IF未来編~『灰色都市』風唄様とのコラボ~
「しげ、しょうこあねさまは、とらあにうえとLoveLoveじゃなかったの?」
姉・
「…………菊王丸様、いつからそこにおられたのですか」
重長は驚きを押し隠して問いかける。少年には似合わぬ苦い声は父のそれを髣髴させるものだった。
「んとねー。しげとあねさまがけんのけいこをしているときからかな。しげがあねさまにけんをたたきおとされたのもみたよ」
そんなところから見ていたのかと、これまた父譲り(?)の眉間の皺を深くする重長である。
「わたしもあねさまにけんのけいこをしてもらおうとおもったんだ。とらあにうえもまつあにうえも、わたしにはまだはやいっていうんだもん」
5歳とは思えない確りとした口調で幼児は言う。伊達家三男菊王丸。──政宗と甲斐御前の間には3男4女の7人の子供がいるのだ。上から順に、璃桜(19歳)、信宗(15歳)、
この7人の子供たち、それぞれに個性的ではあるのだが、父と長女の灰汁が強すぎてそれもあまり目立たない。しかし、この菊王丸は璃桜に負けず劣らず中々強かな子供だった。両親・祖父母・叔父・傅役、ついでに猫たちが『こいつは璃桜並に厄介だ』と口を揃えてしまうほどに。顔と頭脳は母親似、運動神経と行動力は父親似、そして性格は祖母義姫似なのだ。つまり、強情で我の強い、手強い子供だった。
「ねぇねぇ、しげ。わたしたちはしょうこあねさまが、とらあにうえのみだいどころになるんだとおもってたんだ。あにうえもあねうえたちもみんなそうおもってるよ」
母親似の愛らしい顔を悲しげに歪ませて菊王丸は言う。それが9割がた演技であることを重長は知っている。何しろ生まれたときから知っているのだ。しかし、やはり幼児の泣きそうな顔には逆らえない。
「若と姉上の為にも、何とか致します」
菊王丸に言われずとも動こうとは思っていたが、改めて重長は宣言するように言う。
「うん、たよりにしてるよ、しげ。じゃないと、りおあねうえが『このぼんくらおとうとっ!!』ってとらあにうえを、ぶんなぐりにかえってきちゃうからね。あねうえがかえってきたら、うるさくておひるねもできなくなるから、いやになるよ。たのんだからね、しげ」
どうやら長兄の恋の行方を心配しているのではなく、五月蝿い長姉が帰ってきてしまう事態を避けたいだけらしい。兄弟姉妹の中で一番唯我独尊強引にMy Wayな三男坊である。
結局、5歳児に背中を蹴飛ばされた重長は悩んだ末、甲斐御前の許へと赴いたのである。
「まぁまぁ、流石は重長殿。腕白な菊王様を捕獲してくださったのですね」
片倉家の敷地から城を抜け出そうとしていた菊王丸の襟首を猫のように吊り下げてやってきた重長は、甲斐御前の侍女にそう言って出迎えられた。
実はこの真朱は
彼女がいるときには彼女と同名の猫の姿がなく、不思議に思っていた重長は父や姉に聞いてみたことがある。侍女の真朱と猫の真朱の関係についてだ。すると、父はらしくもなく目を泳がせ言葉を濁し、歯に着せる衣など持っていないはずの姉は『重、世の中には知らないほうが幸せなことっていっぱいあるんだよ』と何処か遠い目をして言った。因みに、他の大人たちにも聞いてみた。すると……
「あはははは……真朱殿と真朱ねー。あはははは~」
成実は青ざめて笑いながら何処かへ走り去っていった。怪しい。
「そのようなことを気にしている暇があるなら、この書類を処理しろ」
伯父の綱元は妙に視線を逸らしながら言った。やっぱり怪しい。
「真朱殿ですか……。ところで重長、小十郎のことなのですが」
伯母の喜多はニッコリと笑って話を逸らした。めちゃくちゃ怪しい。
そうして漸く重長は真朱のことはこの日ノ本で触れてはならない不思議の一つ、しかも恐怖を伴うものだと理解したのである。
閑話休題。
「まそお! わたしはわるくないぞ! わたしはあにうえのおんために……」
