テニスの王子様

a Tre~三重奏~

accarezzevole~愛撫するように(跡部視点)~

2泊3日の合同合宿。

毎年恒例だったこの合宿も、これで最後と思えば妙に寂しい気持ちになる。

徐々に、プレイヤーとしての自分と決別する日が近づいているからだろう。

青学と立海がそれぞれ帰った後、氷帝のレギュラーも帰途につく。俺と綾弥以外は。

俺と綾弥はもう一日別荘に残ることになっている。この近くに取引先の別荘があり、そこのパーティに招待されているのだ。──というのは単にレギュラー陣への口実に過ぎない。

実際に招待はされたが、最後のテニス部の合宿に集中したいということで断っているからな。

綾弥の家族には3泊4日の合宿だと言ってある。綾弥が過保護な兄・玲さんに見せたスケジュールも3泊4日になっている。俺が綾弥を残らせた理由は一つだけ。綾弥を抱く為だけだ。

忍足たちが乗ったマイクロバスが見えなくなったところで、俺は早速綾弥の躰に手を伸ばす。

「ちょっと、景吾…早いって」

綾弥は抵抗するように身を捩るが、本気で避けているわけじゃねぇ。

互いに判っているからな。残った目的がなんなのか。

共に自宅からの通学で家族と一緒に暮らしていれば、然う然うセックスに溺れることも出来ねぇ。

ヤるのは殆どが学校になっちまうから、時間の制約もあるし、綾弥が意識を飛ばすほど激しくすることも出来ねぇ。

別に毎回どっぷり溺れてぇって訳でもねぇが…偶には何も考えず、セックスに溺れたいときもある。何の制約もなしにな。

「3日間禁欲強いられてたんだぜ。我慢出来ねぇ」

背後から綾弥を抱き、首筋に唇を落とせば、綾弥の躰は覚えた快楽を期待して震える。

「だからって…せめて場所」

「我慢出来ねぇっつってんだろ」

ベッドルームへ移動する時間すら惜しい。俺は綾弥にそれほどに欲情している。

口では抵抗しながらも躰は既に俺に委ねている綾弥。

俺の唇と指は忙しなく綾弥の躰を這い、快楽の源を次々に暴いていく。

綾弥の紅唇からはそれと判る吐息が零れ、躰は素直に悦びを受け入れていく。

「お前だってその気じゃねぇか」

「うっさい、馬鹿景吾」

躰とは違って口では強がる。だが、俺が徹底的に教え込んだ躰はどんどん綾弥を堕としていく。

俺に酔え、綾弥。

俺が……お前に酔い、溺れているように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この3日の間に、俺は自覚させられていた。

俺が…この俺が、綾弥を愛していたのだということを。

「天野…暫く見ない間に随分女っぽくなったね」

そう言ってきたのは…立海の幸村だった。

「跡部が、仕込んだのかい?」

訊ねていながら確信している口調で幸村は言いやがった。伊達に曲者揃いの立海で中等部時代から部長として君臨しちゃいねぇ。

よく俺は『氷帝のキング』だのなんだの言われるが…幸村のほうが実際には『王』だ。鋭い洞察力と深い人物鑑定眼を元にして立海に絶対君主として君臨しているのが幸村精市だ。

「…だからどうした」

幸村の意図が読めず、俺は不機嫌に言葉を返す。

「天野があんなに『女』になってるのに…他のメンバーは気づいてないみたいだね」

可笑しそうに幸村は笑う。否、哂う。

「暫く会ってなかった俺たちには天野の変化は一目瞭然なのに、毎日一緒に過ごしてる彼らは気付かない。面白いじゃないか」

毎日会っている俺たちは少しずつ変わっていった綾弥の変化に気付けず、久しぶりに会った幸村だから気付いたと言いたい訳か。

「勘が鋭いはずの忍足や芥川ですら気付いてないなんてね。否…気付きたくないから気付いてないってところかな。皆天野を『女』として見たくないんだろう」

『女』として見ていない、ではなく『見たくない』。幸村は言う。

それは…多分間違ってねぇ。

『女』としてみてしまえば、綾弥との関係が崩れる。多分あいつらはそう思ってる。

「そんな中で跡部だけが 天野を女として見てたってわけだ」

どこか幸村は俺を揶揄するように言う。妙に勘に触る口調だった。

「仁王も今の天野には興味津々みたいだね」

「手ぇだすんじゃねぇぞ。あれは俺の女だ」

…俺の…女…?

