名探偵コナン

原作開始、断固阻止

俺には前世の記憶がある。否、前世というのは違うかもしれない。俺には俺として生きて死んだ記憶があるのだ。生まれながらにしてその記憶を持ち、死んだはずの俺の前に随分と若返った両親がいたことに驚いたのが始まりだった。

逆行転生。それが俺の身に起きた現象だった。

取り敢えず前回の俺の生を便宜上前世としておくが、前世の俺の晩年は悔いと懺悔の日々だった。眠りの小五郎、名探偵と持て囃され天狗になっていた代償だろうか。俺は大切な一人娘の蘭と息子同然に可愛がっていたコナン──新一を失ったのだ。

その前兆は新一からの電話だった。突然姿を消し、その代わりのように現れた幼いころの新一に瓜二つのコナンを引き取って1年近く経とうとしていたころのことだった。

「蘭に別れ話をしたんだ。だけど蘭は納得してないから暫く荒れるかもしれない」

「あん? なんだー? 娘が振られたってのにその親父に尻拭いしろってーのか」

「違うんだ、おっちゃん。蘭にはずっと言ってきた。俺は今厄介な事件に関わってるから帰れないって。生きていることが知られるだけでも拙いんだ」

新一の声は真剣なものだった。そう言えば、新一は修学旅行に来なかったと蘭が暴れていた。折角同じ班にいれてあげたのにと。

「厄介な事件で、疑わしきは殺せって組織なんだ。組織は俺のことを死んでるって思ってるけど、蘭が騒げば俺が生きてることがバレて、俺をおびき出す囮に使われるかもしれない。だから、蘭の安全のためにも蘭を抑えてほしいんだ」

軽薄な探偵小僧らしくもなく、落ち着いた声は新一が大人になっていることを感じさせた。直ぐに癇癪を起す子供のような蘭とは既に違う世界に生きていると思わせるものだった。

「本当は最初から蘭に連絡すべきじゃなかったんだ。でも寂しそうにしている蘭を見ていられなくて、連絡しちまった。それは俺のミスだ」

悔いの滲む声で新一は言う。確かに新一が行方不明になった当初、蘭は情緒不安定になっていた。新一の幼少期にそっくりなコナンが来たことで幾分か緩和されていたが。けれど、あるときからその不安定さはなくなった。新一が連絡をしてきたからだ。だが、蘭は言っていなかったか?

『厄介な事件に巻き込まれたから姿を隠してるって、どういうことよ!』

『帰れない帰れないってそればっかり! 絶対浮気してるんだわ!』

蘭は新一の言葉を理解していなかったんだな。帰れないと帰らないの違いも判らず、身の危険があるから姿を隠しているというのを理解していなかった。だから、ことあるごとに新一の名を叫び、助けろと声高に言い募っていたのだ。

「すまねぇな、新一」

謝罪の言葉が口をつく。

「おっちゃんに謝られることなんてなんもねーけど」

不思議そうに新一は言う。

「そーかよ。全部片付いたら1発殴らせろ。事情はどうあれ、娘を泣かされた親父にはそれくらい許されんだろ」

努めて明るく言えば、新一は何処かホッとしたように諾と返した。

その電話から間もなくのことだった。コナンが両親の許へと帰りイギリスへと渡った。コナンの相棒だった灰原の嬢ちゃんも親戚に引き取られるとかで転校していった。安室が探偵を廃業することになったと弟子を辞めポアロのバイトも辞め、工藤邸にいた沖矢さんも留学のために町を去った。コナンが現れてから町へとやって来た者たちが時を同じくして去った。

それに混乱したのは蘭だった。混乱、いや錯乱といっていいかもしれない。気を付けてはいたが、仕事もあって四六時中蘭を見張っていられるわけではなかった。

そんな俺の許に警察庁警備局を名乗る刑事から連絡があった。告げられたのは蘭の死だった。

蘭は何処からか新一の居所を突き止め、そこに突撃した。そしてそこは新一が厄介だといっていた裏の組織の壊滅作戦の現場だった。蘭はその場に忍び込み、新一を求めて徘徊さまよい、結果、新一は蘭を庇って撃たれて死んだ。新一の死を目の当たりにした蘭は錯乱して暴れ、新一を撃った組織の男に殺されたのだという。

