パパドラゴンのささやかな野望

IF未来編~『灰色都市』風唄様とのコラボ~




「父上……なんと申されました?」

 政宗の正面に座った嫡男信宗は父の言葉を信じられない気持ちで聞いた。そのせいか問い返す声もいつもより低くなる。

「Ah? なんだ虎菊丸、もう耳遠くなったのかよ。まだ若ぇくせに」

「虎菊丸ではございませぬ。いい加減幼名はおやめくだされ」

「いちいち細けぇな。誰にも似たんだよ。俺もHoneyも大概大雑把なのにな」

 政宗は息子を呆れたような目で見る。目の前の息子は確かに自分の子とはっきり判るほどに瓜二つだ。こうして向かい合っていると若いころの自分と相対しているように感じてしまうほどに。だが、その性格は全く違う。確かに自分と彰子しょうこの子供なのにこの生真面目さは一体なんなのだと思ってしまう。とはいえ、彰子も生来はかなり生真面目で若いころはその所為でよく胃痛を起こしていた。

「そのような父上と母上と姉上に囲まれていれば、こうなるのも必然と存じますが」

「Ah~……てめぇ、綱元かよ」

「了庵とは苦労が似ておりますゆえ、自然似てまいるのでございましょう」

 既に隠居し出家している鬼庭綱元とは父と姉に苦労をかけられるという共通項があるせいか、世代と身分を越えた友情を育てている信宗だった。

「話を逸らそうとなさっても無駄ですぞ、父上。私に将軍職をお譲りになるというのは一体どういうことですか」

 十数年前、政宗は天下を統一し幕府を開いた。舅武田信玄から甲斐躑躅ヶ崎館を譲り受け、そこへ本拠地を移し天下を治めている。天下を相争った徳川・毛利・長曾我部・島津などの諸大名を従え、今は天下泰平の世となっていた。

「別におかしいことじゃねぇだろ。お前は俺の嫡男なんだし。世継ぎなんだしよ」

 何を言っているんだとばかりに政宗は息子を見る。

「ええ、おかしいことではございませぬ。ただ、私がまだ15歳の若輩であるという点を除けば」

 伊達家嫡男信宗、齢15歳。現代日本風にいえば13~4歳。2年前に元服しているとはいえ、将軍となるにはまだまだ若すぎる。

「構いやしねぇって。俺が家督継いだのだって15だからな」

 だが、政宗は気にするなと笑う。気にするなというほうが無理だと信宗は痛む頭を抑えた。

「しかし、あまりに将軍が若い者では侮る者も出てまいりましょう。ただでさえ私は戦を知らぬ世代と軽んじられております」

 父に仕える重臣や諸大名は共に天下を争った相手が殆どだ。祖父武田信玄、上杉謙信、島津義弘など一部は既に隠居しているとはいえ、最後まで争った長曾我部や毛利は未だ現役である。そんな彼らからすれば、ほぼ天下の趨勢が決まり、戦が収まりつつあるころに生まれた信宗は聊か頼りなく映るらしい。確かに自分は戦の経験がないからそう思われるのも無理からぬことと、信宗自身は納得しているのだが。

「時代は変わったんだ。だからこそ、お前に将軍職を譲るって言ってんだよ」

 急に政宗の表情が変わる。今までは我が侭な親父だったものが、途端に将軍──為政者の顔へと変貌する。

「これからは戦人の時代じゃねぇんだ。戦による荒廃の復興は終わった。俺たち戦人の時代はこれで終わったんだよ。次は新しい政を始めるTurnだ。それには世代交代するのが一番判り易いだろうが」

 父の言葉に信宗は目を見張る。だが、伊達信宗15歳。伊達に15年も政宗の息子をやってはいない。対我が侭父センサーがピコピコと警鐘を鳴らしている。父の言葉は本心であろうが、今この場面においては9割9分9厘建前だ。

「父上、正直に仰ってください。格好いいこと言っても無駄です」

 半眼になって父を見つめると、途端に政宗の挙動が怪しくなる。

「この上もなく正直じゃねぇか」

 声が上擦っているのは後ろめたいことがあるからだと感じた信宗は空かさず畳み掛ける。

「では何故、萌葱もえぎ撫子なでしこがあちこちに温泉視察に行ってるんですか。佐助や先代の風魔もあちらこちらの観光地見所見聞録ガイドブックと土産目録リストを届けに来ておりまするな」