自分で発した言葉に呆然とする。

いや、深い意味はねぇはずだ…。

「そう…」

面白そうに幸村は俺を見る。

「自覚してなかったわけか」

何を…と言おうとして唐突に気付く。

ああ、そう言うことだったのか。

綾弥が忍足を忘れてねぇことを不快に感じていたこと。

俺がらしくもなくあいつに執着していたこと。

全ては、それが原因だったのか。

俺が、綾弥を愛してる。ただそれだけだったってことだ。

「中々道は険しそうだな。天野は別に想い人いるだろ」

ったく、こいつはどこまで鋭いんだか。

「俺様が勝ち目のない勝負をするとでも? 俺を誰だと思ってるんだ」

「そうは言うけどね。人の心ばかりはどうにもならない。特に恋愛はね」

お手並み拝見させてもらうよ

幸村はクスクスと笑いながら、そう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自覚してしまうと、不快に感じていた自身の苛立ちにも納得がいった。

綾弥への苛立ちは俺を見ない綾弥への不満。

忍足への苛立ちは綾弥に想われながらそれに気付かぬ忍足への不満。そして、綾弥に想われる忍足への嫉妬。

まさかこの俺様が誰かに嫉妬することになるなんて思いもしなかった。

だが、それが事実だった。

綾弥への想いを自覚したからといって…早急に動くつもりはない。

今、俺が集中すべきはテニスだから。残された時間は後僅かしかないのだ。後から悔いるようなことはしたくねぇ。

時間はある。

綾弥は簡単に心変わりするような女じゃない。そういう女だったらとっくに忍足を諦め俺に靡いていただろう。

尤も…綾弥が俺に靡いた時点で俺は綾弥を切っていたと思うがな。

判らねぇ。俺が綾弥を欲した時点で既に愛していたのだとしたら…。

いや…多分、最初から俺は綾弥に惚れていたんだ。だから、俺を見ていない綾弥に振り向かせたくて、俺を見つめさせたくて、抱いたのだろう。自覚がなかったとはいえ…。

綾弥はそう簡単に心変わりしねぇだろうから、当分は忍足を思い続けるだろう。そして、忍足がその気持ちに気付き応える可能性はかなり低い。

恐らく…大学を卒業するくらいまでの間は猶予があるだろう。

その頃には俺の婚約話も具体化するはずだから、綾弥を望めばいい。

両親は反対はしない。跡部にとって大きなメリットはないがその分デメリットもリスクも少ない。天野の親父も玲さんも外戚であることを盾に口出しするようなタイプではない。

問題は綾弥本人だが、綾弥も断りはしないだろう。そのとき恋人さえいなければな。

綾弥は俺の後継者としての立場も判っているし、その結婚が意味するところも、俺の妻に求められる役割も知っている。

俺と両親が望めば断らない。父親の社会的な立場を考えても断れない。

だから…綾弥を俺のものにするのは難しいことじゃない。心さえ望まないならば。

「景吾…もう、無理…ギブ…」

昼過ぎに忍足たちを追い出し、既に日が傾いている。

散々啼かされた綾弥の声は掠れ、白い裸体には俺の吐き出したものと汗に塗れ、力なくソファに横たわる。

「躰…気持ち悪い…」

力なく綾弥は文句を零す。

「風呂入れてきてやる。暫く休んでろ」

綾弥の躰にシャツをかけてやり、浴室へ行く。バスタブに湯を落としタオルやバスローブを準備し、リビングへ戻る。

「っつーか、景吾、服着て行動しなよ」

若干回復したのか、綾弥は俺のシャツを羽織りソファに腰掛けていた。

「お前以外誰もいねぇんだ。別にいいだろ」

「目のやり場に困るでしょうが」

「今更」

とはいえ俺も露出狂ではないから下着とジーンズを身につける。

「景吾って…綺麗だよね」

いきなりの綾弥の言葉に面食らう。

「今頃気付いたのか」

「普通そこは謙遜するなり照れるなりするところ…って景吾がそんなことするわけないか」