俺は娘と同時に息子のように思っていた存在も同時に失った。しかも新一は娘を庇っていた。蘭が無謀なことをしなければ蘭自身も新一も死なずに済んだはずだ。

「済まねぇ、新一。有希ちゃん、優作さん……」

土下座して詫びる俺に有希ちゃんも優作さんも何も言わなかった。ただ俺が謝る必要はないと、それだけだった。

蘭の死以後、俺は廃人同然となり、衰弱し、死んだ。

 

 

 

 

 

どうやら、俺はもう一度やり直せるらしい。ならば、今度は蘭も新一も死なせない。蘭を育て直し真面な娘にする。できれば新一もコナンにはせず、真っ当に生きてほしい。

そう決意して、俺は日々を過ごしていた。前世とは何も変わらない日々。蘭が生まれるまでは何もすることはないと思っていた。

ただ、少々違和感があった。それは有希ちゃんだ。前回の有希ちゃんはどちらかというと現実味のない、ふわふわした楽天的思考の持ち主だった。更に自分は世界の中心のお姫さまというような痛さがあった。周りがチヤホヤしてくれるのが当たり前で、人が自分のために何かをしてくれるのが当然というような。

だが、今の有希ちゃんにはそれがない。人に何かをしてもらうことなど考えず自分で行動し、ごく普通の少女だ。寧ろ前世では有希ちゃんという輪をかけて痛い存在がいたせいで目立たなかったが英理のほうが乙女思考でちょっと痛い。何かが違うと思った。

そんなときに俺に転機がやって来た。

「毛利先生」

大学2年のときだった。俺の前に現れたどこかの誰かを髣髴させる少年が俺にそう呼び掛けたのだ。俺は家庭教師のバイトもしていないし、教育学部でもない。『先生』と呼ばれる要素は何もない。だが、そんな俺を『先生』と呼ぶ、淡い金髪に褐色の肌をした少年。

「安室……いや、降谷か」

俺の弟子だった安室透こと公安の降谷零。

「良かった、先生も記憶をお持ちだったんですね」

俺が20歳だから、こいつはまだ12歳のはずだ。だが、とても小学校6年生とは思えぬ口調と表情で安室はホッとしたように、それでいてどこか悲しそうに笑った。

「ここじゃ込み入った話は出来ねぇから、移動するぞ」

安室は何故か俺の大学にやって来ていた。確かこいつは東都の出身じゃなかったはずだ。そう思ってどうやってここまで来たのかと問えば、修学旅行なのだという。その自由行動の時間を利用してやって来たと。同じ班の同級生にはどうしても会いたい人がいるからと説得してアリバイ工作をしてもらっているらしい。流石公安。小学生でも前世で培ったスキルは衰えていないらしい。

俺が安室を連れてきたのは懐かしい毛利探偵事務所だった。当然まだ探偵事務所はなく、3階の自宅スペースに案内した。1階のポアロを懐かしそうに見る安室を促し、部屋へと入る。ちなみに2階にはよく判らんが小さな会社事務所が入っている。確か俺が27歳の時に移転した会社だ。丁度空き事務所になったから俺の探偵事務所に使うことにしたんだった。

このビルは既に俺の所有になっている。英理の妊娠が判って俺たちは入籍した。俺はこのまま大学に通い、警察官になる。退学することも考えたが、両親が学費は出してくれるというのでそれに甘えることにした。やっぱり大卒と高卒だと扱いが違うからな。ただ、生活費全ておんぶにだっこというわけにもいかないと、このビルを生前贈与してもらったのだ。これで家賃収入で何とか生活は出来る。バイトをして出産費用も貯めてるしな。なお、英理は妊娠中ということでまだ実家住まいだ。