 因みに既に20年以上生きている真朱まそおたち3匹は確り尻尾が二股に分かれ、立派な猫又になっている。尤も、今更この猫たちが本当の化け猫になったところで誰も驚かなかった。『今まで化け猫じゃなかったってのが笑えるよねー』という佐助の言葉に異を唱えた者は当事者以外誰もいなかった。

「Shit……」

 こっそり命じて観光ガイドを作らせていた政宗は目敏い息子に舌打ちする。てめぇは小姑かよ! と突っ込みたい。が、突っ込んだら10倍くらいの反論を受けそうだ。顔は自分に似ているのに、性格と頭脳はどちらかといえば母親似、更には真朱によって対政宗毒舌は鍛えられているのである。

「父上!」

 鋭い声で呼びかけられて政宗は潔く認めた。別名開き直り。

「てめぇに将軍職押し付けて俺は楽隠居してぇんだよ! いいだろうが! Honeyといちゃこらしてぇんだよ!!」

 紛うことなき本音である。彰子と結婚して約20年(側室時代含む)。天下統一の為の戦いに、幕府開府以降は政にと忙しかった政宗である。とても愛しい妻とのんびりいちゃこらする時間なんて、これっぽっちもなかったのだ(但し、飽くまでも本人談)。

 何処が悪いんだよ、とばかりに開き直って胸を張る歳甲斐のない父に、信宗は何度目か判らぬ頭痛を感じた。

 しかし、そこで降参するようでは政宗の息子なんてやってられないのである。

「……お歳をお考えください」

 瞬時に考えを巡らせ、信宗は父の言質を取る策に出た。こういえば父がどう反論するかは勿論予想済みだ。

「Ah? なんだよ、俺もHoneyもまだ若いだろうが! まだ四十路にもなってねぇんだよ。別にいちゃこらしたって構わねぇだろうが! 虎のオッサンなんざ40過ぎてから子供作ってんだしよ」

 政宗の返答は信宗の予想通りのものだった。信宗はニッコリと笑う。

「然様にございまするな。父上はまだお若い。ならば、私に家督を譲る必要などございますまい」

 信宗に嵌められたことに気づき、政宗は渋い顔になる。そういうならばこう返すまでだ。

「……じじぃがいちゃこらして何が悪いんだよ」

 開き直り第2弾。確かに四十路はこの時代一般的には老人に片足突っ込んだ状態だ。尤もとてもジジイには見えない政宗である。外見も言動も。

「父上がじじぃならば同じお歳の母上はばばぁでございまするな」

 当然父親が反論することを承知の上で信宗は言う。もう、父親のHoney馬鹿っぷりは幕閣も諸大名も、更には禁裏の御方々までもが呆れて笑ってスルーするほどなのだ。

「Honeyがばばぁだと!? 虎菊、てめぇ、どんな目してやがるんだ」

 くわっと牙をむく政宗。こうなるともう政宗は冷静に信宗を説得するどころではなくなる。そろそろ父親という名の我が侭大魔王の相手に疲れた信宗は会話を切り上げることにした。

「ともかく、まだ早うございますな。時期をお待ちください。私を納得させられぬようでは、母上や片倉を説得するのは無理でございますぞ」

 そう、自分を納得させられずして、この自分を育てた彰子や小十郎を説得出来るはずないのである。

「……虎菊。てめぇ、性格悪いな」

「父上の息子でございますれば」

 ニッコリと笑う信宗は政宗は渋い顔をする。

 しかし、やはり所詮は15歳。百戦錬磨の父親には足元にも及ばないのだということを数刻ののちに思い知ることになるのであった。


 

