テニスの王子様

Reset*Restart-BeforeHighSchool

ここは何処……?

『生き直したい』とか……。『人生やり直したい』とか。ある程度の年になってくると、誰でも1度は思うんじゃないだろうか。生まれ変わるのではなく……ある時期の選択から、もう一度やり直したいとか、ある時期に戻りたいとか。今現在の自分の知識と経験を持ったまま、そのときに戻れるなら……今よりももう少しマシな自分、マシな人生になってるんじゃないか、なんて。

例えば……32歳にもなって、趣味はネットゲームに二次創作、休日は部屋に篭ってPCと向かい合う半引き篭もり。仕事は時給1000円に満たないパートのおばちゃん……。なんていうのとは違う自分になれるんじゃないかなぁ……。

これも……これまで自分が生きてきた結果だから仕方ないとはいえ……

半年前に会社を辞めたときにもう一度戻れたら……大学入試前に戻れたら……高校入試前に戻れたら……

そんなことを思ってしまう。

これでね、例えば友人たちのように、ちゃんと結婚して子供もいればまた違ったんだと思う。でも、哀しいかな独身で。これと言って長期的な目標もなくて。ただ、生きてる。というか、死んでないってだけの人生。40歳、50歳と年を重ねて、自分がこれからどうなるのか、全く想像もつかない。ただ年をとって、ただ生きてるだけの感じがして……もう生きてなくてもいいか、なんて超ネガティブなことまで考えてしまう。

「やり直せるものなら、やり直したいな……」

溜息と共に呟く。

因みに今、趣味のネトゲやってるところ。普段ならチャットしながら仲間と遊んでるんだけど、今日は週末と言うこともあって、社会人の多い仲間たちはデートだ飲み会だと現実の世界で遊んでいるらしく、一人でモンスター倒して寂しく経験値稼ぎをしていた。

≪やり直すなら、いつにしたい?≫

「んー……高校時代かなぁ……」

応えてハッとする。

待て……。部屋には私一人だぞ? 今話し掛けてきたのは誰!?

キョロキョロと部屋を見回すが……当然誰もいない。でも、何かを感じているのか、愛猫3匹が……PCデスクの前の壁に貼ってある堂本光一くんのポスターに唸る。

≪高校時代ね……時期的に、高校入試でいいかな≫

目の前の、ポスターの堂本光一が……憂い顔だったはずのポスターの堂本光一が……ニヤリと笑う。

≪じゃあ、楽しみにしてな。準備できたら迎えに来るから≫

……

………………

………………はい?

声は唐突に消え。目の前のポスターもいつもどおりの憂い顔。猫たちも何事もなかったかのように手を嘗めて顔を洗ってる。

ありゃ、明日は雨か。って、違うだろ、私! 自分に突っ込みを入れたことで現実に戻る私。

「あーーー!!!」

PCの画面を見ると、自分の操作するキャラクターが、モンスに殺されてた。

オフラインゲームと違ってゲームオーバーにはならないものの、デスペナルティというものがあって、レベルに応じて経験値を失う。

このとき操作していたのはメインキャラクターとして使っているものではなかったが、一番レベルの高いキャラクターで……デスペナ分の経験値を取り戻すには、メインじゃないこともあって1ヶ月はかかる……。ショックを受けた私は、綺麗さっぱり、さっきの不思議な声のことを忘れていた。

いや……『忘れた』のではなく。本当は『忘れさせられた』のだ。

後に出逢う、『堂本光一』によって。

 

 

 

 

 

それから1週間後のことだった。

「んじゃ、また明日ね。ノシ」

いつもの挨拶をして、ログアウトする。ほぼ日課となっているオンラインゲーム。我ながら、何でこんなモノに嵌っているんだろうとあきれてしまうが、仕方ない。これだから、いつまで経っても、嫁に行けなんだろうなぁ……。そろそろ行かないと、親父様もお袋さまも切れそうだ……。

ログアウトして、PCの画面が通常に戻る。デスクトップの壁紙は自作のスキャン画像を組み合わせた、堂本光一くん……。いい年して、芸能人に熱を上げているから、縁遠くなるってのもあるなぁ……。でも彼以上にかっこいい人なんて、そうそう現実(周辺)にいるわけもなく、こうして私は嫁き遅れていくのね(これを責任転嫁という)。