これまでの人生、凡そ前世の記憶通りに展開しているが、唯一違っているのが有希ちゃんだ。その有希ちゃんには学生妊娠・結婚について散々説教された。これも前世ではなかったことだ。前世の有希ちゃんは自分も妊娠していたこともあって、子供たちも幼馴染になるんだねと喜んでいただけだったのだ。

「安室、前のことは全部覚えてるのか?」

「詳細はともかく、大きな出来事や大まかな流れは。先生は?」

「まぁ同じだな」

中身は大人みたいなもんとはいえ、体は子供だ。俺は1階のポアロに電話し、俺の分のコーヒーと安室の分のオレンジジュースを注文した。

「先生、俺のことは降谷か零と。まだ安室透はいませんから」

「だったら、俺のことも先生なんて呼ぶな。そう呼ばれるような立場にはいねぇからな」

安室、いや降谷の言葉にそれもそうかと思いつつ、俺のことも呼び方を修正させる。結局子供姿の降谷を名字で呼ぶのも違和感があるということで零と名前で呼ぶことにし、零は俺を小五郎兄さんと呼ぶようになった。どうやら幼馴染には兄がいてそれが羨ましかったらしい。

程なくポアロのマスターが注文の品を持ってきてくれた。そのマスターの姿をマジマジと零は見ていた。

「マスターが若い……」

「当たり前だろうが。お前がバイトしてたのは17年後だぞ」

「それもそうですね。小五郎兄さんも若いですし」

「お前はちんまくて可愛いなぁ」

前世のことを知る零に心なしか俺の気分も軽くなる。誰にも言えないことを胸に秘めているのは思いのほか負担だったらしい。

それは零も同じだったらしく、俺が逆行者だと判ってからどこか安堵したような緊張が解けたような柔らかな表情をしていた。

「で、態々俺に会いに来たのは記憶の有無を確かめるためだけじゃないだろう?」

未来の記憶を持った零がただそれだけのために態々俺を訪ねるわけがない。

「はい。小五郎兄さんは今世の将来はどうするつもりですか?」

それは前世の行動をなぞるかどうかということか。

「前と出来るだけ同じにするつもりだ。大幅に変えちまったら本当に変えたいところが変えられない可能性がある」

そう言うことで、俺は前世の悔いを今世で晴らすことを伝える。蘭と新一を死なせないために、俺は前世と同じ人生を辿り、異なる行動を取るのだと。

「……俺も、同じです。俺には助けたい人が6人います」

そうして零が名を挙げたのは、警察学校同期の萩原研二、松田陣平、伊達航、幼馴染で同じく潜入捜査官だった諸伏景光、幼馴染の宮野明美とその妹の宮野志保。

「伊達航ってのは高木の指導員だった奴だな。伊達が死んでその婚約者が自殺して、それが原因で高木が誘拐されて犯人が自殺する事件が起きてる」

俺は直接は関わっていないが、後からコナンに聞いた。伊達が死ななければその後の一連の事件は起こらないから、伊達を救えば付随して2人が救われることになる。

「宮野姉妹は先生もご存じだと思います。広田雅美と名乗った10億円強盗の犯人が明美で、志保は灰原哀と名乗っていた少女です」

灰原の嬢ちゃんか! 随分大人びたガキだと思っていたが、あの子も新一と同じで退行してたのか。

「小五郎兄さんはコナン君と工藤新一の関係を?」

「新一になんかあってコナンになったってのは知ってる。どうしてなのかは知らんがな」

流石に公安の降谷零は俺の知らない情報も多く持っているようだった。そこで新一が追っていた組織のこと、何故新一や宮野志保がコナンと灰原の嬢ちゃんになっていたかも聞いた。それに付随して沖矢昴の正体も。

「小五郎兄さん、俺は前世と同じく公安のゼロになります。小五郎兄さんにはそのとき協力者になってほしい」

「おいおい、俺の力なんて大したことはねぇぞ。前世見りゃ判るだろ」

「人脈って意味では中々でしたよ。調査業の探偵としては有能だったじゃないですか。一般人からの情報収集で先生に敵う奴はいません」

まぁ、飲み屋でねーちゃんたちと騒いで酔っぱらってる奴に警戒する奴はいねぇからなぁ。段々口も軽くなるってもんだ。そういう奴らからの情報ってのは結構馬鹿には出来ない。それで英理を怒らせて前世では別居に至ったし、蘭に馬鹿にされていたんだが。

