alla stretta~次第にせきこんで速く(忍足視点)~
昼休みも終わり近くになって、綾弥が教室に向かうんが見えた。
うちの教室は階段の近くにあって、綾弥も跡部も生徒会室から教室に戻るにはうちの教室の前通るんや。
しかも俺の席は廊下側の一番後ろ。
「綾弥」
通りかかった綾弥に声をかけて、廊下に出る。
「どうしたの? 態々教室出てきて…」
「んー。いつものことやけどな、顧問が今日は部活に参加しぃひんってお前と跡部に伝えてくれって」
「…寧ろ来るときのみ連絡したほうが効率よくね?」
呆れたように綾弥は言う。綾弥は榊監督のことを詳しゅうは知らへんけど、俺らが比べるし、時折俺や跡部と一緒に中等部も見に行っとったから、多少は判っとる。せやから、顧問が全く頼りにならへんっちゅーこともよう判っとるし。まぁ、榊監督知らへんでもあの顧問が役に立たんっちゅうんは誰にでも判ることか…。
「せやな」
綾弥のきつい言葉に苦笑し、俺は応える。
「了解。じゃ、放課後ね」
それだけ言うと綾弥はさっさと教室に戻ってしまう。
なんや、つれないなぁ。
始業まではあと10分近くあるのに、こないにさっさと教室戻らんでもええやんか。
最近はあんまり話してへんよって、もうちょい話したかってんけど。
綾弥と俺とは最寄り駅が一緒やから、大抵は部活後一緒に帰るんやけど…最近はそれも少ないしなぁ。
俺が『彼女』と会うこともあるし、綾弥が跡部と共に部や生徒会の雑務で残ることも多いよって。
部活中は流石に喋る余裕なんてあらへんし。
時々…綾弥は俺を避けてるんやないかと思うこともある。
いつもそうなわけやないけど…ホンマに時々な。
跡部と一緒におった後、が多い気ぃがする。今かてそうやし。
始めは俺の女遊びに気付かれて呆れられたんかなぁと思うたんやけど、同じように遊んどる跡部を避けとる様子はないし、それは違うとるやろ。
もしかしたら、跡部と綾弥は噂どおりホンマは付き合うとって、跡部が俺と綾弥が近づくことを嫌がっとる…とかも考えてみたんやけど、それも2重に違う気がする。まぁ跡部が綾弥と付き合うとったんなら女全部切ったことにも納得は出来るねんけど…それでも綾弥と跡部が恋人になることはあらへんし、もしなったとしてもそれが俺を避ける理由にはならへん。
ひょっとしたら、綾弥が俺に惚れてもうたんかとも思うたけど、それは真っ先にあらへん!って思うたわ。
大体、どの理由にしても、綾弥が俺を避けるんはいつもやないからなぁ。当て嵌まらへんやろ。
けど…綾弥が俺を時々避けるんは事実やし。そこに跡部が絡んどるんも…間違いないと思う。
綾弥と跡部…か。
あの2人が恋愛関係になるとは想像出来ひん。
跡部は家のこともあって恋愛には否定的っちゅうか避けとるところあるしな。
綾弥は逆に恋愛に夢持っとる気ぃがする。それになぁ…
『理想の男性は兄さん。兄さんが他人だったら、絶対恋人になりたい』
そう言って憚らんほどのブラコンやで。無理あらへんけど…。
確かに跡部は俺様過ぎるところはあるけど、信頼出来る男やし、俺様な分ごっつう責任感強いし(というか、責任とって当たり前って感覚みたいやな)、顔もええし頭もええし金持ちやし。同世代の男ん中では群を抜いてええ男やと思う。
