accelerando~次第にテンポを速めて(跡部視点)~
情事を終え、乱れた服を調えていると、
「ほんっとに跡部って我慢利かないのね」
と、綾弥が呆れたように言う。
「健康な高校生男子だからな」
「いや、異常だって。普通はあれだけテニスしてればスポーツで発散されるでしょうに」
食事が終わった途端襲い掛かってきて、胃が変になりそう。
綾弥はブツブツと零す。
「もう、仕事出来なかったじゃない…」
「急ぎのもんはねぇから問題ねぇだろ」
「それはそうだけど…でも今日やっとけば明日楽になるのに」
仕方ねぇだろ。抑えが利かなかったんだから。お前の食事してる姿に、唇に欲情しちまったんだ。
「ったく、こっちの負担も考えてよね。きついんだから」
綾弥の愚痴は止まらない。まぁ…結構苛めたからな。
「だったら拒めば良かったんじゃねぇのか?」
会長のデスクに戻り、書類を見ながら言う。
「それであんたが止まるの?」
綾弥も自分のデスクについて、書類の仕分けをしている。
「止まらねぇだろうな」
「じゃ、抵抗するだけ無駄じゃない」
ったく、ああ言えばこう言う。
「そう言いながらもお前だって、ノってたんじゃねぇのか?どろどろだったぜ、お前の…」
「うっさいわね!」
露骨に言おうとすれば、綾弥は顔を朱に染めて言葉を遮る。
結局楽しんだのはこいつも同じこと。強くは言えないのだ。
それでも毎回のように事後に文句を言いやがるのは『学校』という場所での情事への後ろめたさと一種の照れ隠しだろう。ホテルでは文句言ったりしねぇからな。
尤も、ホテルに行くことは少ないし、行ったら行ったでこいつが気を失うまで攻め立てるから言おうにも言えねぇんだが。
「ね、ベー」
「ベー、じゃねぇ」
「そろそろ団体戦のオーダー組まないといけないよね。D2どうする?」
書類から顔を上げずに綾弥は問う。
さっきまで文句垂れてた癖にあっさりと話題転換をする。切り替え早すぎだろ。
しかし、D2か…。
うちのダブルスは固定ペアだ。D1が宍戸と鳳、D2が忍足と向日。
だが…ここのところD2のバランスが悪い。忍足と向日の実力差の開きが無視出来ないほどになってしまった。
元々忍足は俺に次ぐNo.2。尤もめったに真剣にはならねぇから正確には判らない部分もあるのだが。本当に真剣になれば俺よりも強いかもしれねぇと思うことさえある。
「忍足をシングルスに回して、向日は日吉と組ませてみるか」
どちらかと言うと短期決戦タイプになってしまうが。だが、何度か組ませてみてこのペアもありかと思うようにはなった。あれで向日は意外と先輩として後輩の面倒を見るタイプだから、日吉と組ませると身勝手なプレイも減って頭を使ってプレイするようになるしな。
それに忍足をシングルスに回したほうがより勝率は高くなる。
「後で忍足と滝とも相談するか」
「了解。じゃ、私は教室に戻るわね」
書類を調えて、各書類に指示の付箋紙を貼り終えると綾弥は席を立つ。
「歩けるか?」
「馬鹿か、てめぇ」
ジロリと綾弥は俺を睨む。その言葉遣いは辞めろ。
「じゃ、放課後に」
ひらひらと手を振って綾弥は部屋を出て行った。
俺は5限が自習だったこともあって、そのまま部屋に残り仕事を片付けることにした。
ここのところ、また俺と綾弥の関係が噂になっている。愈々本当に付き合い始めたのだと。
馬鹿馬鹿しい。
まぁ、ある意味付き合っていると言えば付き合ってるのかも知れねぇがな。但し、セックスフレンド。恋愛感情は…ない。
おまけに今回流れている噂の中には俺と綾弥が婚約するというものまである。
これは強ち外れてはいない。確かに綾弥は俺の婚約者候補の1人ではあるからな。
俺にしてみれば一番楽で面倒のない候補なのことは確かだ。傘下企業の重役の娘だから、外部企業の娘を嫁にするよりは変な柵も配慮も必要ねぇし。