「お前が俺に求めるのが市井の情報収集ってんなら納得だ。それで良けりゃやってやるぜ。あと、お前は1人で抱え込んで無理して暴走するケがあるからな。お前が助けたい奴を助けるときには俺にも絡ませろ。俺は蘭と新一の矯正しかする気はねぇからな。あ、いや、1人出来るなら助けたい奴はいる」

月影島で焼身自殺した犯人、浅井成実。あいつは助けたい。助けて罪を償わせるか、いや、それ以前にあいつが罪を犯すのを防ぎたい。

「俺も兄さんのやりたいことには協力します。ギブアンドテイクですよね」

「ああ。お前、他にもあんだろ。赤井秀一の名前出したとき尋常じゃねぇ嫌悪感出してたぞ。なんかあんのか」

「あー、個人的なことと公安的なことで。あいつFBIでして。日本で違法捜査したうえに後始末も公安に押し付けてやがったんで」

ああ、そりゃ嫌うな。個人的なことでも腹立たしいことこの上ないのに、他国の国内・・捜査機関が国外に出張って資格のない捜査して好き勝手遣らかして日本に尻拭いさせてたんじゃ、日本警察としちゃ面白くねぇ。

「お前、日本厨だもんなぁ」

FBIか。何とか出来んもんか。とはいっても俺に伝手はないし、零だって警察庁入庁したからって中々得られるものではないだろう。まぁ、そこは零が公安に入ってから頑張ってもらうしかないだろう。

「組織関連だと、コナン君の存在が厄介ですね」

零の顔が歪む。お前、結構コナンを利用してなかったか? 零が公安と判ってから気付いたことだが、あの坊主の推理力や無鉄砲さを利用しまくってた気がするんだが。あーでも、前世じゃ一般人の癖に首を突っ込む工藤家に憤ってたらしいからな。後から聞いた話だと組織壊滅作戦に優作さんも新一も関わってたらしいしなぁ。なんで民間人が関わってるんだか。警察官としてのプライドエベレスト級の零ならそうなるのも無理はない。

「それは多分心配しなくていい」

既に有希ちゃんは工藤優作と結婚している。そして、工藤優作は有希ちゃんと出会ったあたりから前世とは違っているのだ。作品傾向もそうだし、『探偵』としてマスコミに登場することもない。恐らく、有希ちゃんが何かしているんだろう。だとすれば、新一のことも前世の通りにはならないだろう。

「多分、新一の母親である工藤有希子は俺たちと同じだ。確かめちゃいないがな。高校も俺たちとは違うところに行こうとしていたし、女優になるのも嫌がってた。女優になってからは実家とは縁を切ってる。何より性格が全く違うんだ」

有希ちゃんも息子を失ったことで変わったんだろう。だから、自分を変えた。妻であり母である自分が変わることで夫や息子をまともな常識を持った男にしようとしているのだと思う。

まぁ、新一のことは俺も見てるし、有希ちゃんが間違った方向に進もうとするなら幼馴染として俺も止める。

「取り敢えず、お前は全力でゼロに入れ。俺も警察官になったら前世よりは上を目指してコネ作っとくから」

だから、当分は前世のことや救済がどうのってのは忘れて子供時代を楽しんでおけ。

そう言えば、零はきょとんとしてから笑って頷いた。再会してから初めて見せた、歳相応の子供らしい表情だった。

 

 

 

 

 

それからは時折電話や手紙で零と連絡を取り合った。ちなみに零は俺のことを自由行動の際に迷子になってしまい、それを助けてくれた親切なお兄さんと家族や周囲に説明した。だから、零が頻繁に俺に連絡を取っても『お兄さんが出来たみたいで嬉しいらしい』と特に不審感を抱かれることなく交流継続が出来ている。

