原作開始を回避したい!
いやぁ、転生って本当にあるんだねぇ。しかも、私、成り代わってるよね。
それに気づいたのは幼稚園に入園したとき。それまでも前世の記憶はあった。なくてよかったんだけど。だってしがないモブだし。通行人Aだし。取り立てて特筆することもない、漫画とゲームが好きで、青春時代にはちょっとアイドルに嵌まって、成績と実家の経済状況にあった大学に行って、大学の偏差値に相応の企業に勤めて。ブラック企業でも大手企業でも優良企業でもない、そこそこの会社で特筆することのないような事務職と営業職と専門職と色々入り混じったような、便利遣いの社員として無難に勤めてた。良いご縁には巡り合えず、30代半ばくらいに風邪を拗らせて肺炎になり、z人暮らしゆえに病状悪化に気付くのが遅くなって、何とか救急車を呼んだものの時既に遅し。風邪も拗らせると死ぬんだねぇ……。逆縁の不孝をしたことくらいしか、私の人生で特筆すべきことは何もない。そんな平々凡々な人生だった。
そんなモブ中のモブである私が、何故かとある有名漫画(アニメもあるよ)の主要キャラクターになっているとはまさか前世の両親も思うまい。
鏡を見る度に、前世と違って容貌に恵まれたなーとウキウキしてた。これめっちゃ美少女! これは人生イージーモードじゃね? って嬉しかった。一応前世知識があるから、勉強は問題ないだろう。まぁ、精々中学生くらいまでだろうけど。でもそのアドバンテージを活かして小学校から中学高校の参考書や問題集と睨めっこすれば前世よりいい大学に行けるだろうし、そうすれば前世よりいい企業にも入れるだろう。そしてこの前世とは天と地ほどの差のある容姿を活かして、前世では叶わなかった幸せな結婚をするのだ。3歳児にしてそんな計画を立てていた。
けれど、そんな計画は幼稚園に入園した途端、音を立てて崩れ落ちた。
両親からは『ゆきちゃん』と呼ばれていて、自分の名前が『ゆきこ』だとは判っていた。未就学児だから名前の漢字なんて意識しなかったし、両親と近所の人という狭い世界で生きていれば自分の姓なんてものも気にならない。家には表札もあったけど、幼児の身長では視界に入らないし。
で、幼稚園に入園したときに気付いたのだ。名札を見て漸く自分が『ふじみねゆきこ』という名だということに。幼稚園の名札だから、平仮名だった。だから、そのときはまだ自分が『旧姓藤峰・工藤有希子』であることに気付かなかった。けれど、幼稚園に入りいつも一緒に遊んでいた幼馴染の『えりちゃん』が『きさきえり』で、『こごろうちゃん』が『もうりこごろう』であることを知った。そう、妃英理と毛利小五郎だ。
それで漸く自分がかの名探偵の母となる『藤峰有希子』であることに気付いたのだ! なんてこったい!
まさか自分が漫画の世界に転生してしかも成り代わってるなんて誰が思うだろう。普通は思わん!
前世で『名探偵コナン』はそれなりに楽しいでいた。雑誌は買わなくて単行本派だったけど。単行本も次の巻が出るころにはブクオフってたけど。アニメは仕事も用事もなければ見てたし、劇場版もTV放映されれば見てたし、数年に1回は映画館で見たりもしてた。残念ながら完結まで生きてなくて、修学旅行編のコミックスが最後の所持単行本だ。ちなみに犯沢さんは漫画喫茶で読み、ゼロティーも買ってた。オタクに片足突っ込んでたから、某投稿サイトでは2次創作も読んでいた。メインジャンルは別だったけど、コナンは主に厳しめとかメインジャンルとのクロスオーバーとかを好んで読んでた。
自分が生まれ育ったのが殺人事件が日常茶飯事に起こり、21世紀の日本に生きていた私にすれば常識が通用しない警察組織や探偵がいる世界であることに絶望し、3日ほど寝込んだ。そして、目覚めて決意した。
私は絶対に新一を生まない! と。この世界はコナンのために作られた世界だから、コナン(新一)が活躍するために事件が起きる。だから、新一のいない場所では平和だ。だから、私は絶対に『工藤有希子』にはならず『工藤新一』の母親にはならない。
ぶっちゃけて言えば、原作の工藤夫妻には色々物申したいと思っていた。育児放棄・虐待と言われても仕方ない育児だったし、子供よりも夫婦関係(というよりもいつまでも恋人気分)優先なのも異常だと思ってた。正直なところ親失格で子供を育てる資格などないと思ってもいた。まぁ、漫画だから主人公が活躍するための都合のいい舞台装置として『お金は出しても主人公の行動を妨げない都合のいい両親』にした結果だろうとは思うけど。
