最後なのに。
「全く、主は雅じゃないね」
歌仙は苦笑し、ティッシュで私の涙を拭き、洟を噛ませる。最後まで歌仙に世話をされて綺麗になったところで、精一杯の笑顔を作る。
「今までありがとう、歌仙。あなたを初期刀に選んで本当によかった。一番頼りにしてたよ。歌仙には一番我が侭言って、一番怒られて……でも、それが嬉しかった。大好きだよ、歌仙兼定。私の最初の刀」
今までありがとう。本当に、本当に歌仙のこと、大好きだ。この歳になれば素直に言えない言葉もすんなりと出てくる。
「ああ、僕の最後の主。刀剣男士であるこの『僕』にとっては最初で最後の主。君の幸せを見守っているよ」
綺麗に、本当に綺麗に微笑む歌仙。そして、その笑みのまま溶けていく。
歌仙が消えた瞬間、再び涙腺は決壊する。
「姉さん、俺の中に、歌仙はいる。『泣き過ぎるのは雅じゃない』って呆れてる」
背を撫でながら、鳴君──夏喜が言う。
「母さん、皆笑ってる。主さん泣きすぎですって堀川もずおも大笑いだ」
「母様、僕の中でも皆大騒ぎです。大将泣きすぎんな、あるじさんお化粧崩れるって」
「僕の中でもね。爺様たちが『夫ならば妻を慰めよ』って嗾けてきて五月蝿いくらいだ」
「姉さん、次郎と号殿と岩殿の笑い声が五月蝿いくらいです。とん殿や石殿、杵殿は苦笑しています」
家族──息子と弟と夫がそう言って口々に慰めてくれる。皆が消えたのではないのだと。彼らは自分たちの中にいるんだと。
「……寂しくて泣くのはこれで終わりにする。次に泣くのは映画やドラマで感動したときにする」
洟を噛み、涙を拭い、顔を上げる。いつまでも泣いていては眠るはずの皆が安心出来ない。寂しいけれど、1人じゃない。家族がいる。それに──
「右近様。これが私の管になります。お持ちください!」
そう、こんのすけ。こんのすけも一緒に行くのだ。元々は政府の管狐だったこんのすけは5年目には私を主と替えた。だから、一緒に行くのだという。尤も妖怪だから、一般人の目には見えないけれど。
あ、きぃちゃんに関してはペット扱いになる。きぃちゃんの言葉が判るのは元審神者と元刀剣男士だけになり、他の人にはただ鳴いているように聞こえるということでひと安心だ。
「右近様。いいえ、○○××様、ご案内いたします。新居へと参りましょう」
初めて私の名を呼んだ担当官丙之五氏。これからは史料部編纂課での上司になる彼が、最後の『担当官』としての仕事をする。
「はい。光忠、太朗、夏喜、有喜、雅喜、行こうか」
家族に呼びかけ、立ち上がる。
「新しい生活だね、行こうか、奥さん」
「ええ、姉さん」
「うん、姉さん」
「ああ、母さん」
「はい、母様!」
歴史修正主義者との戦いが終わり、新しい家族との生活が、始まる。
コメント