* * * * * * * * * *


「兎にも角にもまだ私は父上の跡を継ぐ気はございませぬ。ご容赦を」

「そう言うなって……おい、虎菊!」



 そんな騒がしい声(とは言っても誰かなんて分かりきっているのだが)が廊下を歩いている時に聞こえてきたのは、ちょうど日が真上に昇った時間帯のこと。

 それを聞いた彼女・彰子は「また何か親子でやってるのか」と内心で息をついた。

 恐らくは父親がまた良からぬことを息子に言ったのだろう。そうに違いない。

 いくつになっても本当に変わらないんだから、なんてことを思っていると背後から「彰子さん?」と不思議そうな声が聞こえてきた。

 そうだった、と彰子ははっとして振り返る。

 見れば、珍しく女物の着物を着飾っている伊達の重鎮片倉小十郎景綱の養女・祥子しょうこがそこに立っていた。

 自分と同じく、元々は現代の異世界からトリップしてきた子である。

 昔は五歳児だった彼女も、今ではすっかり二十歳を超えて立派な女性に成長した。

 実は彼女、面立ちが少しだけ旦那に似ているので、袴を着て晒しを撒いてしまえば男に見えなくはない。それこそ下手な二枚目系の男よりもよっぽど美青年に見えるぐらいだ。

 が、最近ではそれに危機感を覚えた彰子が、十五を超えた頃に妹のように可愛がってきた祥子を何とか女性にしようと頑張った結果、最近ではぼちぼち自分から着物を着付けておしゃれをするようになった彼女がそこにいた。

 どうやら野郎の中での生活があまりよろしくなかったらしい。それもそうかと彰子は苦笑を零す。

 相変わらず祥子はきょとんと小首を傾げていた。こういう仕草は子供の頃から本当に変わらない。



「ごめんなさい、祥子ちゃん。何だか良からぬ空耳が聞こえた気がしてね……」

「ああ、今若と殿の声がしたから空耳じゃないと思うよ。たぶん、政宗様が我侭言ってまた若のこと困らせてるだけじゃないかな」



 あまり考えたくないからわざとぼかしたのにもかかわらず、祥子は淡々とした様子でどストレートにそう告げてきた。

 どうやら天然なのも昔から変わらないらしい。

「ですよねー」と乾いた笑みで笑いながら、彰子ははぁとため息を零す。

 ここ最近の彰子の悩みというのがこの彼女の天然さ加減と、わずか十五歳の息子の老成ぶり、そして一国の将でありながらいつまでたっても奔放で俺様で我侭な旦那のことであった。

 1人娘も心配していないことはないが、あちらはあちらで今のところは特に何の問題もなく嫁ぎ先で楽しくやっているようだから悩みの範囲内には入れない。

 まあそれでもたまに里帰りしてきてはお気に入りである祥子を弟と取り合うお転婆っぷりを発揮するのでやっぱり悩み所ではあるのだが。



「……お世話係の胃に穴が開く前に黙らせにいきますか。仕方ない」



 全く、とは思えどそれでもその全てを承知で彼の妻になった訳だから止めにいくのは自分の義務だろうと彰子は思う。心底いやになっている訳ではないのだし。

 すると、そんな自分の言葉を聴いた祥子が目をぱちぱちと瞬かせた後にふふっと何処か楽しげに笑みを零した。



「彰子さんって、なんだかんだで殿のこと大好きだよね」

「そうですよー。なんて言ったっていとしのだーりんなんですから」

「彰子さん、棒読み、棒読みになってる。殿拗ねちゃう」



 すると今度は祥子が腹を抱えて笑い出したので、彰子は軽く目を見張る。

 そういえば、昔に比べてよくこの子は笑うようになった。

 人形とは言わなかったが、元々現代にいた時も特殊な環境下にいたようであまり喜怒哀楽がはっきりしていない現実的すぎる子供だったから。

 それを思えば、今あの旦那が馬鹿をやってくれることは良いことなのかもしれないな、と彼女は苦笑した。


Written by 風唄様

 

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 祥子と共に騒がしい旦那の私室に向かうと、案の定そこには父と息子が対面していた。まるで20年前の政宗と現在の政宗が一緒にいるようで『ああ、やっぱり親子だなぁ』なんて当たり前のことを思ってしまう。虎菊丸の懐妊が判明したのが療養先の越後から戻ったばかりの時期だったせいか、実は政宗の胤ではないのではないかなどと疑惑をかけられたことも今では懐かしい思い出だ。勿論思い出すたびに『くそったれが』と口には出して言えない罵声を心の中で呟く御台所・甲斐御前、御歳39歳。尤も生まれてみれば疑う余地のないそっくり具合だったのだが。