けどな、綾弥の兄ちゃんに比べたらやっぱ、歳の所為か包容力っちゅう面では劣るしな。4歳しか変わらんとはいえ、高校生と大学生の差はでかいで。跡部も俺も歳の割には大人びとるとは思うねんけど、それに輪をかけて綾弥の兄ちゃん老成しとるから…。中身は30代いうても通じるんやないかな。
しかもなぁ…綾弥の兄ちゃんが頭脳明晰スポーツ万能スタイル好しセンス好しな文句なしのええ男になったんは『可愛い可愛い俺の妹に男を見る目を養わせて変な虫がつかないようにする為』っちゅうんやから…。どんだけシスコンやねん。
けど、綾弥の兄ちゃんは某国立大学の学生やし、雑誌モデルにも何回もスカウトされとるくらいやし(全部断ってはるけど)、俺らから見ても格好ええ人やもんなぁ。
ぶっちゃけて言えば俺も跡部も『あの人には適わん』って思わせるお人や。
そないなスーパー兄ちゃんいてるんやから、綾弥がブラコンなんも無理ないし…。あの人を男の基準にされてもうたらどうにもならんわ。
せやから、綾弥がどっちかっちゅうと兄ちゃんと同じ系統の跡部と付き合うんはありえへんと思うねん。同じ系統やったら、兄ちゃんと比べて劣るほうと付き合うたりせんやろ。寧ろ、全くタイプの違うジローや岳人と付き合うほうが納得出来るわ。似合う似合わんは別としてな。
午後の授業は退屈で。昼飯食うて、ぽかぽかしとって妙に眠うなる。教師の声は右から左や。
ぼーっとしながら、俺が考えとったんはやっぱり昼休みの話題。
実しやかに囁かれとる跡部と綾弥の『婚約』の噂。
綾弥と跡部が『恋人』になるんは有り得へんと思うとる俺やけど…綾弥たちが『婚約』するんは有り得ると思うとる。
『恋人』っちゅうんは個人的な関係やけど、あいつらの『婚約者』っちゅう関係は本人の意思やのうて『家』の思惑やからな。跡部にしてもそこらの馬鹿お嬢と結婚するくらいやったら、メリットは少のうてもデメリットも少ない綾弥を選ぶと思うし。第一、跡部は綾弥のことごっつう信頼しとるしな。
跡部か…。
あいつは綾弥のことどう思ってんのやろ。
綾弥が跡部に惚れてるとは全くこれっぽっちも思わへんのやけど、跡部は判らへん。
信頼しとるんは確かや。
跡部が恋愛を厭うとるんも知っとる。けど、恋愛なんちゅうもんは理性とは別のところで動くもんやしな。
あいつ…ほんまは綾弥に惚れとるんやないかと思うことがあんねん。
跡部と俺と綾弥と滝。今のテニス部の首脳部やから、自然練習の後に4人で残ることも多い。流石に遅うなると女の子1人で帰すのも危険やからと誰かが送っていくことになるんやけど、それが殆ど跡部なんや。
俺は綾弥と同じ駅利用するよって俺が送っていっても全く問題はあらへんはずやのに、跡部はさもそれが当然のように『綾弥、帰るぞ』言うて綾弥を自分の車に乗せる。
まぁ…確かに車のほうが早いし安全なんは判るけど…。でも、なんや、もやもやすんねん。
「跡部って綾弥に過保護だよね」
一度滝がか揶揄うように、そして探るように言うたら
「玲さんが五月蝿ぇからな」
って言いおった。ああ、玲さんっちゅうんが綾弥のスーパー兄ちゃんやねんけど。
玲さんが五月蝿いだけやったら、別に送っていくんは俺でも滝でも構わんはずやのに。そもそも跡部ん家は反対方向やし、最寄り駅が同じ俺が送っていくほうが自然ちゃうんか?
