探偵は推理しない
俺の名前は工藤新一。推理小説家工藤優作と元女優有希子の長男で帝丹高校1年の男子高校生だ。中学までは将来の夢はJリーガーになることだったけど、事件に巻き込まれて足を怪我して断念することになった。普通に生活したり趣味の範囲でスポーツをするには問題ないがプロのアスリートになるのは厳しい。だから、現在のところ将来の目標は未定。
いや、候補はいくつかあって、悩んでる。1つは警察官。それから探偵。ただ、俺がなりたい探偵は日本じゃ無理なんだよな。日本の探偵は捜査権も逮捕権も持ってないから、俺がなりたいホームズのような探偵は日本ではなることが出来ない。父さんのように警察に協力して事件を解決することは出来るけど、それは飽くまでも協力者だから、職業探偵として食っていくのは難しい。父さんは飽くまでも本業は作家だしな。日本の探偵は毛利のおじさんのように足で稼ぐ調査業だから、推理して事件を解決する探偵は欧米の『警察の顧問探偵』が認可されている国に行くしかない。
でもなぁ、アメリカやイギリスに行く気にもなれない。旅行で行くくらいならいい。でも、俺は日本食が好きだし、日本の文化が好きだし、日本の言葉が好きだし、日本の風土が合ってる。要は日本が好きで生活して生きていくならこの国がいいんだ。だから、探偵にはなりたいけど、そのために国外に出るのもなんか違うって気がする。
だから、警察官かなという気もする。毛利のおじさんも元々は警視庁捜査一課の刑事だったし、今でもおじさんと交流のある伊達さん、松田さん、萩原さん、諸伏さん、降谷さんだって刑事だ。諸伏さんと降谷さんは所属を教えてくれないから、多分公安なんだろうけど、伊達さんは捜査一課、松田さんと萩原さんは機動隊員で、それぞれ職務に誇りを持っているのが判る。桜の代紋の下この国や東都に住む俺たちを守るために働いている彼らを見ると格好良さに痺れて憧れるんだよな。
そんな進路を真っ先に俺が相談するのは母さんだ。父さんは忙しいっていうのもあるけど、ぶっちゃけていうと父さんの世界は深くて狭い。学生時代から作家をしているせいか、友達がヒロキのお父さんである樫村さんの他は事件関係で知り合った警察関係者くらいしかいない。
でも母さんの交遊は滅茶苦茶広い。女優時代の友人は芸能人からプロデューサー、脚本家やカメラマン、メイクさんと様々だし、ご近所付き合いから派生した主婦ネットワークもある。そっちなんて、ホワイトカラーからブルーカラー、何でもあり。国家公務員がいるかと思えばフリーターもいるし、土木作業員もいれば医者もいる。いったい母さんの交遊録はどうなってんだと言いたい。多分、これは工藤家最大の謎だと思う。
そんなわけで、俺が進路相談する相手は小学校のころから母さん一択で父さんは泣いてた。恨むなら真面な友人関係を築かなかった過去の自分を恨めよ親父。
ずっと小学校の頃はサッカー選手になりたいと思っていたから、母さんに体作りはまず食事から! と言われて好き嫌いなく何でも食べろと言われてた。まぁ、母さんが色々工夫して料理してくれてたからか好き嫌いなんてなかったんだけど。ちょっと苦手だったレーズンだってフルーツたっぷりのパウンドケーキに入れられてたら食えたし。
中学になって事件に巻き込まれて足を怪我してサッカー選手の夢を諦めた後、俺はホームズのような探偵になりたいって思った。ホームズのように難解な謎を解き、一方で浅見光彦のように被害者や加害者の心に寄り添えるような、そんな探偵になりたいって。
そこで母さんに相談したら、日本の探偵には捜査権も逮捕権もないから、職業探偵が事件捜査に加わることはないって教えてもらった。ホームズはイギリスの、しかも19世紀の探偵だからそれが可能なのであって、日本では無理だって。浅見光彦だって飽くまでも本業はフリーライターで周囲が名探偵と呼んでいるに過ぎなかったな。浅見光彦自身は自分を探偵とは自称していなかったし、寧ろ否定してた。父さんも事件捜査に協力してるけど、飽くまでも本業は作家だし。
だから、『探偵』に拘るのであれば事件捜査は諦めて調査業として職に就くべきだし、事件捜査がしたければ警察官になるべきだ。事件捜査をする探偵を望むのなら日本では無理だから国外に出るか、法改正を待つしかない。そう言われて、俺は警察官と探偵で悩んだ。今もまだ悩んでいる。