さてさて、お次はネットサーフィン。これまたほぼ日課となっている、ゲーム内の友人たちのブログを見て回り、その後は私の嫁き遅れの3大要因の最後の一つである、某テニス漫画の夢創作サイトを見て回る。夢創作は堂本光一くん夢でサイトを作っていた私。しかし、今になって、WJ系に嵌るとは思ってなかった……。

残念ながら、お気に入り登録しているサイトの更新はなし。まぁ、いいか。時間的にももうすぐ12時。風邪気味だから早く寝ろと、ゲーム内の友人に叱られて、いつもならこれから本番! って時間帯にログアウトしたのに。あんまり夜更かししたんじゃ意味がない。

PCの電源を落とし、布団に潜り込む。足もとに3匹の飼い猫が丸くなる。う……両サイドに寝られたら寝返り打てないじゃん……。灯りを消し……。

「あ~……やっぱり占いあたらなかったなぁ」

そんな事を思う。

≪これまでの人生をひっくり返すような大事件が起こります≫

これが、地元の新聞の朝刊に載っていた、私の『今日』の運勢。いつもは占いを信じて読むのではなく、悪いことが書いてあったときはそうならないように用心して行動する為に読んでいるのだけれど、なんだか、今日の占いに関しては妙に期待してしまっていた。

「全て世は事もなし……と」

結局、別段何か起こるわけでもなく、極普通の平凡な1日だった。

 

 

 

 

 

──……否、何もなかったと決めるには、早計だった。けれど、私はこれから自分に起こる事など知る由もなく、眠りに落ちた。

≪準備できたから、迎えに来たぞ、長岡彰子≫

目を閉じて眠りに落ちていた私は気づかなかった。憂い顔ポスターの堂本光一が、にやりと笑ったことに。

時計は、11時59分を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うん……痛い……

何かがぺちぺちと頬を叩く。ニャンコかな……。ママはまだ眠いんだよ……。今日は仕事もお休みなんだから、もうちょっと寝かせて……。

「彰子、長岡彰子。起きろよ」

ん~……ニャンコ……話せるようになったのか。それは凄いね、おめでとう。だから、寝かして……。

「ったく。寝汚い奴だな……」

声はそう言うや、私をベッドから蹴り落とす。え……ベッド……? うちはベッドじゃないはず。なんで……?

何か可笑しいと思いつつ、眠い目を擦りながら狼藉者を見上げると……。

「堂本光一!!」

そこにはマイダーリン(脳内妄想)の堂本光一くん。でもなんで、彼がここに……? うーん、と起きぬけのはっきりしない頭で悩んでいると……

「ふむ。お前には私が堂本光一とやらに見えるのか」

という謎のお言葉。

そういえば、何かちょっと違うような……。本物に比べて、フェロモン出てないな……。

それに、目の前の堂本光一さんの背景と化している部屋の内装にも違和感を感じる。っていうか、ここ完全に私の部屋じゃないよ!!!

ぐるりと部屋を見渡すと、かなり広い。私の部屋の2倍はあるな……。それなら12畳くらいか……。

そんなことを思いつつ、部屋を見渡し……大きな姿見が目に入る。自慢じゃないが、容姿には全く自信のない私。化粧に必要なメイクボックスの鏡しか、私の部屋にはない。なのに、こんな、全身が映る鏡なんて……

姿見の中には、一人の美少女がいた。今時珍しい、真っ黒な髪は腰にかかるほど長くて。意志の強そうな瞳をしてる。15~6歳ってとこだろうか。

だけど……位置から言えば、そこに映るのは私のはずで。試しに体を動かしてみれば、鏡の中の美少女は寸分違わぬ動きをする。つまり……映ってるのは、私……。私じゃないけど、私……。

 

「なんじゃ、こりゃぁぁぁぁぁぁぁ」

 

私の口からは、懐かしのジーパン雄叫び(by『太陽にほえろ』松田優作)が発せられたのだった。

 

 

 

 

 

パニックになった私を落ち着かせるように、堂本サンはホットミルクを作ってくれた。

堂本サンがいない間に改めて部屋を見渡すと、ほぼ12畳くらいのベッドルーム。セミダブルのベッドと、パソコンデスク。当然その上にはパソコンが鎮座していて、おお、あれは私が欲しかった『リネージュ2』推奨モデルの高性能パソコンじゃないか。