そして、蘭が生まれ、大学を卒業し、警察学校に入り、無事に警察官へとなった。このわずかな期間でも前世との違いがあった。英理の料理だ。前世では英理の料理は死ぬまで不味いままだった。が、今は普通に食える。というかそこそこ美味い。これもまた有希ちゃんの指導のおかげだった。

蘭が幼稚園に入り、新一と出会ったころから一層気を付けて蘭の様子を見ていた。前世では蘭の話題に出るのは園子嬢ちゃんか新一かの2択だった。だが、今は他にも色々な名前が出る。逆に新一の名前は照れくさいのかあまり出ない。でも一緒に遊ぶのは一番新一が多い。

浅井成実を何とかしたいと思っていたが、流石に前世の出来事を全て詳細に覚えているわけじゃない。後手に回ったと気付いたのは、彼の父親であるピアニストの麻生圭二の死亡記事を見てからだった。

交番勤務を終え刑事課に移り、更に警視庁捜査一課に配属されてから漸く、過去の捜査資料を見ることが出来た。そして、それに疑問を覚えたということにして、目暮警部(当時は警部補)の許可を得て月影島に渡り、前世の記憶を引っ張り出して麻生圭二の遺書を見つけ出し、それを浅井家の養子になっていた成実に届けた。その遺書の内容から、麻薬密輸・密売に関わっていた者たちを逮捕し、麻生圭二の殺人も認めさせた。

これで浅井成実の件はクリアになったと安心したところで、零の助っ人だ。

既にこのとき、零は警察学校を卒業し、公安に配属されていた。表立って動けない零に代わって、まだ警視庁にいた俺が部署交流の名目で機動隊に出向いた。そこで零が助けたい1人目である萩原研二に出会った。

当時の俺は捜査一課でもそれなりに優秀な捜査官(但しプライベートは情けない)と評価されていたから、萩原も俺のことを無碍には出来なかったのか真面目に話を聞いていた。なので、現場では如何なる慢心も油断も命とりであること、その命は自分1人とは限らないこと、特に爆発物処理班であれば、1つの油断によって命は奪われずとも経済的な大損失を生み出す可能性も説明した。まぁ、雑談するふりして、だが。それに萩原も松田も神妙な顔をして頷いていた。

その後、零が言っていた11月7日の事件を迎えたが、萩原は無事だった。

その後、俺は警察を退職して前世と同じく毛利探偵事務所を開いた。英理とは別居をしたが、前世とは違い喧嘩の末ではなく、話し合いの上で蘭にも納得してもらっての平日のみの別居だ。週末には英理も戻ってきて蘭と母娘の時間を楽しんでいる。

蘭と新一の関係も前世とは全く違う。蘭は英理が毎日電話してくること、週末には帰ってくることから安定しているし、前世のように『いい子にしていれば帰ってくる』なんて馬鹿なことを英理が言わなかったこともあって、子供らしく我が儘も言うし、俺や英理に叱られることもある。蘭は至って普通の子供だった。そう考えると、前世の俺と英理は如何に蘭の教育を間違っていたかを感じる。蘭は俺と英理の被害者だったんだな。今更前世の蘭に詫びることは出来ないから、その分、今の蘭にたっぷりと愛情を注ごう。

新一も新一で随分とまともだ。探偵になるんだなんて口にすることはなく、将来はサッカー選手になるらしい。俺に対しても『警察官カッコイイ!』とキラキラした目を向けてくる。警察官を辞めて探偵になると知ったときには『警察官じゃなくなるの?』とがっかりしていた。前世とは全く違うじゃねぇか! どんな教育したんだ、有希ちゃん。

このまま育ってくれれば、蘭も新一も17歳で命を落とすなんてことにならずに済みそうだ。

ちなみに萩原が死ななかったことによってその仇討とばかりに無茶していた松田も無事に生き残った。

 

 

 

 

 