気心も知れているし、あいつが有能な補佐役であることも十分判ってる。あいつが俺の妻になれば、その役割を十二分に果たすだろう。
そこらの馬鹿女どもより遥かに俺にとっても跡部家にとっても有益だ。大体のお嬢様どもってのは…馬鹿が多いからな。自分の本当の役割を理解してねぇヤツが多すぎる。そのくせプライドだけは高い。
だから、俺が候補者の中から選ぶとしたら綾弥だろう。
とはいえ、綾弥では跡部財閥への旨みは少ない。
俺の結婚は企業同士の結びつきともなるから、綾弥を選べばそれはなくなる。
まぁ…俺もまだ17だし、急いで決めることはねぇな。
『景吾にとって恋愛と結婚は完全に別物なんだよね。だから、本当の恋人を作らないんでしょ』
女は欲望の処理の為のモノ。そう言っていた俺に綾弥がそう言ったことがある。
まだ俺とこうなる前の頃だったが。
確かにそうだった。恋愛と結婚は全くの別物。だから、恋愛をすることは無駄だと俺は思っている。
いや、無駄ではなく、有害だと。
恋愛を否定はしねぇ。俺に絡まなきゃな。
だが、俺の恋愛は結婚には結びつかねぇ。俺の結婚は『跡部財閥』の結婚だからな。個人の問題じゃなく、企業の問題なのだ。
俺が本気で人を愛したら、どうなる?
それが跡部財閥にとって有益な相手だったら問題はねぇが…そんなラッキーはまず有り得ねぇだろう。
俺が真剣に愛し、相手も俺を愛し返したとしても…先に待つのは別離だけだ。
本気で愛し合えば愛し合った分だけ、互いに傷つく。
俺は家の為に有益な結婚をしなければならない。これは俺の義務だ。政略結婚をしなければならない。恋愛結婚なんざ有り得ねぇ。
跡部財閥ほどになれば政略結婚などしなくてもやって行けるだろうというヤツもいる。態々結婚で利を図る必要なんてないだろうと。
それは違う。そこそこ大きくなったからこそ、必要なんだ。
閨閥ってのは意外と侮れねぇもんだ。だからこそ、慎重に相手を選ぶんだからな。
恋愛結婚をすることは不可能じゃねぇ。だが、リスクは大きい。何よりも妻となる女の精神面において。
企業のトップの妻となれば、様々な付き合いがあり、様々な義務がある。1個人の妻じゃねぇんだ。『跡部財閥夫人』なんだ。その重圧に、愛だけで耐えられるとは思えねぇ。
俺は『恋愛結婚』は選択肢に入れない。
そして、先のない恋愛に関わるほど俺は暇じゃない。だから、恋愛はしねぇ。
……自己防衛でもあるがな。
『奥様になる人を愛せればいいね』
綾弥はそう言った。そうかもしれねぇな…。
俺の両親だって政略結婚だが、夫婦仲は悪くねぇ。夫婦としての信頼と愛情は結婚してから互いに育てたのだろう。
まぁ、俺の結婚の話が具体化するには10年近く時間はあるだろうから、まだ今は適当に遊んでおけばいい。
そう、真剣な恋愛さえしなけりゃいい。
俺の女遊びには長い付き合いのテニス部の連中も呆れてはいた。
人のイロコイに口を出すヤツらじゃねぇから、取り立てて何かを言われたということはねぇんだがな。
ただ、俺と忍足は女の入れ替わりが頻繁だから、『少しは落ち着いたらどうなんだよ』と宍戸に苦い顔はされたがな。
忍足は中学時代から妙に老成したヤツだった。
校内では俺と人気を二分し、同じように女遊びもする。違うのは、俺は同時に複数・セックスフレンドと割り切り、忍足は『彼女』という位置づけで同時進行はしないこと、そして校内の女には手を出さないということ。
だからといって誠実というわけでもないが。
恐らく俺と似た考えを持っていて、結婚=恋愛ではない。あいつも地元に戻れば大病院の跡取りだからな。恋愛結婚は出来ないと思っているらしい。そのくせ、趣味は恋愛映画を見ることってんだから、ロマンチストなのかリアリストなのかよく解らねぇヤツだ。
中学時代に知り合ってから、親友というには遠く、友人というには近くといった微妙な関係が続いている。
考え方が似ていることもあって、1を知って10を知るというか、皆まで言わずとも互いの考えていることが判るところがある。
