テニスの王子様

a Tre~三重奏~

articolato~明瞭に(忍足視点)~

合宿で信じられへん事実を知ってから、俺は2人を観察するようになった。

いつからあの2人は付き合うとったんやろう。

否、そもそもあの2人は恋人なんやろうか。

観察し続けて得た俺の答えは『No』。あの2人は恋人なんかやないというもんやった。

2人の行動は昔から変わらへん。綾弥の跡部に接する態度は昔のままや。

いつからあの2人がああなっとるんかは判らへんから、比べる『昔』も曖昧なんやけどな。

けど、中学ン時から『氷帝の天才』『食わせ者』言われてきた俺や。観察眼はあるって思うとる。

せやから、もしあの2人の関係に変化があったんやとしたら気付いとったはずや。

けど─少なくとも、綾弥は跡部に対して態度に変化はあらへん。そう、跡部に対しては。変化があったんは俺に対してや。

跡部が綾弥をどう思うとるかは…意識して観察したら簡単に判った。まぁ、俺だからやろうけど。

跡部は綾弥に惚れとる。6年の付き合いで、跡部のことはそれなりに知っとる俺やけど…あれは跡部には多分初めての本気の恋やと思う。

けど、綾弥の心は跡部には向いてへん。

もしかしたら…綾弥は俺を好いてくれとるのかもしれへん。

自惚れやろうか?

けどな、綾弥は1年ちょい前─2年に進級したあたりから時々俺を避けるようになった。いつもやない。けど、跡部と2人で過ごした後はほぼ9割の確率で避けとった。

それが跡部との情事の後やったとしたら…そこで『俺』を避けとるんやとしたら…。

そう考えれば強ち自惚れとは言えへんように思うんや。

せやけど…それやったら、なんで綾弥は跡部に抱かれとるんやろう?

綾弥は心と体を切り離して考えるタイプやとも思われへんのやけど…。

俺はずっと『1人の女を大事にしとる』振りをしとった。他の女は目に入らへんって振りしとった。

中学ン時に散々ファンには梃子摺らされとったし、高等部ともなったら、『将来』見据えたお嬢さん方が五月蝿いんは先輩たち見てたら判ったしな。

せやから『特定の女』がおって『ごっつう大切にしとる』と思わせとった方が面倒あらへんからな。

綾弥が俺に惚れてくれとったとしても、俺がそないな風に見せとったから、綾弥は俺に対して仲間以上の距離から動こうとはしぃひんかったんやと思うねんけど…。

でも、それと跡部との関係がどう結びつくんか判らへん。

跡部の視線から察するに、多分あの関係のきっかけは跡部から動いたんやと思う。

けど…やっぱ判らへん。なんで綾弥が…。

いや…俺が自分に都合がええように解釈しとるだけかもしれへんな。

綾弥が俺に惚れとる思うんも状況による俺の希望的観測にすぎひんのやし。

これ以上考えとっても埒があかへん。やっぱり跡部にストレートにあたってみるしかあらへんな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、跡部と話して判ったこと。

跡部はやっぱり綾弥に惚れとった。

「見てしもうてん。お前と綾弥がヤっとるとこ」

部室に2人だけになったところで、俺は跡部に切り出した。

いつもは綾弥も最後まで残っとって、俺か跡部(9割方跡部やけど)が綾弥を送っていくんやけど、今日は違う。

毎年この日は綾弥は早めに帰るんや。綾弥の両親の結婚記念日。家族で外食する恒例になっとるとかで。毎年この日は兄ちゃんが迎えに来る。

せやから跡部と綾弥のこと話すんやったら今日やと決めとった。

俺の言葉に跡部は表情を曇らせる。

しまった、とか、気付かれたのか、とか…そんな表情やった。

「いつからなん?昨日今日やあらへんやろ」

見た感じ結構馴染んどるっちゅう様子やったしな…。

「けど、恋人同士言うわけでもないやろ」

跡部は何も答えへん。答える義理はないいうことか。それとも答えられへんのか?答えとうないんか?

『跡部が綾弥に惚れとるんは、見てれば判るで。けど綾弥はちゃうやろ。お前ら恋人同士っちゅうわけやあらへんやろ」

跡部はそれでも何も言わん。不快そうに眉を顰めるだけやった。

「お前何考えてんねん。綾弥は遊びにしていい女やあらへんやろ」

「──遊びじゃねぇ」

漸く跡部が口を開く。

「せやったら、余計に悪いわ。どういう心算なん」

本気で惚れとったからいうて、自分以外に想う男いてる女抱くなんてあかんやろ。惨めやん。自分想うえない女抱くやなんて。

ああ…でも俺かてそうしたかもしれへんな。仮令心が俺にはないて判っとっても、綾弥が望むんやったら…。

綾弥は…跡部に抱かれることを望んだんやろうか。自分の想いが叶わん恋やからそれを諦めたいと…?