ホームズのような探偵とは言ったけど、本当は違う。本当は父さんの描く長船兵衛のような探偵になりたいのだ。言うと父さんが舞い上がって調子に乗って鬱陶しいから、秘密だけど。母さんにも内緒にするように言ってある。
父さんの描く長船兵衛という探偵は俺にとって理想の探偵だ。彼もまた探偵を自称はしない。周囲がそう呼ぶだけで、本人は売れない小説家だ。自分の体験した事件をモチーフに作品を書けばヒットするだろうに、彼は関係者の心情を思い遣ってそれをしないから、いつまでたっても売れない作家で警察官僚の恋人に養ってもらっているヒモ状態で、プロポーズも出来ないでいる。因みに恋人は性別が明言されておらず、名前も『明季』で性別不明だ。父さん曰く『これならご婦人方にも喜んでいただけるかもしれないだろう』ということだったけど、意味が判らなかった。母さんは『ご腐人ね……』と呆れた顔をしていたけど、意味が判らない。まぁ、それと父さんの作品は映像化されることも多くて、その際にはキャラクターの性別が変わることもあるから、どっちでもいいキャラクターを用意したとも言ってた。父さんのファンサイトではこのキャラクターの性別論争が起きているらしい。でも、いくら議論しても無駄だよな。父さん、どっちか決めてないし。
長船兵衛は絶対に事件現場に立ち入らない。仮令事件にリアルタイムで遭遇しても、現場保存をするだけで全て警察に任せる。そして、周囲の人々の視線や仕草、僅かな行動から違和感を見出し、それを友人である捜査員に伝える。捜査員が事情聴取をし、それを聞いて推理する。その推理の鮮やかなことと言ったら! そして、犯人を突き止めると彼は友人とともに犯人の許へ自首を勧めに行くのだ。彼の真摯な説得に犯人たちは法によって裁かれるために自首する。
犯人の殆どは複雑なバックボーンを持っていて、罪を犯したことは裁かれるべきだが、情状酌量を願えるような者が多い。けれど、時折同情の余地のない自分勝手な犯罪者やサイコパスもいる。そんな犯人であってもお人好しの長船兵衛は自首を勧めて反撃される。そこを颯爽と現れた恋人に助けられるのがお決まりのパターンだ。
まぁ、性別不明の恋人がほしいとは思わないし、毎回恋人に守られるのもイヤだが、探偵になるなら、彼のように警察に信頼されて被害者や関係者の心を思い遣って寄り添えるような探偵になりたい。
ホームズの聡明さ鋭さに憧れるけれど、彼は社会的には人格破綻者ともいわれているからなぁ。ホームズのようになったら父さんにも母さんにも心配かけるから、彼の頭脳には憧れるけど、人生の目標にはならないかな。
そうそう、俺は小さいころからパズルや暗号解読、推理が好きだった。母さん曰く工藤家の血らしい。父さんが書く冒険小説をワクワクして読んで、一時期は探検家になると言っていたくらいだ。
自宅の父さんの書斎には沢山の本があって、文字が読めるようになると俺も読み漁った。それまでは父さんや母さんが読み聞かせをしてくれた。母さんが読み聞かせをしてくれるときは声音を使い分けて役を演じ分けてくれてたから、すっげーワクワクして寝るための読み聞かせなのに逆に目が冴えてしまって、寝る前の読み聞かせ担当は父さんになってた。
父さんと母さんの方針で中学に入るまでは殺人事件が題材のミステリーは読ませてもらえなかった。それ以外だと読ませてくれたんだけど。
だから、最高峰のミステリーともいえるホームズを読んだのは中学生になってからだった。ホームズにも殺人事件ではない物語もあったけど、俺の性格から嵌まったら全作品一気に読み進めるからと中学生になるまで禁止されていた。
確かに俺はホームズに嵌まった。鮮やかな推理にワクワクした。ホームズのように鮮やかに謎を解き明かす探偵がカッコイイとも思った。尤も、どんな謎でも解いてしまうのは凄いけど、人としては……って感じだった。イヤ、人として欠けているところもまたキャラクターとしての魅力だったんだけど。
ちゃんと俺はホームズは物語の中だけにしかいないって判ってもいた。飽くまでもホームズはフィクションの中だけの存在で、現実にはどんな謎も解き明かす名探偵なんていないってことは判ってる。だから、ホームズに憧れるというよりは、ドイルの描くホームズの世界に嵌まったというほうが正しいのかもしれない。世紀末のロンドンの退廃的な雰囲気とかも物語を彩っていたし、そういうものを含めてホームズの世界に憧れたんだよな。