「信宗様の御為というのなら、部屋で大人しく手習いでもなさい、菊王丸様」
ジタバタと暴れる菊王丸の首根っこを掴んで、真朱は子供を引きずって別室へと連れて行く。仮にも将軍の子供に対しての乱暴な行いに、しかし意見する者は誰もいない。奥の女中たちは誰も真朱には逆らわないのだ。特に甲斐御前と子供たちに関することに対しては。
「重長、いつも菊が面倒かけてごめんなさい」
部屋の奥から柔らかな声が重長に語りかける。その声に続いて、今度は幼い声が重長を取り囲む。
「またあにさまがなにかしたのか?」
「重、すまぬ。また、菊が我が侭を申したのではないか?」
「菊は祐が生まれるまで乙子であったゆえ、兄の自覚が足りぬとみゆるのう」
「そなたには面倒をかけます。許してたもれ、重長」
上から順に四女の祐姫、次男の松千代、三女史姫、次女詩姫だ。詩姫と松千代は母甲斐御前に似ており、史姫と祐姫は父親似だ。尤もそれは外見のみの話で、中身は4人揃ってどちらかといえば母親似で、家臣たちをホッとさせている。特に次女の詩姫は大姫璃桜にかけた果敢無い期待が成就したと、甲斐御前付きの侍女たちを喜ばせていた。実は詩姫はあと3~4年もすれば東宮の許へ入内することが内定しており、淑やかな女性となるように期待をかけられている。
「いえ……慣れておりますので」
慣れたくて慣れたわけではない。恐らくかつては父や伯父、成実が心の中で呟いたであろうことを重長は心の中でそっと零す。
「重長は母とお話があるのです。そなたたちは部屋に戻っていなさい」
重長を取り囲む4人の子供たちに甲斐御前は声をかける。すると4人は聞き分けよくそれぞれの傅役とともに甲斐御前の部屋を出て行った。母の穏やかな言葉には、子供たちは逆らわないのだ。あの璃桜でさえもそれは同様だった。
「忙しい貴方が態々妾の許に来たのであれば、祥子ちゃんと虎のことでしょう? 何か進展でもあったのかしら」
「進展といえなくもないとは思いますが……それ以前の問題かもしれません」
歳に似合わぬ溜息をつきながら、重長は姉との会話の一部始終を彰子に告げた。
「…………祥子ちゃんも鈍感だとは思っていたけど……そこまでとは。小十郎さん、教育間違ったわね……」
重長の話を聞いた彰子は深い溜息をついた。祥子が鈍感なのは知っていた。彼女は自分と似たところがある。人の痛みには気付くくせに自分の痛みには鈍感だ。特に心の痛み。そして、自分に寄せられる好意に対しても。
それでもまだ自分のほうがマシだろう。彰子は割りと自分の恋情に関してはすぐに気づくから。無自覚のまま無意識に認めまいと誤魔化すところはあったけれど、一定期間が過ぎると開き直ってその気持ちを楽しむところがある。かつて生きていた世界での恋人への想いもそうだった。無意識の自覚から開き直るまでが約1ヶ月、それから恋人になるまでの約1年は自分の中のときめきを楽しんでいた。嫉妬すらも。
政宗への恋情は多事多難だったこともあって、無意識の自覚の期間はなく、唐突に己の恋情に気付いたのではあるが。それはやはり嫉妬が切っ掛けだった。
「姉上に己の気持ちを気付かせるにはどうしたらよいものかと……」
こういうことは苦手であろう重長が悩んでいるのが彰子は哀れになった。どうせなら、自分の恋で悩んでほしいものである。ここは重長の心の平穏とやがてやってくるであろう彼の恋の為にも自分が一肌脱ぐかと彰子は思った。
とはいえ、実は彰子自身が祥子にアドバイスするとか、信宗の手助けをするとか、そんな直接的なことをする心算は全くない。人の恋に手を出すなんて時間と労力の無駄でしかない。人が手を貸さねば成就しない恋など所詮その程度のもの。ちょっとした後押しくらいならしてやらないこともないが、それは全て済んでいる。