せやのに、跡部はさも『自分が送るのが当たり前』っちゅう顔して、綾弥を連れて行く。部長やから?それもちゃう気がする。
なんや…綾弥に対する独占欲みたいなもんを感じるんや。
それも特に俺に対して見せつけるような…まるで俺を警戒しとるような。
跡部は…綾弥に多分惚れとる。俺を警戒しとる。
そして、俺は───。
ようやっと放課後になって部活の時間になる。
「侑士!」
教室から出たところに後ろから綾弥に声を掛けられる。俺は立ち止まって綾弥が横に並んでからまた歩き出す。
「今日、景吾ちょっと遅れるみたいだから、頼むね」
「生徒会か? 綾弥はええの?」
「うん。景吾1人でなんとかなるでしょ。それにもう直ぐ合宿だからね。私もマネ業忙しいし」
ああ、もう合宿やったなぁ。
ゴールデンウィークを利用してやる合宿は、レギュラーだけの合宿やから、準レギュラーと一般部員は学校に残っての練習になる。その間マネージャーは俺らに同行するよって、校内にはマネージャーいてへんようになるんや。
せやから、臨時のマネージャーを募集することになっとる。その臨時マネージャーがそのままマネージャーとして残ってくれればええんやけど…中々定着しぃひんねん。
殆どが跡部や俺やらのレギュラー狙い。合宿中の臨時マネ引き受けることで俺らに好印象与えて近づきたいっちゅう阿呆なヤツらや。
臨時マネージャーとしてしっかり働いとるかどうかは、残っとる部員たちがしっかりチェックしとるからその間は真面目にやるんや。まぁ、元々臨時マネージャーは本来のマネージャーである綾弥や滝に比べて能力・効率が格段に悪いよって、10人程度の大量募集するよってな。仕事もそんなにきつくはないし。
俺らが合宿から戻ってさぁ本来の目的の俺らに近づこうとしても…そうはいかへん。
レギュラーのマネージャーは綾弥と滝がやるよってな。
俺らにしても、俺らのことをよう解っとってテニスのこともちゃんと判っとる綾弥や滝のほうがええしな。
結局俺らに近づくことを狙っとった女どもは臨時のまま辞めていくんや。
で…今日から臨時マネージャーの面接開始っちゅうこと。
「だけど…そろそろ使い物になるマネージャー来てくれないと。私たちの引退後どうなることやら…」
「せやなぁ…」
中等部時代はマネージャーいてへんかったから、なんとかなるんやないかとは思うねんけど、綾弥と滝が有能なマネージャーやったから、流石にいてへんようになると日吉やら鳳やらの負担はでかくなりそうやな。
「滝がね、2年生部員のうち何人かマネージャーにならないかって言ってるみたい」
部員200人超の大所帯やから、レギュラーになるんは至難の業。いっそ選手を諦めてっちゅうことか。
まぁ、それ言われたら後輩たちもショックやろうなぁ。『お前の実力じゃレギュラーにはなれへん』言われるのと同じことやし。たとえ本人たちが薄々判っとることでもな。
「まぁ…それは俺らやのうて、次のテニス部を引っ張る鳳や日吉がなんとかせなあかんことちゃうか?」
「後進の育成っていうのも先輩の役割でしょ」
そないなことを話しながら、俺らは部室に向かう。
合宿が終われば、都大会が始まる。そして、関東大会、全国大会。
全国大会が終わるんが…8月。
俺がテニス出来るんも、あと3ヶ月っちゅうことやな。
──綾弥とこうして過ごすんも。
ゴールデンウィークに入り、俺らレギュラー陣は合宿に向かった。場所は毎年同じ跡部の別荘。
3泊4日の合宿には立海と青学も参加して、濃度はめちゃくちゃ濃い。
特に、高校でテニスを辞めるヤツは立海と青学にもいてるから、そいつらの真剣さは半端ない。
悔いの残らんように、少しでも長うテニス出来るようにと。
綾弥も滝も、俺らのそういう気持ちよう判ってくれとるから、俺らがテニスにのみ打ち込めるように万全のバックアップをしてくれとる。
このときが永遠に続けばええのに。
何もほかの事考えんと、ただテニスのことだけ考えて、テニスだけして…。
跡部や宍戸や岳人たちがおって、一日中テニスだけやって…。
そして、綾弥が傍におって…。
叶うはずのないことを願ってしまう。
けど、無理やな。
俺のテニスは、あと3ヶ月で終わる。
今の、この心地いい居場所は…やがてのうなってしまうんや。
「では、大会会場で会おう」
青学が帰り、立海が帰り。俺たちも跡部の用意したバスに乗り込む。
「俺と綾弥は会社がらみの付き合いで挨拶があるから、もう暫く残る」
けど…そう言うて、綾弥と跡部は残った。なんでも取引先のパーティに招待されとるらしい。面倒やな、跡部たちも。2人ともうんざりした顔しとるし。
せやけど…
俺たちを見送る跡部と綾弥。
俺を見る跡部の視線が妙に気に掛かった。どこか挑戦的な…。
嫌な予感がした。何かははっきりとしない、漠然とした、嫌な予感。
胸騒ぎがした。
バスが駅に着いたところで、俺は別荘に戻ることにした。
忘れ物したっちゅうて。
戻らんなら、よかったのかもしれん。
そうすれば、何も知らずにすんだ。
跡部の心も。
俺の心も。
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