al piu presso~最も急速に(忍足視点)~
一体…何が起こっとるんやろう。
今…俺が見てるんは現実のことなんか?
合宿の最終日、家の都合で跡部と綾弥は2人別荘に残った。
これまでにも何度かあったことやった。
跡部財閥の後継者である跡部がパーティに出るために残り、面倒のない相手ちゅうことでそのパートナーとして綾弥が出席することは…。
特に2年の後半からは跡部の両親が海外にいることが多くなり、その分跡部が代理でパーティに出ることも多なったから、そのこと自体は…なんも可笑しいことやあらへんはずやのに。
何故か俺は違和感を感じてしもうた。
いつもと同じことやのに、何故かこのときばかりは『可笑しい』って思うたんや。
心の何処かで『なんかある』て…そう思うた。
せやからこうして1人別荘に戻ってきてしもうた。
いつもの俺やったら、可笑しいとは思うても、態々様子を見に行くことなんてあらへんはずやのに。
岳人や慈郎に不審な目で見られてまで戻ることなんてしぃひんはずやのに。
こんなん俺らしゅうない、そう思いながらも俺は別荘に戻る以外の選択肢を思いつかんかった。
そして――戻ってきぃひんなら良かった…そう後悔した。
別荘に戻った俺の眼に飛び込んできた光景は…
予想もしてへんかったモノ。
否……本当は薄々勘付いてたコト。
大きな窓に面したリビング。
そこで絡み合う2つの裸体。
跡部と──綾弥。
信じられへんかった。
綾弥と跡部が…そないな関係になっとるやなんて。
切れ切れに耳に入る言葉は──2人の関係が今始まったもんやないことを俺に知らしめるもんで。
2人は以前からこうなっとったんやと俺に知らしめるもんやった。
他人の情事なんか見るもんやあらへん。そう判っとるのに俺の足は動かん。
目の前で繰り広げられる綾弥と跡部の交歓から目を逸らすことも出来ひん。
綾弥を組み敷き、律動する跡部。
跡部を受け入れ、聞いたことのない甘い声を漏らす綾弥。
見ていい光景やあらへん。
見ていたい光景やあらへん。
こないな綾弥の姿は…見とうない……!
跡部に抱かれとる綾弥なんて…見とうなかった……!!
なのに。
俺の目は綾弥の艶やかな姿に囚われてしまう。
俺が見たこともない姿。俺が聞いたこともない声。
恐らく…跡部しか、見たことのない、聞いたことのない、綾弥。
そこにいるのは、俺が知っとる綾弥やない。俺の知らん綾弥という名の『女』。
胸糞悪い。
吐き気がする。
頭がガンガンと五月蝿い音を立て、痛みを訴える。
俺はこんな『女』知らん。
……いや。違う。
知ろうとせんかったんや。知ってしもうたら確実に何かが変わってしまうから。
俺と綾弥と跡部の関係が。
どこかで女の綾弥に気付いてたはずやのに、俺は気付かん振りしてたんや。
いつからなんや。
いつから……綾弥は跡部のモンになっとったんや。
どうして…
どうして……
どうして、跡部なんや。
どうして、俺やないんや。
え…?
俺は今…何を思うた…?
『ドウシテ、俺ヤナインヤ』…?
踵を返し、跡部の下で歓喜に咽ぶ綾弥から目を反らすように別荘を後にする。
知らず知らずのうちに足は回転を速め、走り出す。
少しでも早く、忌まわしい場所から離れる為に。
見たくもない2人の姿から遠ざかる為に。
そうすることで、気付いてしまった自分の心を、また気付かぬ状態に戻せるわけなどないのに。
別荘が見えんようになったところで、徐々にスピードが落ちる。
「クッ…ハハハハハ…」
乾いた哂い声が俺の耳を打つ。俺自身の狂ったような哂い声が。
綾弥は『女』やない、思うてた。
宍戸も、滝も、岳人も慈郎も鳳も日吉も樺地も…そして俺も、綾弥を『異性』として意識したりしてへん。
身体的には男である俺らよりも劣る『女性』やからサポートしてやらなあかん、守ってやらなあかん。そう思いはしても、それだけやった。
恋愛や性愛の対象になる『女』やなんて、思うてへんはずやった。
信頼できる『仲間』で『友人』。そう思うてたはずやった。
綾弥かて…俺らのことを異性として意識なんてしてへんって…そう思い込んでた。
けど……
違うてたんやな。
跡部に抱かれとった綾弥は紛れもない『女』やった。
綾弥を抱いとった跡部は紛れもなく『男』やった。
そして…跡部に嫉妬した俺も『男』や。
友情なんて名前で…誤魔化しとったんか。
男とか女とか意識せんと、『人』と『人』として付き合える、信頼し合える仲間やと思うてた。
男女間かてちゃんと友情は成立するんや。俺らがいい見本や…そないに思うてた。
俺ら3人の間にイロコイなんて面倒くさいもんはないってそう思うてた。
けど…違うてたんや。
俺らの中にちゃんとそれは存在しとって…俺だけがそれに気付かんかった。気付きとうないから気付かんかったんや。
いつから…?