信宗に来た縁談は全て尤もらしい理由をつけて断っているし、信宗付きの侍女は全て人妻(ついでにいえば小母さん。これは戦災未亡人を多く雇用した結果である)だ。信宗に恋心を抱きそうな年頃の少女や側室狙いの若い女が入り込む要素は排除してある。これは政宗や彰子の思惑だけではなく、幼い頃に祥子への恋に気づいた虎菊丸自身が望んだことでもあった。
更には祥子に恋情を抱く厄介な武将たちには断りづらい伝手を使って縁談を持ち込んだり、好みの女性を探り出しては運命の出会いを仕組んでみたりもした。勿論、政宗も権力フル活用で祥子の縁談を悉く邪魔しまくった。そのせいで政宗が祥子を側室にしようとしているなんて噂も立ったくらいだ。
ともかく、信宗の幼い頃からの一途で真摯な恋情と、色恋沙汰にはとんと疎い祥子の天然の所為で、今では2人の障害となるものはない。
唯一にして最大の障害は、何といっても祥子自身の鈍感さだった。
しかし、これに関しては当事者たちに頑張ってもらうしかないだろう。というか、それくらい頑張ってみせろ長男! と彰子は思っている。苦労した分、幸福は大きく深いものになるのだから。
尤も、世の中には釣った魚に餌はいらないとばかりに、意中の女性を射止めた瞬間次のターゲットをロックオンするような、どうしようもない男もいる。しかし、信宗はそんなことはないだろうとも彰子は思っている。そもそも伊達家の男たちは皆、女性に関しては一途な面を持っているのだ。
舅輝宗は側室が1人いたらしいがそれも短い間だったというから、ほぼ妻は義姫1人だけ状態。義弟の政道と秀雄も正室1人だけで、夫婦仲はとても円満だ。政宗にしても様々なところから側室を持つように勧められても『No Thank you』ときっぱり断り、あまりにしつこい者には『彰子に不満でもあるのかッ』とHellDragonを発動してしまうくらいの愛妻家(?)だ。その所為か、彰子は7人もの子を産む結果になった。この時代ならばとっくにお褥滑りをしている三十路を過ぎてから4人も産んだのだ。しかも、多分、恐らく、今彰子の胎内には8人目が宿っている。まだ確定ではないが、多分間違いないだろう。それに気づいている
閑話休題。
とにかく、ここは信宗に踏ん張ってもらって何としても祥子のハートをゲット(笑)してもらわねばならない。でなければ、そろそろ越後に嫁いだ長女が業を煮やして怒鳴り込んできそうな気配だ。
そんなことを彰子が考えていると、話題の人物の1人でありキーパーソンとなる少年が現れた。
「母上、少しよろしいですか?」
父の何か企んでいるような笑みとは違う、爽やかな笑顔で長男は声をかけてくる。
「ええ、いいわよ。ちょうどお母さんも虎菊に話があったし」
「もう子供ではないのですから、幼名はおやめくださいと何度も」
「言われてるけど、私の子供に違いはないんだから止めないって同じだけ返してるよね」
いつもの応酬を繰り返し、彰子は息子を招じ入れる。
重長も御方様と若殿のこういった遣り取りには慣れているから何も言わない。天下の将軍家の御台所と後継者の会話としては格式も何もあったものではないが、これがあるからこそ、天下は泰平なのだと重長は思っている。この家族らしい心安い在り方こそが、政宗と彰子の望んだ伊達家の在り様なのだと判っているのだ。
父や伯父伯母によれば、御方様が嫁がれる以前の伊達家は血の近い者ほど疎遠だったという。政宗が両親や弟と顔を合わせるのは正月くらいのもので、政宗と義姫の間は巧くいっていなかったという話だ。別に憎み合っていたわけではない。親子兄弟としての情愛はあった。けれど、時代と状況がそれを許さなかった。奥州筆頭伊達家当主の地位を巡り、様々な策謀があり、それを未然に防ぐ為にも態と疎遠にならざるを得なかったらしい。その、政治と情の狭間で苦しんでいた家族の一つの架け橋となったのが、当時側室だった甲斐御前なのだという。表立って何かをするようなことはなかったが、折に触れ義姫と女同士の文の遣り取りを続けた。ただそれだけのことだったが、義姫にとって甲斐御前から齎される消息はとても心を温かくするものだった。息子が愛し息子を愛する女性の目から見た政宗の様子は、表からの知らせだけでは判らぬ息子の日常を義姫に知らせてくれたのだ。それによって義姫は息子をより近くに感じることが出来たのだという。
