IF未来編~『灰色都市』風唄様とのコラボ~
風唄様の『レンタル花嫁』に触発されて書いてしまったIF話です。
「姉様、叔父上に嫁がれるというのはまことですの!?」
鬼の形相でやって来た姫に
それは既に三十路近くにもなって未だ妻帯せず、縁談から逃げ回っている幸村の懇請によって許嫁のふりをすることになったときのことだった。
「なんだ、そうでしたの」
事情を説明された璃桜姫はお茶を飲みながら得心が行ったというように仄かに笑った。その隣では伊達家嫡男である虎菊丸が同じく何処か安心したように笑っていた。
「ようござりました。祥子姉様が嫁ごうものなら、姉上が何を仕出かすか判りませぬゆえ」
未だ9歳にも関わらず、父と姉に振り回される嫡男は妙に老成した表情でふぅと溜息をつく。
今年13歳になる璃桜姫は既に臈たけた美しさを見せ始めている。その容姿は政宗の妻としてこの城に君臨する正室・甲斐御前にそっくりで、将来はさぞや素晴らしい貴婦人になってくれるものと誰もが儚い期待を抱いている。──儚い期待となってしまう理由はその性格が余りに父に似ているせいだ。
一方の虎菊丸はあの政宗の息子とは思えぬ穏やかな性格をしている。性格はどうやら祖父輝宗に似ているらしい。顔は政宗とそっくりで、璃桜と並ぶよりも祥子と並んだほうが姉弟(祥子が袴姿だと兄弟)と間違われるほどである。
「お虎。何を申すのです。生半可な男に姉様を任せられませぬ。父上も小十郎も今一つ頼りにならぬのです。わたくしとそなたが頑張らなくては! you see?」
「あー、I see, I see」
げっそりとした表情の9歳児。この嫡男が世代を超えて妙に綱元と気が合うのは、父と姉に振り回される境遇に互いに共感を持っているからだろう。
「大体、幸村叔父上も情けない! 何故、芝居を頼むのでしょう。許嫁のふりをしてほしいと言わずにきちんとproposeすればよいものを。本当にヘタレなんだから」
尤も、本当にそんなことになろうものならば、祖父・信玄やお付きの手練
プリプリと可愛らしく怒りながら言う璃桜姫に祥子は苦笑するしかない。
「仕方ないよ。幸村の知り合いの女の人って、私か璃桜姫か
何処かずれたことを言う祥子に、璃桜姫ばかりか虎菊丸まで何処か呆れた表情になる。
「姉様、貴女は女性で、幸村叔父は男ですぞ? お判りでございますか?」
何を当たり前のことを虎菊丸は言うのだろうと祥子はきょとんとする。その表情に姉弟は揃って『こりゃダメだ』と内心で溜息をついた。
男性陣ののんびりしたヘタレっぷりも情けないが、こういう祥子が相手ではそうならざるを得ないのかもしれないと思ってしまう。
「姉様は想う方はおいでになられませんの?」
「うーん……」
璃桜の言葉に首をひねる祥子に、姉弟は『絶対に育った環境に問題ありだ』と思った。ちょっとばかり小十郎の教育方針に説教したくなる子供たちである。
とはいえ、それはそれでこの姉弟の計画上、助かることこの上もないのではあるが。
「わたくしたち、心配しておりますのよ。姉様、このままでは父上の側室にされてしまうのではないかと。姉様であれば、母上もお許しにはなられましょうが……わたくしたちは複雑ですわ。姉様が母上のRivalになってしまうのはイヤですもの」
「母上と姉様であれば、姉妹のように仲良くなさりましょうが……父上に仕事を真面目にさせる最強タッグになりそうですし」
突然姉弟の口から飛び出した言葉に祥子は驚きを通り越して呆然とした。
「なに、それ。私が政宗様の側室って」
「そういう噂もあるのですわ、姉様」