「で……政宗さんはどんな我が侭で虎菊丸を困らせてるの?」

 普通は固有名詞の順番逆だよなーなんてことを思いながら、彰子は夫に目を向ける。

「なんだ、Wしょうこか。どうしたんだよ」

 W浅野(古い)じゃねーからと内心で突っ込み、彰子は政宗の隣に腰を下ろす。祥子は心持信宗寄りの中間地点に座る。2人の心理的味方度合いが現れた位置だった。

「母上、何度となく申し上げているはずですが、幼名はおやめください」

「いいじゃない。虎菊丸はいつまで経っても私の子供なんだから」

「なんか微妙にずれてる気がする……」

 信宗の言葉に答えた彰子に祥子がポツリと突っ込みを入れる。確か知り合ったころの彰子はこうも大雑把な性格はしていなかった気がする。もっと生真面目で小十郎や佐助と似たところがあった記憶がある。なのに、20年近く経ってみたらどうだ。随分政宗寄りな性格になっているではないか。彰子本人は『朱に交わったら赤くなるって』と笑っていたが、交わりすぎだと思う。

「それで一体どうしたの? 父上は今度はどんな我が侭を言ったわけ?」

 結婚20年でスルースキルにも磨きのかかった彰子は愛息の抗議も華麗に無視し、問いかける。尤も当然息子の信宗もこういった母親の態度には慣れっこなので、溜息を一つ付くと事情を説明した。

「母上、父上が私に将軍職を譲るなどと仰せになるのです」

 これで父の阿呆な我が侭もクリアになるとホッとして信宗は母親に告げる。が、次の瞬間、驚愕に言葉を失うことになる。

「ああ、なんだ、そのこと? 後は虎菊丸が諾といえば、すぐにも代替わりできるわよ」

 なんでもないことのようにあっさりと言う彰子に信宗も祥子も驚きに目を見開く。

「小十郎さんたち幕閣も、元親さんも元就さんも家康さんも了承済みで既に動いてるし」

 全ては水面下で動いていたのだ。余りのことに信宗は言葉もない。

「し……しかし、私はまだ15の若輩者で……」

「うん、そうね。でも15にしては老成してるし問題ないでしょ? 父上や幸村叔父上みたいに執務抜け出してバトったりしないし」

 呆然としている信宗の横でそれはそれでどうなんだと祥子は苦笑する。やってることが10代の頃と変わらないアラフォーはそれはそれで大問題だろう。

「ねぇ、虎菊丸。そろそろ父上に楽をさせてあげてくれないかしら」

 それまでの明るい能天気な声音から一変して、『母親』の声になり、彰子は信宗に語りかける。

「父上はずっと走り続けてこられたわ。政宗さんが生まれたのは戦国真っ只中の戦ばかりの時代。生まれたときから当然のように戦がある時代だったわ。物心ついたときから奥州……当時は出羽一国だったけど、領地と領民を守る為に戦って……。家督を継いで奥州筆頭になってからは広大な奥州を纏めて、守って、戦って。日ノ本の為にって天下統一を目指して。幸いおじい様の信玄公と謙信公が父上の後見になってくださったから、大きな戦いはせずに済んだけれどね。天下を統一したら、荒れ果てたこの国を再生する為に休む間もなく働いてこられたの。20年以上、そうやって走り続けてこられたのですもの。そろそろ父上を楽にして差し上げてもいいのではないかしら?」

 母からの思いがけない言葉に、信宗は父を見る。政宗は『余計なことを言いやがって』といった様子の、何処か決まりの悪そうな表情をしていた。

「しかし……私に勤まりますでしょうか。この日ノ本全てを治めるのです……。若すぎるのではないかと」

 方便ではなく、現実の問題として信宗はそう疑問を呈した。元服以降、父の仕事を見てきている。家庭内では我が侭親父でしかない政宗が、将軍としては非常に有能な為政者であることを信宗は知っている。いきなりの将軍位譲渡を拒む理由には偉大な父の名跡を継ぐことへのプレッシャーもあるのだ。