さらに勉強机が別にあって、横の本棚には参考書類。なんか懐かしいのう。おまけに私の好きな小説家の作品がほぼ全部とお気に入りの漫画も揃っている。あれ……お気に入りの漫画揃ってるはずなのに……『テニスの王子様』だけ、ないぞ?? まぁ、いいや。

それから、他にもローチェストがあり、その上にはCDコンポ(立派でオーディオセットといったほうがいいかもしれない)、その隣にはでっかい熊のぬいぐるみ。壁の一面はウォークインクローゼットになっているようだ。なんだか……すんごいお金かかってる部屋に見えるんですけど!!

ああ……ここは何処? 私は……長岡彰子。

 

 

 

 

 

人間、パニックがキャパシティを超えると、かえって冷静になるもので。私も堂本サンがキッチンから戻ってくる頃には落ち着きを取り戻していた。私を起こしたのは堂本サン。とすれば、あの人は全てを知っているはず。

「落ち着いたみたいだから、状況を説明させてもらうな」

案の定、戻ってきた堂本サンは落ち着いた私をみて、そう言った。そして、ベッドに腰掛け、語り始めた。

「まず、私は堂本光一とやらではない」

ええ……それは解ってますよ。本物が私の目の前にいるわけないじゃん……。

「私の名前は妄想神」

ハイ……?

「あんたみたいな、2次創作作家の守護神ってとこだな」

……ハイ……?

「流石、八百万の神々がおわします日本だけあって、オタクにはオタクの、腐女子には腐女子の、ドリーム作家にはドリーム作家の守り神がいるんだよ」

ウィンクして堂本サンは言う……。じゃあ、ひっきーにはひっきーの、秋葉系には秋葉系の守り神もいるんだろうな……。

「んでね、どーもうちら妄想神が守る人ってのはさ、なんというか……負け組? が多くてな」

グサッ。なんか胸に刺さった……。

「でも、これでもうちらも神様なワケで。自分らの管轄下にある人間が人生の落伍者扱いってのも癪だしね」

グサグサッ。また……刺さった……。

「だから、人生をやり直すチャンスをあげようってことになったわけ。ちょうど、そのことが決まったときにアンタが『生き直したい』なんて呟いたんで、アンタが選ばれたってわけさ」

ふむ……。なるほど。でも、そうすると、今までの私は何処にいるんだろう。死んだ……のかな?

「因みにここは、元々あんたがいた世界とは別の世界。パラレルワールドね」

なるほど。ふむふむ。

「あんたもドリーム作家だから、トリップ夢って言葉は知ってるだろ」

勿論知ってますよ。って……

「ここは、あんたのだーい好きな『テニスの王子様』の世界です!」

どうだ、嬉しいだろう! と堂本サンは胸を張る。

「どうせトリップならさ……堂本サンのとことか……『ファイナルファンタジー』とか『十二国記』とか『幻想水滸伝』のほうがよかったな……」

ボソっと漏らす。

「…………現実にいる芸能人じゃ、相手に支障がでるだろ。それに今お前が挙げた作品は現代日本じゃねーだろ。生活知識ねーとこ行ってどうすんだ」

うーん。まぁ、それもそうか。

「ここでのあんたは15歳」

うわっ。17歳も若返っちゃったよ。え……チョットマテ。

「もしかして、中学3年?」

「勿論♪」

いや、堂本サン、♪つきで応えなくていいから……。ということは、また高校入試を受けないといけないわけ??

「ま、アンタは元々塾の先生やってたんだし、中学生の勉強くらいチョロイもんだろ?」

確かに、半年前まで中学生相手に受験指導&学習指導やってたから……勉強は何とかなるだろうけど……。面倒くさいなぁ。でもまぁ、こっちで生きていくんなら、ある程度勉強出来るのは将来の選択肢広がるし、いいか。こうなっちゃった以上、現状を受け入れて、楽しむしかない。折角人生をやり直すチャンスをもらったわけだしね。

堂本 サンは、次々に私のこっちでの設定を教えてくれた。

名前 長岡彰子

誕生日 12月21日

血液型 AB型

ふむふむ。これは現実の私と一緒だな。

身長 166cm

体重 44Kg

スリーサイズ 85 58 84(ブラのサイズD)

