跡部のBDが終わると中間テスト。そしてその最終日(といっても2日間だけど)は恋する乙女にとって重大イベントであるお相手の誕生日。そう、10月15日。侑士の16歳のバースディ。
お祝いしたい気持ちは満載。プレゼントだってしたい。
ただね……。お祝いしてプレゼントするとなるとあからさまに特別扱いなのよね。ジロちゃん(5月5日)もがっくん(5月12日)も宍戸(9月29日)もスルーしてるから……。一応おめでとうくらいは言ったけど、プレゼントはしてない。ああ、ジロちゃんにはおねだりされて購買部でムースポッキー買ったのがプレゼントといえばプレゼントだけど。でもそれは数には入れちゃいけないでしょ。直近の跡部の誕生日だってパーティに行ってお祝いは言ったけど、プレゼントはしてないし。
そこに侑士だけプレゼントを渡すとなれば、明らかに特別扱いってばれちゃう。
特別扱いなんてばれちゃったら、侑士が負担に思うかもしれないし……。プレゼントしてもいいものか悩んでしまう。
でもでもやっぱり侑士のお誕生日はお祝いしたい。侑士が生まれてなきゃ出会うこともなかったわけで……。って、私がこっちの世界に来てなければ出会わなかったのか。いや、この際異世界トリップはどうでもいい。最近忘れてたし。
侑士にお誕生日おめでとうって言いたい。お祝いしたい。生まれて、出会ったことに感謝したい。
「いいじゃない、別に。お祝いすればさ」
グルグルと悩んでいる私に呆れたように詩史は言う。今日はテスト直前の日曜日。テスト勉強という名の乙女トークのために詩史はうちに来てるの。相談に乗ってほしくて。自分じゃグルグル回って悩んでしまって、けりがつかないから。詩史に背中蹴飛ばしてほしくて。
「私の誕生日だってお祝いしてくれたでしょ。親友の私のはお祝いしたんだから、私より先に知り合ってる忍足にはいくらでも理由付け出来るじゃない」
一番最初に出来た特別な友達とか、一番面倒見てもらってるからとか、お隣さんで一番仲良しだとか。確かに理由をつけようとすればいくらでもある……かな。
「だけど、侑士が負担に思ったり面倒って思ったりしないかな」
「するわけないでしょ。喜ぶわよ」
まだグダグダ悩んでいる私に、詩史はきっぱりと言う。
「寧ろ向日くんたちと同列におかれてお祝いしてもらえないほうが忍足は拗ね……寂しがると思うわよ」
妙に自信たっぷりに詩史は言う。
「あのね、彰子。この前の跡部の誕生日。私が彰子のドレス姿の写メ、誰に送ったか判ってる?」
確かにあのとき詩史もどこかにメールしてたなぁ。
「え? 自分のPCに送ったんじゃないの?」
てっきりそうだと思ってたんだけど。
「んなもん、SDメモリで移したわよ。あれはね、忍足に送ったの。彰子は恥ずかしがって送ってくれないだろうから送ってくれって忍足に頼まれてね! あいつ、彰子が思ってるより、彰子のこと意識してるわよ」
「え? ええーーーー!?」
嘘っ。そんなっ。まさかっ。し、詩史の勘繰りすぎだよきっと。
「彰子が関さんと付き合いだしてから、忍足も彰子を女の子としてみるようになったんじゃないの? まぁ、恋愛感情にまで至ってるかは判んないけど、そうなる可能性もあると思うよ。彰子の頑張り次第で」
そ……そうなのかな? もしかして、私にも望みあるのかな。
「だったら……嬉しいな」
「そのためにも最初は誕生日プレゼントよ、彰子! 頑張りなさい」
「う……うん。でも……」
「でも何よ」
「怖いよ、やっぱり」
嘗ての世界では告っても振られることのほうが多かったし。片思いばっかりだったし……。
「今すぐ告れって言ってるわけじゃないでしょ。忍足の気持ちが彰子に向くように努力しなさいって言ってるの」
他人事だからか、詩史はやたらと強気にそんなことを言う。でもね、振られることもだけど、実は想いが叶うこともちょっと怖いんだ。
「あのね、詩史。今まで私片思いばっかりでね……。もし、想いが叶ったとしてもどうしていいか判んない」
「そんなもん、叶ってから考えなさい。彰子は先のことをあれこれ考えすぎ。偶には当たって砕けなさい」
いや、前人生(死んだわけじゃないけど)では当たって砕けまくってたんですが……。でも、確かに詩史の言うことは一理あるかもしれない。あれこれ先のことを考えすぎて動けなくなるのは私の悪いところだし。だったら、行動してみるしかないかな。
「取り敢えず……努力から始める。んで、侑士に誕生日プレゼント渡す」
「そうよ。先ずはそこからよ、頑張りなさい彰子!」
「うん、詩史。私、頑張る!」
よし、頑張る。侑士に好きになってもらえるかは判んないけど、努力してみる。何もしないで後悔するより、当たって砕けて後悔するほうがマシだもんね!