蘭が空手を始めたころ、零が赤井秀一の潜入を防いだと興奮したように連絡してきた。余程嬉しかったのだろう。そもそも赤井は零の救助対象である宮野明美にハニートラップを仕掛けて組織に入り込んだらしい。しかも自分が潜入捜査官であることがバレると明美を置いて自分だけ逃げたそうだ。そりゃ零が嫌悪するのも当然だな。

前世とは違い宮野明美を通して組織に入ることが出来ず、その他の伝手も持たなかった赤井は潜入に失敗、すごすごとアメリカに戻らざるを得なかったらしい。零は組織に入ると直ぐに明美と再会し、身分を明かしはしなかったものの『幼馴染がこんなところにいるのは嫌だ。君には明るい道を歩いてほしい』だのなんだの言って、妹も共に助けるから時期を待ってくれと説得したそうだ。まぁ、あいつ詐欺師並みに口が巧いからな。身分を明かせば信用を得るのは容易だろうが、危険も倍増する。だから、口先で丸め込んだらしい。勿論、信用を得るための行動もしたんだろうが。

宮野姉妹が組織から抜け出せたのは蘭が中学3年のときだった。零が準備した偽の身分で以て明美は灰原雅美となり、英理の弁護士事務所で事務員として働き始めた。

その雅美を見て、有希ちゃんが『メイクが合ってない! 私が教えてあげる』と叫び、メイクを変えた雅美はまるで別人のように印象が変わっていた。顔立ちは変わっていないはずなのに、受ける印象があまりにも違うために雅美とは気付かないのだ。零も雅美も有希ちゃんに感謝していたな。やっぱり、有希ちゃんも俺と同じ前世持ちだろう。

宮野姉妹が事務所に馴染んだころ、零から再度ヘルプが入った。幼馴染の潜入捜査官のバックアップがきな臭いというのだ。話を聞き、警視庁時代の伝手とコネで調べたところ、幼馴染の諸伏景光のバックアップは俺も知るいけ好かない野郎だった。というか、俺の警察学校時代の同期でやたらと俺を敵視している奴だった。なので、警視庁や警察庁にいる同期に『あいつ、何か黒い噂があるんだが』と言ってみたら、ばっちり贈収賄だの横領だのの証拠を掴んできやがった。無事、そいつは逮捕&懲戒解雇になった。

諸伏についてはきな臭さを感じた時点で潜入捜査官を辞めさせることで無事回収。組織の任務で死亡したことにして、その工作は零たち警察庁公安がやり、俺は諸伏の潜伏先探し。

実は蘭や新一が中学に入ったころから、零やその同期たちはうちの事務所に出入りしていた。1つには零に『新一が前世とは全く違う』ということを確かめさせる目的もあった。恐らく今の新一ならコナンになることはないし、そうすれば零たちが追っている組織に関わることもない。その分、零たちは自分たちの任務に集中出来るはずだ。

英理は俺と零との関わり(表向き)を知ってはいたが、有希ちゃんたちには教えていなかった。伊達を捜査一課の後輩だと説明したら、有希ちゃんは何やら勘違いしたらしく、伊達を通じて他の4人とも知り合ったと思ったらしい。まぁ、別にそれで問題があるわけじゃないから、誤解を解いてはいないが。

前世とは全く違う新一を零はかなり可愛がっていた。零だけではなくその友人たちもだ。今の新一は前世のように警察官を馬鹿にしてはいない。寧ろ尊敬して憧れている。新一にとっては探偵よりも警察官のほうが『カッコイイ』存在らしく、特に捜査一課の伊達をキラキラとした尊敬の眼差しで見ている。そして零や諸伏、萩原、松田は悔しそうにしているのが笑いを誘う。

新一が事件に巻き込まれ怪我をし、夢であったJリーガーを諦めねばならなくなったとき、その怪我が警察の不手際もあってのものだと知ったとき、零たちはとても落ち込んでいた。それでも年長者として兄貴分として新一を見守り、且つ新一や有希ちゃんたちに同じ警察官として詫びてもいた。