その想いの相手は俺…?それともそれは都合のいい勘違いで、全く別人?

まさか、玲さん、ちゅうことはあらへんようなぁ。血の繋がった実の兄さんやし。けど…あの玲さんや。綾弥かて行き過ぎるくらいブラコンやし…全くないとは言い切れへんか…。

兄さんに恋人出来たらショックで寝込むかも…なんて言うくらいやし。

もし玲さんに禁忌な恋をしとるんやとしたら、それを忘れようとして跡部と関係持ついうんも有り得ん話やない…。

俺を避けるんも、俺はレギュラー陣の中じゃ玲さんと一番交流もあるし、まぁ雰囲気とか少しばかり似たとこあるよって、その所為とも考えられる…か。

阿呆な想像やと判っとるのに、何やホンマに綾弥の片想いの相手、玲さんのような気ぃしてきたわ…。

「てめぇには関係ねぇ」

跡部の声で我に返る。そう、今は跡部や。

「関係あんねん。俺も綾弥に惚れとる」

いつになく真剣な声で俺は告げる。跡部に対してライバル宣言するわけやしな。

今まで俺は跡部をライバル視したことなんてあらへんかった。女絡みでもテニスでも。

そもそも俺は競争意識低いんやと思う。何でも大抵のことは卒なくこなせてまうからかもしれへんけど。

でも跡部みたいに手塚や真田をライバル視することもあらへんかった。

テニスでも常に跡部の後、No2の位置にいてた。それを不満に思うこともあらへんかった。何度か跡部と部内の対抗戦で対戦したこともあったけど…勝とうとは思ってへんやった。