綾弥と跡部はいつから、ああなっとったん…?
一朝一夕の関係やあらへんやろ。
これまで2人で別荘に残ってたんも…この為やったんか?
『理想の恋人は兄さん』そう言うて、恋人なんていてへんって言うてた綾弥。余りのブラコンぶりに俺らも綾弥に男の話題なんて振らへんかったし、いつの間にか綾弥は恋人なんか作らへんって思い込んでた。
跡部かて恋愛なんて面倒くさいだけ言うてたから…ホンマの恋人なんか作るわけないて思うてた。
けど、違うてたんか。
綾弥と跡部は付き合うてて、隠してたんか。
俺らのこと騙しとったんか。
いや…騙してたわけやあらへんな。黙ってただけや。
態々俺には話さんかっただけ。
皆そうやし、別におかしいことやあらへんよな。態々『恋人出来た』なんて皆言わへんもんな…。
せやから…言うてくれへんかったからって…それを憾みに思うんはお門違いなはずやのに…。
2人が隠したりしてへんかったら。言うてくれとったら…。
『私、景吾と付き合ってるの』
綾弥が俺にそう言うてたら…
『綾弥は俺の女だ』
跡部が俺にそう言うてたら…
俺はこないにショックは受けへんかったんやろうか。
判らへん…。
今の俺の状態は『親友といってもいい友人たちに隠し事をされていた』ショックを受けてるわけやあらへんから。
跡部が綾弥を抱いてた。
跡部と綾弥がそういう関係やった。
俺ではなく、跡部やった。
まさにその1点が…こんなにも俺の心を荒れ狂わせとるんやから。
綾弥は跡部に対して友情以上の感情は持ってへん。そう思い込んどった。
跡部の女関係には五月蝿く言うてたけど、あれは跡部が不特定多数の同じ学校の女に手ェ出してたからやと思うてた。
あの玲さん―品行方正の代名詞のような、文句なしに『好い男』で超シスコンな兄ちゃんなんて持ってたら、跡部の所業は綾弥にしてみれば見てられへんもんやろうし…なんて暢気に思うてた。
『俺様のことはどうでもいいだろうが。てめぇこそ疾っとと男作りやがれ』
『それこそほっといて。兄さん並の好い男じゃないとお呼びじゃないのよ』
そんな風に交わされていた些細な口喧嘩…あれには意味があったんかもしれん。
俺と跡部は…多分綾弥に一番近い位置にいてた。
綾弥も同じように俺らに接してたし、俺らも大して変わらんかった。唯一違うてたんが…俺の女関係には綾弥は口を出さず、跡部のものにはそれなりに口煩かった…ってことくらいや。
俺が表面上は『1人の女と付き合うてる』って見せ掛けとったからやと思うてた。
けど…ほんまは違うてたんやな。
俺と跡部は綾弥の中では同列やのうて…綾弥は跡部をずっと想うてたんかもしれん。
綾弥は跡部も俺も…誰も選らばへん。超ブラコンやから恋愛なんて興味あらへん。
勝手にそう思い込んでた。
あの玲さん相手に然う然う敵う男なんていてへんから、綾弥が他の男に目が向くはずなんかない、そう思うてた。
俺や跡部を男として意識するはずなんてあらへんって。
…………心の何処かで、そう諦めとったのかもしれん。
せやから…こんな現実を目の当たりにするまで、俺は自分の心に気付きもしぃひんかった。
俺が…ほんまは綾弥を女として見とったこと。
ほんまは綾弥を欲してたこと。
誰か他の奴のモンになってから気付くなんて…俺はホンマにド阿呆やな。
もう、笑うしかあらへんわ。
けど…。
跡部と綾弥が出来とったんやとして。
そう思えば跡部の俺を見る眼が時折冷たく鋭いもんやったことにも説明もつく。
跡部が綾弥に惚れてるんやないかとは思うてたけど…一方通行やと思うてた。