そんな零たちを有希ちゃんや優作さんは歳の離れた弟か甥っ子のように可愛がり、新一は兄のように慕っていた。特に推理力のある零のことは一際憧れの眼差しで見ている。

だから、俺と零は諸伏の潜伏先に工藤家を選んだ。今の工藤家ならば変に首を突っ込むことなく、こちらの願い通りに諸伏を匿ってくれると思ったのだ。新一が好奇心に任せて情報を得ようとすることもないだろう。何より有希ちゃんがいる。彼女が巧く立ち回ってくれるはずだ。

そう信頼して明かせるだけの情報を伝えた後で諸伏を匿ってもらうように頼めば、優作さんたちは快く了承し、進んで諸伏の設定を考えてくれた。有希ちゃんは雅美にしたようにメイクで諸伏の新たな顔を作ってくれた。伊達たちが会っても諸伏とは判らないほど完璧だった。そして新一は『お兄ちゃんが出来た』と笑い、諸伏の縮こまっていた心を解きほぐしてくれた。

 

 

 

 

 

着実に零は助けたい人を助けていった。

そして、新一は高校生探偵になることなく、将来の目標として警察官と探偵の両方を視野に入れつつ勉強に励んでいた。なお、伊達や零は新一が警察官になるべく勧誘しまくっていた。

その伊達も無事に事故に遭うことなくナタリーにプロポーズし、結婚した。

高校生になって、蘭に彼氏が出来た。新一ではない相手に俺は驚いたが、思い返せば2人の関係は前世とは全く違っていた。幼馴染ではあるがそれだけ。寧ろ兄と妹といったほうがいいような関係だった。これなら、蘭が新一とともに組織によって殺されることもないだろうと安心した。

怖いくらいに順調に零と俺の計画は進んでいた。あとは零が追っている組織さえ潰せれば、俺たちの作戦は終了になる。

 

 

 

 

 

蘭が高校2年のとき、漸く零たちは本懐を遂げた。ずっと追っていた組織を壊滅させ、幹部や首領を逮捕したのだ。約半年近い事後処理を終え、漸く零は『バーボンこと安室透』の役割を終えた。諸伏も碧川燿という偽名から諸伏景光へと戻り、宮野姉妹も灰原姉妹から宮野姉妹へと戻った。

そして、蘭が都大会で優勝した祝いに家族全員と工藤家とトロピカルランドへと遊びに行った。そのときにはどこからか話を聞きつけた零たち警察官組にナタリー、宮野姉妹に成実までやって来て、大人数での遊びになった。

前世ではこの日に新一が行方不明になり、我が家にコナンがやって来た。けれど、今世では新一が行方不明になることもなく、コナンも現れなかった。

その翌日から有希ちゃんが寝込んだと聞いて見舞いに行けば、有希ちゃんは何処か肩の荷を下ろしたかのような晴れ晴れとした顔をしていた。

ああ、そうか、有希ちゃんは今まで新一がコナンにならないように頑張ってたんだなぁ。

 

 

 

 

 

蘭は高校を卒業し、短大に進み、腰掛程度のOLを経験した後、大学時代に知り合った男と結婚した。蘭が独立したことで英理とは別居を解消し、英理は家に戻った。まもなく俺たちの初孫が生まれるので今は夫婦揃ってそれを楽しみにしている。

新一は大学卒業後警察官となり、今は警視庁の捜査一課で活躍している。新一を巡っては零たちがその配属先で争っていた。零としては国家公務員試験を受けて警察庁に入ってほしい、あわよくば自分の後任として育てたいと思っていたらしいが、新一は現場捜査官を希望して地方公務員となって警視庁に入った。その後希望通りに捜査一課の刑事となり、今は伊達の部下だ。伊達が零たちにドヤ顔で自慢して、あいつらは年甲斐もなく殴り合いの喧嘩をしていた。

そうして、あいつらはそれぞれに職務に励み或いは家庭を持ち、前世では得られなかった概ね幸福な人生を歩んでいる。

 

 

 

 

 

ああ、記憶を持って生まれ変わった甲斐があった。前世では失われた命が損なわれることなく皆ここにいる。

そうして、俺は曾孫に囲まれ大往生するのだった。

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