IF未来編~『灰色都市』風唄様とのコラボ~
「姉様」
ふと、その柔らかな、しかし何処か聞き覚えのあるしっかりとした低音に
見れば、端正な青年が1人、肩で軽く息をしながら縁側に立っていた。
「若。どうしたの? そんなに慌てて」
ふふっと笑みを零しながら庭先から彼を見上げてそう告げると、青年はほっと息をついて縁側を降り、こちらへとやってくる。
そうして隣に付いたかと思うと、自分の着付けていた上掛けをそっと祥子にかけてくれた。
こういった気遣いは、母譲りなんだろうなぁと彼女はぼんやり思う。
それなのに、顔は若い頃の父親に瓜二つなのがとても不思議だった。
「どうしたのではございませぬ。急にふらりといなくなったかと思えばこのような場所で……春が近いと言えど、この時間帯は冷えます。早く中へ」
「そんな弱く出来てないから大丈夫だよ。若は相変わらず心配性だなぁ」
「姉様が無頓着すぎるのです。もっと御自分を大切にされるべきだ」
それに、と彼は少しだけ拗ねたように続ける。
「先日家督を継ぎました故、もう若ではありませぬ」
「あー…そういえばそうだった。ごめんね、殿」
少し前に伊達の嫡男として家督を譲られたその事を祥子はたった今思い出し、誤魔化すように苦笑を零した。
が、そうだとしても祥子からしてみれば凄く育ちが特殊だったせいか、別段幼い頃から共にいる彼がいざ伊達の責任者になったと言われてもあまり実感がない。
それが顔に出ていたのか、彼は袖に手を通した状態で腕を組んだかと思うと、はっとため息をつく。
「これだから姉様は目が離せませぬ……璃桜姉上とはまた違った意味で」
「ごめんってば、次から気をつけるよ」
「いつもそう言ってそれがしの言うことを聞いて下さらない」
「聞いてる聞いてる。だから拗ねないで、ね?」
「拗ねてなどおりませぬ」
ぷいっと珍しく子供のようにそっぽを向くものだから、つい祥子は昔の彼の父親が駄々をこねている時の様子を思い出し、思わず吹き出す。
それがまた彼の気に障ったようで「姉様」と少しばかり低い声が聞こえてきた。
仕方がないのでくすくすと笑いながら祥子はぽろりと白状することにする。
「ご、ごめん。つい政宗様思い出して……」
「父上?」
「ん。やっぱり親子だね。性格はあんまり似てないと思ったけど、所々そっくりだ」
そう笑いながら祥子はそっと何処か腑に落ちない顔をしている彼の頬に手を伸ばした。
確か昔もあの腕に抱いてもらった時、こんな風に手を伸ばした気がする。
なんだかそれを思い出しただけで、とても懐かしい感じがした。
だが、そんな自分とは裏腹に目の前の青年は少しむっとしたような表情で伸ばした自分の腕をぐいと掴む。
驚いて祥子は目をぱちぱちと瞬かせた。
「姉様」
「え? あ、はい」
「それがしは父上ではありませぬ」
その言葉に、彼女は更に目を丸くさせる。
目の前の家督を継いだばかりの青年は酷く真剣なまなざしでこちらを見つめていた。
そこでふっと微笑みながら、掴まれた状態の手をぐいと強く動かして、彼の頬に触れる。
それでも視線はじっとこちらを捕らえて離さなかった。
何故だかこういうところは、血は繋がっていないはずなのにあの真っ赤な熱血男を思い出させる。
「知ってるよ。ずっと一緒にいたんだから」
「…………」
「信じられない?」
「……少なくとも、無言でふらりと1人でいなくなってしまう癖をやめない限りは」
「まだ根に持ってるんだ」
「当たり前です」
そこで更にぎゅっと腕を掴まれて、祥子は思わず苦笑を零す。
そして至極真面目な顔をして自分を見つめてくる青年にはっきりと告げた。
「いなくなっても、殿が見つけてくれるでしょ?」
それを口にした途端、彼はみるみる目を丸くしていく。
祥子は歌うように続けた。
「だからいいんだ」
「……良くはありませぬ」
「じゃあ、捕まえておかなくちゃ」
ふふっと笑みを零して小首を傾げると、彼は目をぱちぱちと瞬かせた後、ばつ悪そうな顔をして自分の腕を掴み直す。
ほら、やっぱりこういうところも父親そっくりなのだ。
余裕なようで、案外不器用なこの仕草が本当に。
「捕まえて宜しいので?」
「宜しいのです」
「それがしが本当は嫉妬深いのをお分かりになった上での言葉ですか、それは」
「ああ、そこも似てるね。そういえば。でも、いいんじゃないかな。若に独り占めされるのは悪くないよ」
からころ笑ってそんなことを言えば、青年はぐっと自分の身体を羽織ごと抱き寄せる。。
自分が幼い頃に引いていたあの小さな腕にすっぽりと抱かれていることを考えると、何処か感慨深い気もした。
いや、感慨深いと言うより、もしかするとこれを自分はずっと待っていたのかもしれない。
はぁっと耳にかかる吐息に祥子は自然と笑みを零していた。
「……若ではありませぬ」
「細かいなぁ」
「姉様が大雑把すぎるのです」
「そうかな」
くすくす笑みを零しながらぴったりとくっつくと、彼は更に自分を抱く力を強くする。
ああ、これが「恋しい」とそういうのかもしれない。
それは今の今まで自分が気づけなかった感情だった。