「何心配してんだよ。自信持てよ、虎」

 力強い父の言葉に伏せてしまった顔を上げると、そこには安堵を齎す父の笑顔があった。

「そうよ、虎菊丸。こんな我が侭親父だけど、腐っても将軍なの。貴方がその器ではないと思ったら貴方に将軍を譲るなんて言わないわ」

 母も優しく微笑む。信宗は戸惑い、隣に座る祥子を見る。すると祥子は『大丈夫』とでも言うかのように膝の上で硬く握られていた信宗の手の甲を優しくポンポンと叩いた。

「……条件がございまする」

 父と母の優しく力強い瞳と祥子の手の温かさに背中を押されるように信宗は顔を上げた。瞳には強い意志の力がある。

「最低でも私が19になるまで……父上が奥州筆頭となられたのと同じ年齢になるまで、父上は大御所として私の後見をしてくださること。それが絶対条件にございまする」

「元々その心算だから心配するな。お前への譲位は世代交代させることが第一の目的だからな」

 父親というよりは為政者の顔で政宗は息子を見る。

「ちゃんとお前以外の次の世代だって育ってる。そいつらと一緒にお前が泰平の世を長く続かせる為の基盤を作るんだよ。それにゃ時間がかかる。だったら早いうちにお前が将軍を継いで、長期政権を敷いたほうがいいからな」

 まだ15歳の信宗だ。30年から40年は一線で指揮を執れる。それだけの長い時間があれば継続的な長期的展望を持った政策を行うことができる。

 政宗の言うとおり、確かに自分と同世代も育っている。綱元の嫡男・良元、成実の嫡男・宗実、毛利元就の嫡男・隆家は自分よりも少し年長で、傅役を経て今は側近のブレーンとなっている。長曾我部元親の嫡男・信親はほぼ同じ歳、自分よりも少し下の世代には小十郎の嫡男・重長(祥子の義弟にあたる)、従弟である真田幸昌もいるし、甥の道満丸(上杉景虎と姉璃桜姫の嫡男)もいる。

「良元、宗実、隆家、重長は既に幕府で役についてるからな。親父どもにはそろそろ隠居させりゃいい。大体幕閣で俺より若いのは幸村と景虎しかいねぇんだしよ。俺よか爺は隠居だ、隠居」

 それはそれで問題がありそうなことを政宗がいい、また信宗は頭が痛くなる。

「一度に入れ替えてしまうのは障りがございましょう」

「だったらてめぇがどうするか考えろ。どうするか決まったらお前が将軍就任だ。ああ、Time Limitは師走20日な。師走21日にはお前への将軍宣下あるからよ」

「父上ッ!?」

 全ては既に決まっていたのだと、信宗は蒼白になって叫ぶ。

「Honey、これで年明けにゃ念願の温泉旅行に行けそうだぜ。祥子も一緒に行くか?」

「政宗様と彰子さんの邪魔したら馬に蹴られそうだから止めとく」

 蒼白になって慌てている息子をガン無視しての政宗の発言に呆れながら祥子は応じる。若、可哀想に……なんて思いながら。他人事と思っているのだ。

「…………条件、その2を申し上げます」

 漸く立ち直ったらしい信宗が何処か据わった目をして政宗を見上げた。

「Ah? 言ってみろ」

「御台所は私が選びます」

 そう言いながら信宗は隣に座っている祥子をちらりと横目で見た。信宗の言葉の瞬間、政宗と彰子も一瞬祥子を見た。

「当然だな。条件にもなりゃしねぇ」

「そうね。自分の妻を自分で選べないようなヘタレに育てた覚えもないし」

 確り息子の心に誰がいるのか見抜いている父と母だった。だからこそ、祥子の縁談は妨害しまくっていた政宗なのである。

 彰子とて祥子を可愛がり身近に置いていたのは、妹のように思っているからだけではなかった。日常的に御台所の生活を見せることで実は将来の御台所教育をしていたわけである。

「はい、私は私の想う方を御台所に迎えたいと思います」

 ニッコリと信宗は笑いかける。祥子に向かって。

「うん、いいと思うよ……?」

 何故か自分に視線が集まっていることに、祥子はきょとんとした表情で不思議そうに首を傾げながら応じるのだった。