その甲斐もあってか、天下泰平となってからは、輝宗も義姫も政道も秀雄も千子姫も頻繁に躑躅ヶ崎館を訪れては孫や甥姪と遊び、息子や兄と酒を酌み交わし、他愛もないお喋りを嫁や義姉と楽しみ、家族としての時間を満喫するようになっている。
甲斐御前こそが伊達家の要と古参の家臣が言うのも頷けると重長は思う。自分とて、ついつい彼女を頼ってしまうのだ。
「おや、重長もいたのか。また菊王丸が迷惑をかけたみたいで申し訳ないね」
甲斐御前の横に腰を下ろした信宗にそう声をかけられて、重長は苦笑する。最早『菊が迷惑を云々』は『おはよう』や『こんにちは』並の日常の挨拶と化している。
「まぁ、若殿や松千代様に比べれば手のかかるお子ですが、殿や大姫に比べれば……」
飾ることも隠すこともなく率直に重長が応じれば、甲斐御前も信宗も苦笑する。政宗と璃桜は伊達家の2大トラブルメーカーだ。尤も立場を弁えてもいるから、それは家庭内(近臣含む)に限られるのではあるが。
「ですが、菊王丸様のおかげで話す手間が省けるのは助かります。若殿も菊王丸様の盗み聞きの内容をお聞きになられたのでしょう?」
いつもなら、今は中奥の執務室で、政宗から実務について学んでいるはずの時間だ。将軍宣下を数ヵ月後に控え、信宗はこれまで以上に政務に学問に精進する日々を送っている。その信宗がこうして母親の部屋にやって来たということは、恐らくそれを殿も許したということで、それはやはり三男坊が関係しているに違いない。恐らく真朱のお仕置きの後、菊王丸は父と長兄に真朱の横暴を訴えに行ったのだろう。それがいつものパターンなのだ。尤も、真朱にはこの世界の身分など一切関係のないことで、政宗が何を言おうが馬耳東風ならぬ猫耳東風、彰子の言うことしか聞きはしない。政宗もそれが判っているから『真朱に見つかるヘマやらかした菊が悪い』と変な叱り方をするだけなのだが。
重長の言葉に信宗は頷き、ちょっとだけ年下の幼馴染兼腹心に労わりの篭った声をかける。
「重にも色々苦労をかけて済まないね。祥子姉様のことは私自身がなんとかするから、重は姉様があまり思い悩まないようにだけFollowしてあげてくれ。姉様は人と話をすることでご自分のお心を整理し気付くところがおありだから」
母親に似た穏やかな笑みを浮かべて信宗は言う。苦労性度合いでは重長にも負けていない伊達家嫡男だ。否、あの父と姉を持っているのだ。重長の比ではないかもしれない。おまけに常識人に見える母とて、結構ぶっ飛んだことをやってのける。つい先日も夫婦喧嘩して『ちょっと出かけてくるねー』と軽く言ってプチ家出決行したくらいの母だ。しかも行き先は何故か九州の島津家で『ちょっと』出かける距離ではないだろうと信宗は頭を抱えた。更に何故か長曾我部の船に送られて帰ってきた母は『お土産よ』と芋焼酎を数樽運ばせてご機嫌だった。やっぱり、あの夫にしてこの妻ありの似た者夫婦なのだ。『ノブ、おめぇも大変だな。独眼竜だけでも大変だってのに、竜珠もコレだからなあ』としみじみと呟いた父の親友元親卿の言葉が妙に胸に染みた。
「あら、じゃあ、虎菊も祥子ちゃんが無自覚だってことに気付いてたの?」
「当然にございましょう。伊達に物心付いたころからお慕いしているわけではありませんぞ」
変なところで胸を張る信宗に、重長はああやっぱり若殿は殿と御方様のお子だなぁなんてことを思った。