とはいえ、何をどう努力すれば好きになってもらえるかは判ってないんだけど。でも、特別扱いの誕生日プレゼントは、侑士が特別な存在ですアピールにはなるよね。
「プレゼントって何がいいんだろう? やっぱり日常使い出来るものかなぁ」
悩みも一歩前進!
これまで異性へのプレゼントといったら……彼氏もどきだった人への大学進学祝いの万年筆とか就職祝いのカフスとか、だったな。後は当人の希望で手編みのセーターなんてのもあったか。
だけど、なんかで手作り系は重いって話聞いたことあるし……。手作り系はまだ避けておいたほうが無難だよね。第一、あと今日を含めて4日しかないんだし。
「そうねぇ……。あとはアクセサリーとかかな。でも忍足がアクセサリーしてるの見たことないわね」
「うん。好みの問題もあるし、微妙よね」
「なんか忍足が欲しがってるものとか知らないの?」
侑士が欲しがってるものか……。特に聞いてないなぁ。
「彰子、クラスも一緒でテニス部でも一緒なのよ。何か忍足の身近でプレゼント出来る物ないの?」
身近で……うーん。文具は特にこだわりないみたいだし……。でも万年筆とかは使わなそうだしなぁ。
「あ……そういえば、リストバンド買い換えようかなとか言ってた」
だいぶ古くなってきたからそろそろ買い換えないといけないって言ってた気がする。
「それよ! リストバンドなら普段忍足が使えるし、マネージャーの彰子がプレゼントしても何の違和感もないわ」
そっか。そうだよね。じゃあ、リストバンドにしよう。
「それだけじゃなんだし、一緒にスポーツタオルとかもいいよね。名前の刺繍入れたりして」
「彰子、それじゃ昭和の少女漫画よ」
うっ。古いか……。
「ああ、でも、まぁちょっとだけ手をかけてますっぽくていいかもね。イニシャルにしたらいいんじゃない? あ、それと購買部に売ってある校章のワッペンの小さいやつつけたら?」
それも如何にもハンドメイドっぽくていいかも。
「よし、そうと決まれば、早速買い物に行くわよ、彰子」
「うん。準備してくるね」
プレゼントが決まれば即行動。こういうときは迅速に動かないとね。
急いで寝室へ行き、上着を羽織って、財布に携帯、定期をバッグに入れて準備OK。
「真朱、萌葱、撫子。ママは詩史ちゃんとお買い物に行って来るからお留守番よろしくね」
玄関先に見送りに来てくれた猫たちにそう言うと、猫たちは何処か不満げに『んにゃー』と鳴く。うっ。最近忙しくてあんまり遊んであげてないからご機嫌斜めだわ。9月の終わりに新人戦があって、それから関東選抜に向けての練習が始まって、跡部のパーティもあったしね。ごめんね、にゃんこたち! テスト終わったら一杯遊んであげるから。あ、因みに新人戦は跡部の目標であった氷帝でベスト8独占は案の定青学に阻まれました。ベスト8に残ったのはうちから跡部、侑士、宍戸、ジロちゃん、2年の成田先輩の5人、青学は手塚、不二、橘の3人でした。おかげで跡部は今から関東選抜に燃えてます……。
「ちゃんとお土産にミルクプリン買ってくるから! それで許して」
猫たちに謝って、詩史と家を出る。するとちょうどお隣から侑士も出てきたところだった。
「なんや、彰子。出かけるん?」
「うん、詩史とちょっとね。侑士も?」
「俺は昼飯仕入れにコンビニや」
なるほど。確かにお財布と鍵を持っただけの軽装だし。
「ついでに晩飯も仕入れたほうがいいわよ、忍足。今日は私と彰子でラブラブディナーですからね。あんたの分はない」
土日や祝日祝前日の晩御飯はネタばらしした後、以前のように一緒に摂るようになってる。お弁当も復活してるし。