良家の子女ともなれば、15歳であればそろそろ縁談も持ち上がる。が、小十郎は一切取り合わないし、政宗もあれやこれやと口を出す。愛娘璃桜の縁談はあっさりと決めたというのに。そんなこんなで、城内には密かに祥子が政宗の側室となるのではないかなんて噂も実しやかに流れているのだ。その所為で、甲斐御前親衛隊ともいわれる御付侍女の
因みに璃桜の縁談の相手は、現在越後領主となっている上杉景虎だ。謙信の養子である。10歳以上年は離れているが幼いころから兄のように慕っている相手でもあり、璃桜は15歳になって嫁ぐ日を楽しみにしている。
「でも、政宗様は彰子さんのことすっごく大切にしてるから、側室なんて持たないでしょ」
「そうかもしれませんし、そうではないかもしれませんわ。殿方なんて下半身で物を考えますもの。母上がお褥すべりなさったら判りませんでしょう」
13歳の言うことかと祥子は乾いた笑いを漏らす。仮にも父親に対してこの言いよう。流石は政宗の娘だと祥子は若干現実逃避した頭で考えた。
「姉様。幸村叔父が面倒を押し付けたこと、甥としてまことに申し訳なく思うております。叔父に成り代わりお詫び申し上げまする」
どうやら虎菊丸も暴走する姉を見放したようだ。あの父とこの姉の所為で、妙に大人びてしまった9歳児が憐れでならない祥子である。まだ母親の存在がある分マシなのだが。
「若が気にすることじゃないよ。私が自分で決めて引き受けたんだし」
安心させるように笑ってそう言えば、虎菊丸も漸く年相応の幼い笑顔を見せた。
「では、姉様、母上のところに参りましょう。母上が打掛を選ぼうと仰せにございましたゆえ」
幸村が未だ妻帯しないことを心配していた甲斐御前はこれを機会に少々男どもに発破をかける心算でいたのだ。祥子を着飾らせて祥子を女としてきっちり意識させ、危機感を持たせようと。勿論、祥子を妹のように可愛がっている甲斐御前も半端な男に祥子を嫁がせる気はない。着飾った祥子に気の利いたこと一つ言えないようなヘタレは即失格だ。
「彰子さんもはりきっちゃってる…?」
そういえば、昔から彰子は自分に女の子らしい装束を着せようとしていたなぁと遠い目になる祥子である。
「はい。姉様、少々お覚悟なされたほうがよろしいかと」
再び大人びた表情になる虎菊丸は一瞬の後、可愛らしい笑顔を浮かべた。
「けれど、それがしも姉様が綺麗な衣装を纏われたお姿を拝見するのが楽しみでございまする」
ニコニコと笑いながら虎菊丸は祥子の手を取り、母の待つ奥へと先導していく。何気に紳士な9歳児である。
「あ! お虎!! 姉様を独占するのは許しませぬよ」
自分の世界に入り込んでいた璃桜姫もハッと気づき、慌てて追いかけてくる。
「いつまでも姉上を待っていては埒が明かぬと思うたのです。母上がお待ちにございますゆえ」
「そなた、段々生意気になってきましたね。このクソガキ」
「姉上、そのような言葉を使われるなど嘆かわしゅうございまするぞ」
「お黙り、お虎」
「姉様、さ、参りましょう」
「あ、お待ちなさい!!」
自分を挟んでギャイギャイと姉弟ケンカをする2人につい祥子の頬も緩む。血の繋がりはないが、ずっと自分と兄弟のように育ってきた2人が祥子はとても可愛かった。
(こんなのも悪くないなぁ)
そんなふうに思ってしまう祥子である。
結局、姉弟の口ケンカは3人が甲斐御前の待つ部屋へ到着するまで続いた。
祥子を送り届けると、虎菊丸は鍛錬の為に2人と別れた。しかし、その去り際の一言に祥子は目を丸くすることになった。
「姉様、それがしが姉様を娶りますゆえ、他の男などに惑わされませぬよう」
にっこりと笑う9歳児はまさしく政宗の息子という表情をしていた。