でも、『自分』がそんな親失格の女にさせられるのは御免蒙る。
というわけで、復活した私はまずは将来の『工藤優作』との結婚を避けるべく、慎ましく生きようと決意した。工藤優作と出会わないように芸能界入りはしない。そもそも中身はモブ中のモブの私だ。女優なんて無理だ。高校も帝丹ではなく進学校に進んで大学からそこそこの企業に就職して平凡な一般男性と結婚するのだ。
そう決意して、幼稚園を卒園し、小学校・中学校と進学した。高校は英理と小五郎君に一緒の高校にしようと誘われた。っていうか、今後のためにもとこの2人のことを避けていたんだけど、何故か2人は私に構いまくり幼馴染関係の解消とはいかなかった。英理は自称親友だったし。いや、まぁ、一応親友かな。別に子供時代の英理は面倒臭いツンデレじゃないし、まだ子供もいないから育児放棄はしてないし。
でも、帝丹高校入学は避けたいと別の進学校を受験することにした。尤も英理と小五郎君、両親の説得に負けて、滑り止めとして帝丹も受けたんだけど。本命は帝丹より数ランク上の進学校だ。そこに入学して、原作までの流れを断ち切る! そう思っていた。
けれど、恐らく原作修正力が働いたのだろう。第一志望の受験を目の前にしてインフルエンザに罹った。既に帝丹の受験は終えていたんだけど、第一志望の前に! かなりの重症で入院することになり、第一志望は受験することも叶わなかった。結局、私は原作の設定どおり、帝丹高校に通うことになった。
でもまだ諦めない! 芸能界入りしなければまだ大丈夫! ミス帝丹コンテストにクラスメイトに押し切られて出場したけど諦めない。ひっきりなしにやってくるスカウトもスルーする! 芸能界になんて興味はないんだ!
なのに、結局私は女優になった。
これも原作修正力なんだろうけど、元凶は両親だった。実を言えば両親は結構な毒親だった。そういう親に育てられていたから原作の工藤有希子は母親として何かが欠けていたのかもしれない。で、その両親がスカウトが提示した契約金に目がくらみ、私には何の了承も得ずに芸能事務所と契約してしまったのだ。
いくら私は了承していないと言っても、所詮は未成年。どうすることも出来なかった。せめてもの抵抗にと、事務所に入った後、実家を出た。契約金として両親に渡ったお金は手切れ金だと思うことにした。社長と話し合い、両親が私に接触できないようにしてもらった。社長はまさか私が何も知らなかったとは思っていなかったらしい。契約の席に本人がいないことを不思議には思ったが、平日日中だったこともあって学生だから当然かと思い直したらしい。
私から話を聞いた社長は親身になってくれて契約の3年間は女優として頑張ってもらうが、その後は契約を更新するもしないも私次第だと言ってくれた。尤も、私は自分が女優なんて無理だと思っていたから、寧ろ3年で引退することを前提とした売り方をしてほしいと頼んだ。当時17歳。契約が切れるのが20歳。そこで改めて大学進学して本来の道に進めばいい、そう思った。
けどねー。引退20歳って、フラグだったね……。
3年間限定の女優だから、会社はそこで稼げるだけ稼ごうと大々的に売り出し、著名監督や有名作品への出演をもぎ取ってきた。僅かな活動期間の伝説の女優とするためらしい。会社がそれなりに力のある芸能事務所だったこともあって、最初は大物俳優のバーターで出演させ、結構な宣伝費をかけて売り出してくれた。
女優なんて無理だと思っていたけど、一応社会人経験もある身としては責任というものは判っていたので必死だった。私は女優、仮面をかぶるのよマヤなんて思いながら、けれど演じる楽しさも感じていた。3年間は充実した日々だった。引退したら1年か2年程度は受験勉強をして、それから大学受験をしようと思いながら、演劇の世界で生きるのもいいかもしれないなんて思ってもいた。勿論女優ではなく裏方で。或いは契約更新して女優を続けるのもいいかもしれないと思いもしたが、3年間限定女優としての売り方をしていたし、その後の出演作DVDの販売計画もあったから、芸能界に残ることは難しいだろうなと判ってもいた。
そして……何故か今、私は記者会見の席にいる。隣には避け捲っていたはずの工藤優作。工藤優作・藤峰有希子の婚約会見です。
どうしてこうなった!
出会わないように原作者からの熱心なオファーという出演交渉も出来る限り断ってた。でも超大作の映画となれば事務所的には美味しいから断り切れなかった。それでも工藤優作との個人的な接触は避けていたのに!