呆れたように綾弥は笑う。

「景吾って、顔は整ってるし、体だって均整取れてて綺麗な筋肉のつき方してるし…」

突然こんなことを言い出すなんて…どうした、綾弥。何かあったのか?

「お前、可笑しいんじゃねぇか? 突然何言い出すんだ」

「んー…そうね、ヤりすぎて頭の螺子2、3本飛んでるかも」

どこか空ろな目で綾弥はそう言う。

「景吾って性格は俺様だけど、ホントは懐深くて面倒見いい好い奴ってオチがついてるし、家柄も財産も申し分ないし、見た目も泣き黒子はアレだけどほぼ完璧だし…」

いい奴ってオチがついてるってなんだ…。それは褒めてんのか。

「なんで、景吾が私なんか抱いてるんだろう…なんて思っちゃったわけよ」

「なんか…なんて卑下するんじゃねぇよ」

綾弥の言葉に一瞬たじろぐ。

何故綾弥なのかなんて…俺だって気付いたばかりだ。そして、本心を明かすにはまだ時期尚早だ。

今俺が綾弥を愛しているなどと告げても本気にはしないだろう。

もし俺が本気だと判れば…俺と距離を取るようになる。幸いというかなんというか、部活の引退までさほど時間もないことだしな。

「てめぇは俺が片腕に選んだ女だ。まぁ、顔は十人並みだろうが、躰は中々のモンだぜ」

俺が選んだ綾弥を卑下することは仮令綾弥本人であっても許さない。

「てめぇが女整理しろとか五月蝿く言ったから、てめぇとこうなったんだろうが」

1年前…きっかけにした言葉を告げる。俺の心を隠す以上そうとしか言えねぇからな。

「それもそっか。……さて、風呂入ってくるね」

「動けねぇなら一緒に入ってやるぜ」

「ジョーダンでしょ。1人で入れます」

よいしょ、と年寄りのように呟いて綾弥は立ち上がるとバスルームへ向かう。

突然、俺たちの関係を疑問に思うような発言をした綾弥。

何か、心境の変化でもあったのか…?

あいつが俺の気持ちの変化に気付いた様子はないが…。

幸村あたりが何か言った…? いや、それはないだろう。幸村は傍観者として楽しんでいるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜は近くのレストランで夕食を取り、夜は俺の寝室でまた躰を重ねた。

想いを自覚してしまえば、欲望は常にも増して強くなっていく。

いくら抱いても、どれほど綾弥の中に吐き出しても、尽きることがない。

綾弥が音を上げても俺は止まらない。

綾弥を攻め立て、意識を失うように眠り…目が覚めればまた綾弥を貪る。

焦る必要はない。綾弥は必ず俺のものになる。

そう思いはするが…止まらない。

必ず綾弥の心も俺に向けさせてみせる。綾弥の全てを俺のものにする。

今はまだ無理でも、遠くない将来、必ずそうなる。

そう確信しているのに、どこかで恐れていた。

自覚した想いは…同時に失う恐怖も目覚めさせていた。

綾弥が俺から離れてしまうのではないかという恐れ。

俺ではなく、忍足を選ぶのではないかという恐れ。

別の誰かを選ぶのではないかという恐れ。

いつの間に…俺はこんなにも綾弥に執着していたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

自覚した恐怖はやがて1人の男の形を取って、俺の目の前に現れる。

幸村の他にもう1人。

俺たちの関係に気付いた奴がいた。

いや…気付いたのではなく、知った奴が。

1年間動くことのなかった俺たち3人の関係が激流に飲まれたかのように突然動き出す。

流れ着き、辿り着く先は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の望むものになるのか、今はまだ判らない。

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