……あっちの私よりすんごく、スタイルいいんですけど……(身長は一緒だけどね)。まぁ、顔も一応あっちの私をベースにしてるのは判るんだけど、個々のパーツが整っていてバランス配分も良くて、それで結構な美少女になってるし……。これも、あっちで負け組(涙)な私へのこちらでの救済措置ってとこなのかしら……。

家族構成 父と母。アメリカ在住。LOVEx2なため、お金だけ与えて後は放任。

住所 ここ。1LDKのマンション。両親が買い与えてくれている。

生活費 両親から毎月30万円の振込みがある。

便宜上の保護者 堂本光一。母方の叔父という設定らしい。

お金はあって、親は干渉しない、か。めっちゃイイ環境。そりゃ、本当に15歳なら、寂しいだろうし、色々な葛藤もあるだろうけど、こちとら中身は32歳。気楽でいいや♪

「それから……当然だが、タバコは厳禁だからな」

えええええええ。そんな殺生な。

「未成年なんだ、当然だろ」

ひーん。私からタバコを取り上げるなんて……。実は結構ヘビースモーカーだったりするのだ。まぁ……未成年なのは事実だし……暫くは大人しくしておこうか……。

 

 

 

 

 

「そして、一番大事なことだ」

急に堂本サンは真面目な顔になる。

「もとの世界のことだ」

ああ……。確かにどうなってるんだろう?

「選択肢は2つある」

選択肢? 2つ?

「1つは、あっちの世界での長岡彰子の人生END。つまり……眠ったまま、あっちのアンタは死ぬわけだ」

自分が……死ぬ……。

「……もう1つは……?」

声が掠れる。

「初めから、アンタは存在しなかった」

自分の……長岡彰子と言う存在の抹消。

「どっちにする?」

どっちも厳しい選択肢だ。どちらにしても、これから先、あちらの世界では、私は存在しない。では、これまで存在していたことにするのか、これまでも存在しなかったことにするのか……。誰も自分のことを知らないのは辛い。けれど、生きていた『私』が死ぬとなれば、悲しむ人もいるだろう。家族、友人……。それに、人というものは死んでも金がかかるのだ。葬式やらなにやら……。本当は生きてるのに。

生き直すことができるのに、葬式代200万を使わせるのは気が引ける。いや……何よりも、悲しみを負わせたくなかった。

「『長岡彰子』の存在を抹消することで、記憶の不整合や混乱は起こらない?」

自分の中で結論を出し、私は堂本光一に尋ねる。

「ああ。こっちも神だからな。その点は心配要らない」

「それなら……長岡彰子を抹消してください」

あちらの世界での、私が消える。記録からも、記憶からも。そこまで多くはない、私に関わった人から、記憶を奪うことになるけれど。『初めからいなかった』のなら……いいのではないか。

誰にも覚えられていない自分。これが、生き直すことの代償だった。

 

 

 

 

 

「とりあえず、1ヶ月後に高校入試な。2校受けてもらうから」

暗くなった雰囲気を変えるように、堂本サンが現実に引き戻す。

「え~。2校も? 面倒くさいなぁ」

空元気はお見通しだろうが(なんせ神様だ)、ぶーたれて見せる。外見は15歳とはいえ、中身は32歳だからね。気遣いには応えないと。それに面倒くさいと思ったのも事実だし。

「そこで、出逢いがあるかもな?」

ニヤリと笑う堂本サン。まー……一応神様だし? 言うことは聞きますけど。

「じゃあ、とりあえず……買い物行くか」

へ?

「さしあたって必要な服や下着はあるけど、好みもあるだろうし、携帯だって必需品だろ」

あー……確かに、今時の中高生なら携帯は必須アイテムだろうな。

「んじゃ、着替えて出かける準備しな」

「は~い」

言われてクローゼットを開けると……まぁ、かわいいのからセクシー系、マニッシュなものまで色々揃ってること。ファッションに無頓着な私としては、ここにある分だけでもう十分。

とりあえず、今は1月ということなので、オフホワイトのハイネックのセーターとジーンズ、それにダウン素材の白いファーのついたコートを選ぶ。

 

 

 

 

 

堂本サンに連れられて出た街で、まさか早速の出逢いがあるなんて、思いもしなかった……。

コメント