「何故でござるか、政宗殿ぉぉぉぉぉ」
控え室を訪れようとした彰子の耳に、弟のはた迷惑な泣き声が飛び込んできた。
一体何事かと夫の控え室に入ってみれば、そこには滂沱と涙を流す弟が突っ立っていた。
「……一体何事……?」
取り敢えず入り口のところで五月蝿げに眉を顰めている緑の麗人に声をかけると、彼は不快げに彰子を見遣った。
「甲斐御前か。丁度良い。そなたの弟をなんとかせよ」
いやいや、幸村のお守りは佐助の仕事だし。ってか、毛利さんに声をかけたのは失敗だったななんてことを思いながら、彰子は曖昧に頷いた。因みに声をかけたのは毛利の声が聞きたかったという理由であることは内緒だ。同様の理由で秀吉や明智に声をかけたいところでもあったが、やっぱり怖いのでそれはやめておいた。
大武闘会の出場者控え室は全員が広い一室を共同で使っている為、普段なら一同に会することのない武将たちが揃っている。天下統一モードでもストーリーモードでもないから、彼らが敵対しているわけでもなく、信長や光秀も魔王ぶりや変態ぶりが鳴りを潜めている。
そんな中で、幸村はいつもどおりの幸村なのだが……なんで泣いているのだろう。
取り敢えず彰子は標準異常(誤字にあらず)にデカイ男たちを掻き分け、弟の許へ近づいた。
そこには夫である政宗の他、小十郎と佐助、更には何故か長曾我部元親もいた。
「あ! 彰子ちゃん、いいところに!!」
目敏く自分を最初に見つけたのは困りきった表情の佐助だった。政宗はうんざりした様子で幸村の相手をしている。
「佐助、何があったの?」
「うん、実はさ……」
佐助から明かされたのは以下のようなことだった。
今回の大武闘会はタッグマッチ方式を取っている。主将と副将でコンビを組み、場に応じて交代で戦うわけだ。当然、お館様超絶敬愛な幸村はお館様と出る心算でいたのだが、お館様はさっさと生涯のライバル謙信とエントリーしてしまっていた。
「普段は敵であるが、このような場では共に戦うてみたいものよ」
なんて敬愛するお館様に言われてしまえば、幸村は引き下がらずを得ず、すごすごとお館様のパートナーの地位を軍神に譲った。
次に今度は佐助を副将にしてエントリーしようとしたら、佐助は既に小十郎の副将としてエントリー済みだった。
「片腕同士のコンビってのも面白そうでしょ」
と佐助は飄々と言い、それも確かにと思ってしまった幸村は、これまたすごすごと引き下がった。
そして、お館様に倣い自分も好敵手とコンビを組もうと意気揚々と政宗の許を訪れたのだったが、その政宗は既に元親を副将としてエントリーしていたのだ。そこで冒頭の幸村の叫びとなったわけである。
(政宗さんと元親さん……東西ヤンキー親玉コンビか。小十郎さんと佐助だと、オトンとオカンコンビだな)
幸村にしてみれば普段縁も
「真田幸村、アンタはオレのRivalだろ。pair組んじまったら戦えねぇじゃないか。アンタはオレと戦いたくねぇのか」
うんざりした表情で政宗は幸村に言う。その表情を見れば、それが幸村の宥める方便であることは控え室にいた全員(-1名)の目には明らかだった。
が、そのマイナス1名──つまり当事者である幸村は素直にその言葉を額面どおりに受け止めた。
「おお! 確かにそうでござった!!」
と泣いたカラスがもう笑っている。
ならば、と幸村はキョロキョロと周りを見回しパートナーを探し始めるが、まだエントリーしていない武将たちは一斉に目を逸らした。けれどそんなことでめげる幸村ではない。本多忠勝、鬼島津、武蔵、浅井長政と声をかけては見事に撃沈していた。彼らの断り文句は政宗に倣って『貴殿とは是非戦ってみたいゆえ』と言うもので、彼らは心の中で政宗に『感謝!』と叫んでいたとか。
断られ続け、残すは
「幸村、気が済みましたか? それではわたくしと共に観客席で応援することに致しましょう」
しょんぼりとした幸村に彰子が声をかける。幸村の騒々しさが消えるまで静観していた──わけではない。断じてない。幸村が勢いのままに勧誘しまくっていた為に声をかける暇がなかったのだ。
「姉上……」
涙を湛えたうるうるとした子犬のような目──懐かしのア○フルのくぅちゃんのような──で見上げてきた幸村が可哀想になりついつい彰子は情が絆されてしまう。猫も好きだがワンコも大好きな彰子なのである。
「わたくしと共に観戦するのはイヤですか?」
「そんなことはございませぬ!! 是非!!」
ぱーっと顔を輝かせる幸村に彰子も笑みが零れる。
「そなたの好きな団子も用意させましょうね。さ、幸村、参りましょう」
「はい! 姉上!!」
キラキラと瞳を輝かせ、幸村はあれだけ泣いたことが嘘のように元気に控え室から観客席へと向かったのであった。
因みに
「うおおおおおお!! 流石はお館様!!」
「政宗殿ぉぉぉぉぉ 行け行け、そこでござるぅ!!」
「佐助!! そこだ!! ええい、何をしておる!!!!」
口の中が空になればそう叫び、彰子や周囲の鼓膜を破壊しかねない幸村の為に、彰子は常に幸村の口に団子を突っ込み続け、碌に観戦出来ずに終わった。彰子の側には常に衛門か小督か成実か綱元が団子を差し入れていて、彼らは今後の自分たちの平和な観戦の為に己らの主を生贄にすることを硬く決意したのであった。