「私にも責任はあるのです。姉様のお傍にいる為に、態とずっと『姉様』とお呼びしてまいったのですから」
弟と思わせておけば、どんなときでも傍にいられる。そう思ったのだ。祥子がとてもモテることに虎菊丸は気づいていた。叔父の幸村をはじめ、色々な曲者揃いの武将たちが彼女を狙っていることは承知していた。だから、彼は最大の利点である『弟』という立場をフル活用したのだ。ついでに厳しいくせに甘い父や母を使って祥子が嫁がないように妨害しまくった。実は結構策士な面を持っている信宗なのだ。流石は一流の政治感覚を持つ政宗と甲斐御前の子だと幕閣には言われている。
「そろそろ、私も正直に姉様に……いや、祥子殿に思いを打ち明けますか。私が祥子殿以外の女性を想っているなどと、とんでもない誤解をされたのでは堪ったものではない」
何かを決意したように、信宗は言う。
「ところで、母上。参考までにお聞きしたいのです。父上は母上にどのようにproposeなさったのですか? 父上はTop Secretだと仰って教えてはくださらぬのです」
どうやら、それを聞く為に嫡男は母の許を訪れたらしい。つまり、そういうことだ。
「プロポーズ……ねぇ……」
うーん、と彰子は首を傾げる。別に忘れたわけではない。
「お父さんって、言わなくていいことはベラベラ喋るけど、言わないといけないことって、ちゃんと言わないことのほうが多いのよね」
「…………つまり、それは父上はproposeしていないということですか」
「どっちかっつーと、お母さんからお父さんにお嫁さんにして! って言ったかな?」
それに近いことを自分から言った記憶がある。その結果押し倒されて仮初の側室から本当の側室になったのだから、あれがプロポーズといえるかもしれない。わお、自分から求婚してたのか、若かったな私! などと彰子は考える。
「意外と殿、ヘタレだったんですね」
ボソッと漏らしてしまった重長の不敬な言葉を咎めることなく、信宗は大きく頷いた。
「あら、知らなかったの? 戦場では鬼神のごとき働きを見せて為政者としては大きな器を見せてる独眼竜政宗も、藤次郎に戻っちゃうとヘタレなのよ」
カラカラと笑い肯定する彰子に信宗と重長は乾いた笑いを漏らした。天下の将軍をこんなふうに言えるのはこの世で2人だけだ。母義姫、妻彰子。尤も彰子の愛猫又たちは人間の理なんて知ったこっちゃないからもっと非道いことを言ったりもしているのだが。
「ともかく、お父さんは参考にならないから、虎菊は虎菊らしく、祥子ちゃんにアタックしてらっしゃい。まぁ、一筋縄ではいかないだろうけどねー。祥子ちゃんのボケっぷりは筋金入りだし。でも虎菊のド根性もそれに負けないくらいあるはずでしょ。好きな女性に思いを伝えられないようなヘタレ息子に育てた覚えはないし、性格だって母親の贔屓目抜きにしてもマトモだし、顔はお父さんに似て超イケメンなんだから」
性格の比較対象が父やライバルだった武将たちとすれば『マトモ』と評価されても微妙なところではあるが、これも母らしい応援だと信宗は思う。
「……重、そなたが私を義兄上と呼ぶ日も近いぞ」
自分を発奮させるように重長に告げて、信宗は立ち上がる。どうやらこれから信宗15年の人生の中で最大の正念場を迎えるようだ。
「その日を楽しみにしております、若殿。いいえ、義兄上」
正直に言えばすぐに主の思いが通じるかどうかは難しいと思う。何せ、相手はあの姉なのだから。だが、通じて欲しい。そう思って重長は頭を垂れ、主を見送った。
「ねぇ、重ちゃん。虎菊と祥子ちゃんの間に子供が出来たら、どっちに似ても政宗さんに似るのよね?」
のんびりとした御方様の言葉が、妙に耳に残った重長だった。似るのは顔だけにしてほしいと思ったとしても、誰も責める者はいないだろう。
色々な意味で、まだまだ重長の苦労は続きそうな気配だ。