けどあれは、『俺の女に手ェ出すんじゃねぇ』っちゅう牽制やったんか。
跡部と2人で過ごした後の綾弥が俺を避けとったんは、跡部の嫉妬の所為か?跡部が俺に近づくなとでも言うてたんやろうか。
いや…それはあらへんやろ。
跡部がそないなこと言うとは思えへんし、仮に言うたとしても綾弥がそれに従うとも思えへん。
『何、ヤキモチ?可愛いね、景吾。でも却下』くらいは平気で言うやろ。
だとしたら…綾弥は何で俺を避けとったんやろう。
俺を避けるときはその前に跡部に抱かれてたと仮定したとして。
情事の後やから、そういうことに鋭そうな俺を避けたっちゅうことか? そういうことには滝も鋭いけど、滝を避けとる様子はあらへんかったし…跡部も滝は敵視してへん。
跡部が敵視しとるんは、俺だけ。綾弥が避けるんも俺だけ。
……。
………。
…………。
何、阿呆なこと考えとるんや、俺は。
跡部と綾弥の関係は、跡部による半強制的なもんかもしれへん。
ほんまは綾弥は俺に好意を持ってるのかもしれへん。
跡部の想いは片道で、跡部は俺に嫉妬しとる。
俺に跡部との関係を知られとうなくて、綾弥は俺を避けるのかもしれへん。
なんて…どんだけ自分に都合のいい阿呆な考えやっちゅうねん。
こんなん、妄想や、妄想。
俺の…願望が混じった都合のいい妄想や…。
でもな。
自覚してしもうたら…このままじゃおられへんねん。
跡部と綾弥がホンマに恋人同士なんやったら、俺が何かを言う資格あらへんし、権利もあらへん。
今の今まで自分の気持ちに気付かれへんかった阿呆やしな。
2人が好き合うてるんやったら…俺は2人に協力する。もし2人の家の問題とかあるんやったら、あいつらが想いを貫けるようにバックアップしたる。
誰にも知られたくない言うんやったら隠すの手伝うたる。
知られて綾弥が非難されるんやったら跡部と一緒に守ったる。まぁ、跡部と綾弥のカップルやったらほぼ無条件で受け入れられるやろうけどな。
せやけど…もし。
もしも、万が一。
想いが跡部の片道なんやったら。
綾弥の心が跡部にないんやったら。
あの関係が綾弥にとって本意やあらへんのやったら。
跡部と綾弥を引き離す。
綾弥の心が俺にあるのかなんて判らへん。
けど…綾弥の心が誰のもんでもないんやったら、俺に向けさせる。
不利なんは承知の上。
道化師で終わる可能性かて大や。
せやけど。
不戦敗はイヤやしな。
綾弥困らせとうはないから、2人が好き合うとるんやったら俺の想いを告げることはしぃひんよ。
サポーター侑士くんに徹したるわ。
けど、もし。
俺にもまだチャンスがあるんやったら。
その時は……。
まずは、跡部と話してみるか。
2人の関係が恋人なんかどうか。
恋人やっちゅうなら1発殴らせてもろうて、あとは応援団したる。殴るんは完全に俺の都合やけどな。
跡部がどんだけ本気なんかも確かめさせてもらう。
あいつが中途半端な気持ちで綾弥を相手にするとは思えへんけど…。綾弥は半端な気持ちで手ェ出せる女やあらへんからな。
…俺の行動は跡部次第か。
跡部、俺はお前のこと親友やと思うてる。
これまでに出会った中で一番信頼できる相手やとも思うてる。
せやから、お前と綾弥がホンマに好き合うてるんやったら、俺はどこまでも協力できるで。
好き『合う』てるんならな。
でももし、違うんやったら。
俺は遠慮はしぃひん。お前が相手やからこそ。
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