けどな。今は違うねん。

跡部に負けとうない。跡部には負けられへん。殊、綾弥に関しては。

「惚れてる…だと…?」

跡部の顔色が変わる。いつもの尊大な俺様が消える。

そういや、跡部、俺のこと意識してたな。俺のこと敵視しとったなぁ。

やっぱあれは綾弥絡みなんか。

跡部が俺を気にする程度には、綾弥は俺のこと意識しとるいうことか。

そう思うと少し気持ちに余裕が出る。

けど、俺が出遅れてしもうとることに違いはあらへん。

綾弥の心が俺に向かっとったとしても、綾弥は俺との距離を縮めようとはしてへん。

つまり、俺の態度が綾弥にそう思わせるもんやったっちゅうことやな。

『1人の女』大切にしとると思わせてたんやし、それも無理はない。ある意味目論見成功しとったわけやし。

それに俺かて、綾弥と跡部の関係知る前は自分の気持ちに気付いてへんかったわけやし。

あの2人の関係に気付かへんかったら…多分俺は自分の気持ちに気付けへんかったんやないかと思う。

気付いたとしてもそれは多分綾弥が傍におらんようになってからやろうな。

いつも傍にいてたから、気付かへんやったんや。

そういう意味では気付かせてくれた跡部に感謝やな。

傍におらんようになってからやと手遅れや。

態々探し出して追いかけるなんてこと、多分俺はしぃひん。『阿呆やな俺』って自嘲して、それで仕舞やと思うねん。

否─他の女やったらそうかもしれんけど、綾弥ならどないやろ。どんなに面倒やと思うても追いかけたかも知れへんな。

俺、ホンマは面倒なこと嫌いやねん。跡部と出来とるんやったら、普段の俺やったら『もうええわ』て思うたやろ。

綾弥の心が今はどうあれ、綾弥は跡部を受け入れとるわけやし。跡部は本気で綾弥を想うとるんやし、いずれは綾弥も跡部を愛するようになる…ってな。

跡部は信頼に足る男や。普段は傍若無人な俺様やけど、情は深いし懐も寛い。──跡部になら、綾弥を任せられる。

今かてそう思うで。

けど、あかんねん。

諦められへんねん。

綾弥の隣に立ち、綾弥を抱く男は俺でありたいんや。

俺が綾弥を欲しいんや。

正直、自分がこないに綾弥に恋い焦がれとるなんて思いもしぃひんかった。

跡部に触発されただけやないんか。

跡部への対抗意識でそう思うとるだけやないんか。

そう自問することもある。

跡部への対抗意識があることは否定しぃひん。

けど、それも綾弥故や。他のこと─テニスやらなんやらでは跡部を意識したことあらへんからな。他人は他人、俺は俺や。

綾弥のことだけなんや。

綾弥を愛おしいと思うとる。

綾弥と一緒におるだけで自分が穏やかになるんがよう判る。

何気ない綾弥の一挙手一投足が、一言がごっつう俺の心を乱す。──露骨に言うてしまえば欲情してしまう。

俺の言葉が、行動が、綾弥の目にはどないに映っとるんか、滅茶苦茶気になる。

『ああ、俺ホンマに綾弥に惚れてんねんなぁ』なんて実感させられとるんや。

俺は今、跡部に比べたら不利やと思うとる。

『彼女』いてることになっとるし、一応一途に恋してたっちゅう建前になっとるし。

そないな俺がいきなり綾弥に好きやって言うても信じてはもらえへんやろ。綾弥が仮に俺のこと好いてくれとったとしてもや。

いや、好いてくれとったら余計に信じてくれへん気もするな。

そして万一、綾弥が玲さんに禁断の恋しとったりしたら…。まぁ時間はかかるやろ。玲さんは強敵や。けど勝てへん相手やない。所詮は兄やからな。綾弥は両親悲しませてまで想いを遂げようとはせんはずやし、玲さんかて綾弥を妹以上には見てへんはずや。

俺に綾弥の目ェ向けさせて、俺が忘れさせたる。その想いを昇華させたる。

まぁ…今、綾弥の心が何処にあるんか判らへんけど…ともかく、今すぐの行動は起こさへん。

周りから固めていかなあかん。

俺に恋人はいてへんことを綾弥に認めさせて、少しずつ、綾弥の傍にはいつも俺がいてるんやと、俺は綾弥を見つめとるんやと思わせなあかん。

今はテニスも大事な時期やしな。

綾弥はマネージャーとして、今年こそ全国制覇したいって思うとる。勿論、俺かてそうや。

今年でテニス─プレーヤーとしての─と訣別することになる俺や跡部の気持ちを綾弥は十分知っとる。

俺かて悔いは残しとうない。不本意な成績で終わりとうない。

全てを出し尽くしたと満足して終わりたいんや。

恋にかまけてテニスを半端になんかしとったら、絶対後悔する。俺も、綾弥も…。

せやから、俺が動くんは全国が終わってからや。

とは言え、跡部次第ではどうなるか判らへんけど。

跡部は元々長期戦の心算だったと思うねん。

躰の関係を既に持っとること、それと関係あるんやろうけど俺の知らん何かを知っとること。多分それが一種の余裕と諦めを跡部に持たせとって、それこそ跡部は10年くらいの長期戦の構えやったと思うねん。

けど、そこに俺っちゅう伏兵が現れて宣戦布告や。

跡部の顔にはらしゅうもない焦りが浮かんどる。

行動起こすかもしれへんな。

本来は人を気にするヤツやあらへんけど、綾弥に関しては例外っぽいとこあるし。

元々跡部はテニスと同じで自分から動く攻撃型や。主導権を自分で握りたいタイプやからな。対して俺はじっと雌伏して隙を突いてチャンスに繋げるタイプ

跡部がどう動くかで俺の行動も変わる。

なぁ、跡部。勝者はどちらになるんやろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案の定、俺の布告を受けて跡部は動いたようやった。

恐らく、綾弥に好きやと告げたんやろう。綾弥の跡部への態度が何処とのうぎこちない。

俺と綾弥が2人で話でもしとるもんなら、割って入ってきおるし。

随分可愛らしいことするやないの、景ちゃん。

練習中は流石に部長らしくけじめはつけとるみたいやけど、それ以外やと綾弥を常に傍に置きたがっとるしいなぁ。

綾弥も告白された所為か、跡部を意識し始めとるか。

そろそろ俺も動いた方がええな。

関東大会も終わって、後は全国を残すのみや。時期的にもそろそろええやろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、綾弥。跡部と何かあったんか?」

全国大会の抽選会に跡部が出かけ、久々に俺が綾弥を送って帰ることになった日。俺は綾弥に切り出す。

「え…。ど…どうして?」

そないにどもったりしたら『何かありました』って白状しとるようなもんやろ。

「2人の様子を見てたら判るわ。──俺かて綾弥のこと見てんのやし」

軽くジョブを入れつつ。

「跡部に愛の告白でもされたんか?」

綾弥は目ェ見開いて俺を見上げる。心底驚いたっちゅう表情や。

「思いがけない告白に戸惑って、これまで意識してへんかった跡部を意識してしもうとる…っちゅうところか」

このまま綾弥が跡部を意識していけば、俺には不利。せやから俺も行動起こさせてもらうわ。

「侑士は何でもお見通しなのね」

溜息混じりに綾弥は言う。

「景吾がまさかそういう心算だったなんて思ってもみなかったから…戸惑いが大きくて。かなり混乱してる。そんなに判りやすい、私?」

堪忍な、綾弥。俺が更にその混乱に拍車かける思うで。

「俺やから、判ってんやろうな。言うたやろ、俺もずっとお前のこと見てるんやて」

立ち止まり、つられて止まった綾弥をじっと見つめる。

「跡部に先越されたんは癪やけど。俺、お前のこと好きやねん。1人の女としての綾弥に惚れとる」

コメント