でも、そのあとに父さんの長船兵衛シリーズが始まって、物心ついたときから父さんのファンである俺はそっちのほうに嵌まった。こんな名探偵を生み出す父さんはすげぇって思った。ついつい父さんに次はどんな事件? いつ出るの? って聞いてたなぁ。そんな俺に父さんは嬉しさのあまり号泣してた。ホント、うちの父さんは親バカだと思う。少しは子離れしたほうがいいと思うよ、父さん。
「新一ー! 一緒に帰ろう」
校門を出ると後ろから蘭が追いかけてきた。そして追いつくと俺に腕を絡めてくる。
「おい、やめろよ。誤解されても知らねーぞ」
「大丈夫! 新一はお兄ちゃんで弟みたいなものだって判ってくれてるから!」
蘭は明るく笑う。高校に入って蘭に彼氏が出来た。同じ空手部の先輩だ。俺も会ったけど、大事な妹を預けても大丈夫かなと及第点をつけられる人だった。
「判ってても複雑になるぞ? 父さんなんてあれだけラブラブ万年新婚夫婦のくせして母さんの男友達にヤキモチ妬くからな」
「あー、うちもだわ。お母さんが」
納得したのか蘭は腕をほどく。良かった良かった。嫉妬した先輩に殴られでもしたら俺の顔面が変形してしまう。まぁ、武道家の先輩が無闇に暴力をふるうとは思わないけど。
それに最近蘭の奴、胸の発育が良くなってるから焦るんだよ。いくら蘭が幼馴染で妹みたいな存在とはいえ、スケベ盛りの男子高校生にはキツいっての。
蘭に彼氏が出来たと聞いたときには驚いた。中学からのクラスメイトは蘭と俺が付き合ってると思ってる連中も多かったから更に驚いてたな。中学のころ散々揶揄われてたけど、俺も蘭も否定してたのになぁ。あいつら、絶対メンタル小学生だ。
俺と蘭はお互いが初恋だ。けど、互いに中学に入る前にはその淡い恋は消えていた。蘭曰く近すぎたんじゃないかってことらしい。納得。殆どニコイチ状態だったからな。毛利のおじさんとおばさんが忙しいときにはうちで蘭を預かってたし、段々俺と蘭の関係は兄と妹みたいな感じになってた。で、そのまま今じゃ幼馴染で兄妹みたいなもんだな。
「ねぇねぇ、今日、有希子おばさんいる? 教えてほしい料理があるんだ」
「いるけど、いきなりじゃ材料あるかどうか」
「勿論今日教えてもらうんじゃないよ。必要な材料とか都合のいい日とかそういうの相談したくて」
蘭の家は英理おばさんが平日は別居しているから、家事は蘭がこなしている。蘭も部活があるから、毎日は大変でそこは小五郎おじさんも分担してるそうだけど。だから、週末に帰ってきたおばさんと蘭で作り置き御菜を大量に作ってるらしい。うん、蘭っていい嫁さんになりそうだな。
「そういえば、今日進路志望の用紙貰ったでしょ。新一は決めてる?」
「うーん、迷ってる」
「迷ってるってことは決めてるのかー。私はどうしようかなぁ。大体まだ1年生なんだし、受験なんて先なのに」
蘭はそう言うけど、3年なんてあっという間だからな。志望大学にもよるけど、受験対策なんて2年の後半には始めないと間に合わないことだってあるんだぞ。
「新一は何処と迷ってるの?」
「法学部か心理学科だなー」
警察官になるか探偵になるか(9割がた警察官だろうけど)まだ判らないけれど、どちらにしろ大学には進学する。警察官になるなら高卒でも可能だけど、大卒のほうがその分色々学べるし。キャリア組で警察庁に入って管理官とか上層部目指すのもいいけど、やっぱり現場に出たいから、国家公務員試験じゃなくって東都の地方公務員かな。
法学部と心理学科で迷っているけど、法律に関しては警察官になるなら恐らく必要な法律は警察学校でも学ぶはずだ。なら、プロファイリングを本格的に学ぶためにも犯罪心理学とかそっちを学んだほうがいいかとも思ってる。
「そっかー。私は家政科とかそっちかなぁ」
まだ蘭は将来のことを考えてはいないらしい。でも、警察官や弁護士は考えていないようだ。自分の両親を見て大変だって思ってるようだし、母さんみたいな専業主婦に憧れがあるらしい。
俺の進路、どうするかなぁ。取り敢えず大学進んで、あと6年の間に法改正で探偵も犯罪捜査に関わることが出来るようになるのを待つかなぁ。
でも、やっぱり、警察官もいいよな。毛利のおじさんとか、伊達さんとか、憧れる。
取り敢えず、帰ったら母さんに相談するか。あー、父さん、また拗ねるかな?
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