余計なことを言わず、説明せずに済んで楽な反面、互いに判りすぎて面倒な面もある。
尤も忍足は踏み込む境界線を弁えてもいるから、踏み込まれたくねぇところには踏み込んで来たりはしない。
互いの実家の業界が違うこともあって、かなり付き合うのに楽なヤツ…。それが忍足だった。
だが…ここのところ、妙に忍足に苛つくことがある。
……忍足は綾弥の想い人だ。
綾弥は1年の頃から忍足に片恋をしている。見ていてじれったくなるほどに。さっさと告白でも何でもしてどうにかなっちまえばいいと思ったこともある。
綾弥は俺には『景吾にとって恋愛と結婚は完全に別物』といい、俺の女遊びの理由がどこにあるのかを見抜いたくせに、忍足が俺と同類なのだということには気づいてねぇ。
正確に言うなら、気づきたくねぇから気づかねぇというところか。忍足が俺と同類ならば、綾弥の恋は決して実ることはねぇからな。
それに忍足に常に『恋人』がいることも気づかねぇ一因だろう。
忍足は表面的には『恋人』を大事にする。表面的にはというか、氷帝での表向きは、だな。
女どもに誘われても『俺には彼女いてるから』と断り、親しくするのは綾弥くらい。後はクラスメイトとはクラスメイトの域を出ない程度に親しくするといったところか。
だから、氷帝の女どもは『忍足君は彼女に対して誠実な人』と思われてる。
忍足もそこは心得たもので『恋人』という存在は明確にするが、どこの学生なのかどんな女なのかは一切明かさない。女どもは1年の頃からずっと同じ『恋人』がいると思っているようだが…実際には相当数が入れ替わっている。そのことを知ってるのは、俺たちレギュラー陣くらいなものだ。
そして、そのことを綾弥も他の女たちと同じように知らない。綾弥が口外するとは思っていないが、女の情報網は侮れないからな。どこから漏れるか判らないからと忍足は綾弥にも秘している。
綾弥は忍足は『恋人』を大切にしていると思っているから、自分から忍足に想いを告げることはしない。忍足の負担になってはいけないと思っているんだろう。
秘めた綾弥の想いは…あれから1年経った今でも変わっちゃいねぇ。
処女だった躰を開かれ、快楽を教え込まれ、俺の腕の中で女を花開かせながらも、綾弥の心を占めるのは忍足への想いだけだ。
流石に俺に抱かれながら忍足の名を呼ぶなんてことはしねぇが…忍足を忘れているわけじゃねぇ。
俺に抱かれた後は忍足と接触を持つのを極力避けるからな。
部活の前は絶対に抱かれない。昼休みや、部活に出ない放課後、或いは休日。
後から忍足と接することのない時間にしか、躰を開かない。
1年間、これは全く変わらない。
まぁ、別に俺だって年中そこらじゅうで盛ってるわけじゃねぇから別に問題はねぇんだが。
だが…時折、態とそういうときに綾弥を抱くこともある。
例えば、忍足のクラスと合同の授業の前。午後から部活のある休日。
綾弥はいつもはしない抵抗をする。それが俺を余計に煽り、そして苛立たせる。結果いつもよりも余計に激しく抱くことになる。
そうすると、綾弥は忍足を避ける。気づかれるほど露骨にではないが、忍足と接触を持たなくていいように動く。
だが、勘の鋭い忍足は恐らく綾弥が自分を避けていることには気づいている。その理由が何かまでは気づいていねぇみたいだがな。
いや…あの忍足のことだ。もしかしたら俺が関係していることに気づいているのかも知れねぇ。時折『跡部何やったん』とでも言うように俺を見ていることがあるから。
綾弥と忍足。
俺が信頼し、片腕とも思う2人。
だが…
1年経っても変わらない綾弥の心。ただ忍足だけを想う綾弥。
何もかも見透かしたような眼で俺を見る忍足。
苛々する。
いっそ、全てをぶち壊してしまいたいほどに。
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