たった一度の油断だったのだ。会社が開いてくれた20歳の誕生日パーティで今世では初めて飲む酒に飲まれてしまった。そして、私はパーティに出席していた工藤優作にお持ち帰りされ、美味しくパックンされてしまい、たった一度の逢瀬が実を結んでしまったのだ。
いや、正直に言おう。別に工藤優作だけが悪いわけじゃない。そもそも原作スタート回避のために彼を避けていたけれど、本当は好意を持っていたのだ。紳士的な態度や豊富な知識、ウィットに富んだ会話、何より田中秀幸な声。そこへもって熱烈なアプローチをされていて乙女心が揺れないわけがない。ただただ私は原作をスタートさせたくないためだけに彼を避けていたのだ。だから、初めて飲むお酒に飲まれて、理性の箍が外れ、心の赴くままに行動した結果、工藤優作と熱烈な愛の一夜を過ごした。契約期間も残り数か月、出演作品の撮影は全て終わっていて、後の仕事は番宣のみだったのも、それを後押ししていたのかもしれない。
優作と結婚し、無事男の子が生まれた。悪あがきとばかりに名前を新一ではなく別のものにしようと思ったら、優作の御両親がさっさと新一の名で出生届を提出していた。なんでや! なんで祖父母が勝手に届けを出すの!? これには優作も呆れていて、それからはほぼ絶縁状態になった。優作のところも結構な毒親だったらしい。
でも、まだ原作スタート回避を諦めてはいない。先ずは優作に父親らしい父親の自覚を目覚めさせる。幸いにして結婚以降優作が事件現場に首を突っ込むことはなくなった。丁度妊娠中に一緒に出掛けたときに事件に巻き込まれたのが幸いしたのかもしれない。妊婦に殺人事件なんて見せて流産したらどうするの! と詰め寄り、運よく現場にいた女性陣も同意を示してくれて、優作は最愛の妻(笑)を優先して現場から離れてくれた。その後事件に関わってほしくないということを懇々と説明し説得したら優作も判ってくれた。警察から協力要請がない限り事件には首を突っ込まない、協力するときも現場には行かず飽くまでも警視庁や所轄署で資料を見せてもらう程度に留めると約束してくれた。これで新一が幼少期から事件現場に出入りすることは避けられるだろう。
因みに『事件の謎を解くよりも子育てのほうがスリリングでミステリアスよ』なんて煽るようなことも言ったら、優作は積極的に新一の子育てに関わるようになった。日々成長する新一は優作の好奇心や知識欲を刺激するらしく、彼は熱心に育児書を読み父親教室に参加している。更に新一に自分の作品を読んでほしいからとミステリーだけではなく児童向け小説も書くようになった。いい傾向だ。ついでに優作の書斎からホームズは一掃しておいた。人が死ぬようなミステリーは少なくとも子供が中学生になるまでは読ませないようにと夫婦で話し合い、それまではファンタジーや児童文学といった夢のあるものや伝記を読ませる方針にした。
新一が幼稚園に通うようになって、原作では途中で転園させていたようだけど、それも回避するつもりだった。そもそもの転園理由が明らかにされてはいなかったこともあって、2次創作では蘭と出会わせたい有希子のわがままと言われていたくらいだ。だから、新一には最初に入園した幼稚園にそのまま通わようと。原作で途中転園した幼稚園よりもセキュリティがしっかりしている幼稚園だから、転園させる意味ないしね。でも、主人公とヒロインの出会いだからか、強力な原作補正力が働いた。新一がどうやっても転園しなければならないようにしたかったのか、通っていた幼稚園が閉鎖されたのだ。理事長たち経営陣の収賄と背任横領によって。なんてこったい!
それでもヒロインとの邂逅を阻止しようと別の幼稚園を探したが、どこも定員に空きがなく、結局原作通りの幼稚園しかなかった。いっそ幼稚園に行かせるのを止めようかとも思ったけれど、それでは新一の世界が小さくなってしまう。幼稚園に行かせない理由を優作に巧く説明することも出来ず、原作通りに転園することになってしまった。
それでもヒロインとの関わりを最小限に留めることは出来た。今の新一はホームズを知らない。優作が事件の捜査協力をしているとはいえ、それも新一は知らない。だから、新一の夢はホームズではなくサッカー選手だ。
けれど、それでも、原作開始が近づけば、原作補正力は強くなるんだろう。その証拠にこっちからは何もしていないのに毛利家や鈴木家、目暮警部(まだ警部補だけど)がよく絡んでくる。
けれど、絶対に原作は始めさせないんだから!
原作回避が叶うのかどうか、それは新一が17歳の1月が過ぎるまで判らない。でも、その日を迎えるために頑張るのだ。私が事件に巻き込まれないためではない。私が批判するような原作の工藤夫妻にならないためではない。可愛い我が子が危険な目に合わないように。
私は母として妻として、断固『名探偵コナン』開始を阻止して見せる!
もしかしたら本来の新一を歪めてしまっているのかもしれないとは思う。少なくとも原作の新一とは大きく違っている。けれど、それでも。母親のエゴだとしても、新一が日常的に事件に巻き込まれることは避けたいのだ。
罰が下るというのなら甘んじて受けよう。それで新一が、優作が危険から遠ざかるのならば、私はどんな罰でも受けよう。それが本当の彼女から存在を奪った私に出来る唯一のことだろうから。
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