「なんやと。俺と彰子と猫たちの家族の時間を邪魔するんか、久世!」
「五月蝿い変態眼鏡。私と彰子のラブラブタイムを邪魔するんじゃない。猫ちゃんたちだってあんたより私のほうが好きに決まってるでしょ」
あのー、詩史。私、貴女が一緒に晩御飯食べるなんて今初めて聞いたんですが。それに、猫たちは多分、詩史より侑士に懐いていると思います。
私をそっちのけで言い合っている侑士と詩史に溜息が漏れる。結構いいコンビよね、この2人。
でも……詩史の言ってたこと、本当かな? 侑士の態度は以前と変わらないように思えるんだけど……。
まぁ、詩史の勘が外れてたとしても、私が努力をしてみることには変わりはないし。
結局、侑士と詩史はバス停(とその目の前にあるコンビニ)につくまで延々言い争いを続けていたのでした。
駅前のデパートの中にあるスポーツショップで、プレゼントするタオルとリストバンドを選ぶ。プレゼントなんだし、安物なんかじゃなく、長く使えるような確りしたメーカーのもの。まだ手を加えるからプレゼント包装はなし。それから手芸店に行って、詩史と相談の結果、刺繍するのではなくアルファベットのワッペンを使うことにした。アイロンで簡単に貼り付けられるし、それを補強するために何箇所か縫いとめればいいだろうってことで。
「意外と彰子手先不器用なところあるしね。失敗しないようにこのほうがいいでしょ」
という詩史の言葉に私自身思いっきり同意。刺繍には不安があったんだよね。
ラストはラッピング素材を売っているお店でプレゼント用の箱を買う。セーターとかのプレゼント包装に使われる、上下を閉じると双子座のマークみたいな形になるヤツ。後は明後日購買部でエンブレムのワッペンを買えばいい。
「疲れたね。お茶しよ、彰子」
「うん。今日はありがと。お礼に謹んでご馳走させていただきます」
「うむ。苦しゅうない」
くすくすと笑いながらカフェに入って、詩史はチョコレートパフェ、私は抹茶パフェを頼む。いつもそんなに甘いものは食べないんだけど、偶に無性に甘いものって食べたくなるんだよね。あ、帰りにミルクプリン買って帰らなきゃ。
「だけど、今日はなんか意外な彰子の乙女な一面を見れたわね」
ニヤニヤと笑う詩史。詩史ちゃん、貴女お嬢様なんだからそんな表情止めましょうよ。
「う……。言わないでよー」
「他の人には言わないけどね。でも、ちょっと揶揄っちゃう。可愛かったもん、彰子」
ニヤニヤ笑いは止めたもののクスクスと詩史は相変わらず笑ってる。
「彰子のそんな顔見てると、恋もいいなぁって思っちゃう。私も恋を見つけようかなぁ」
「見つけなよ。現実でね」
「小十郎みたいな人プリーズ」
「それ言ってる間は無理な気がします」
結局詩史はまた2次元の世界の男性へと戻ってしまう。
「彰子、ゲームショップ行こうよ」
「詩史さん、明後日からテストだって判ってます?」
「現実逃避でーす」
「させません。うちに戻ったら数学やるわよ」
「いーやーだぁぁぁぁ」
「やらないんなら晩御飯あげません」
「いーーやーーー。彰子の手料理楽しみにしてるのにー」
「だったら数学やりますね?」
「はい、先生」
クスクスと笑いあう。帰ったらテスト勉強して、詩史とご飯食べて。詩史が帰ったら、プレゼント作りだな。
うん、中間テストが5教科7科目でよかった。選択授業は試験がない分、ちょっとはマシだわ。
侑士の誕生日を前にして、詩史の言葉じゃないけど『乙女化』してる自分になんとなくくすぐったい気分になる。
まぁ、こんな日があってもいいかな。
珍しく自分にしては前向きになったある日の出来事でした。