厄介な相手とは思うちょったが……。やはり手強いようやのう。
ウチと氷帝の合同合宿2日目。
今日は練習試合中心じゃ。
午前中は基礎練習と体力強化メニューで、午後から練習試合なんじゃが……。
いきなり決まった合同合宿は中学時代から交流もある氷帝で、しかも全員が1年。
まぁ、気心が知れとるきに楽ではあるし、実力的にも不足のない相手じゃ。
そういう氷帝相手じゃきに、試合も誰とあたっても別にええんじゃが……今回はどうしても対戦したい相手がおる。
──忍足侑士。
当たり前のように彰子の隣におる男。
昨日から始まった合宿では、一番忙しいんは彰子じゃった。
俺らは練習しとればそれでいいんじゃが、彰子はそうもいかんからな。
ドリンクの準備に洗濯、食事の支度に後片付け。
俺らも手伝いはするものの
「におちゃんたちは練習で疲れてるんだから、休んでて」
なんて言われてしもうては、あまり手出しもできん。
食事の後片付けくらいは手伝ったがのう。
……忍足も一緒じゃったが。
いつの間にか、忍足は彰子の名を呼び捨てにしちょった。
確か、合格発表の頃くらいまではちゃん付けしとったはずやったが……。
彰子も忍足を侑士と呼んじょったし。
2人の親密度が上がったんか……?
これまで彰子が忍足と一緒におるところを見たことはなかったんじゃが、こうして並んどるのを見ると面白うないのう。
忍足は当然のように彰子の隣におる。
夕べもそうじゃ。
ミーティングも終わり、漸く彰子もフリータイムになったとき。
コーヒー飲もうっちゅうことになったんじゃが、そのコーヒーを淹れたんが忍足。
『彰子はミルクたっぷりやで』
『ありがとー』
と……如何にも自分は彰子の好みを熟知しとると見せ付けるかのような言葉。
確かにお隣さんじゃし、よく一緒に晩飯食うちょるとは彰子から聞いてはおったんじゃが……。
こういう時に一緒に過ごす時間の差を感じさせられるのう。
大体、お隣さんでクラスも一緒、しかもテニス部では副部長とマネージャーじゃと。
自宅に帰るまでの時間はほぼ一緒に過ごしとるいうことじゃ。
俺なんて最近は電話で声を聞くことすらままならんと、メールのやり取りばかりじゃったのに。
随分不利な状況になってしまっとるようじゃ。
……でも、負ける気はないぜよ。
「仁王は今回シングルスで試合したいって言ってるんだ。忍足とやりたいらしいね」
「仁王も忍足意識してやがるのか」
「忍足もかい?」
「侑士と跡部のダブルスとか見てみたいなー。幸村と真田とかも」
「……それも面白そうだね。でも俺と真田じゃなくて、俺と仁王のほうがいいんじゃない?」
「なるほどな。確かに組み合わせとしてはそれだろうな」
休憩時間に聞こえた会話。
彰子を挟んでウチのこわーい魔王様と跡部の会話。
幸村も相当彰子を気に入っとう。『仁王の恋敵になる気はないから安心していいよ』とニッコリ笑っちょったが……油断は禁物ぜよ。
それに氷帝の王様も彰子をかなり気に入っちょるようじゃし……。
これは跡部に限らず、氷帝の全員がそのようじゃの。恋愛感情は忍足だけのようじゃが。
ウチの連中も彰子に興味を持っちょるようじゃが、それは『俺が初めてマジで恋している相手』じゃから無理もない。
しかし、僅かの期間にこれだけの信頼と好意を寄せられる──しかも、認めるのは癪じゃけんどそれなりにイイ男ばかりじゃ──とは、流石は俺の彰子じゃ。
尤も……本人はちぃーっとも気付いちょらん。
「……相変わらずニブちんじゃの」
そう呟けば……
「それが彰子やし、しゃーないわ」
いつの間にか隣には忍足が来ちょった。
「おまんも『お友達』っちゅーことか」
「今んところはせやな。ま、俺は焦る気はあらへんねん」
忍足は余裕の笑みを見せる。一番側におるんは自分じゃっちゅー余裕か。
「おまん……気に食わんのぅ」
「意見合うたな。俺もお前は気に食わへん」
漫画なら俺らの背景にはブリザードが吹き荒れちょることじゃろう。
「ライバル宣言っちゅーことやな」
ニヤリと忍足は笑う。
「望むところじゃ」
負ける気ぃはないきに。
「ま……一番手強いんは彰子本人やけどな」
同感じゃのぅ。
午後にはお待ちかねの練習試合。
Aコートではブン太・ジャッカルvs滝・向日、Bでは柳生vs宍戸、Cでは参謀vs芥川の試合じゃ。
その後に、俺と忍足。──幸村・真田・跡部は試合せんのか。
俺らの試合の間、一旦他のメンバーは休憩をして、その後2周目に入るらしいが……コート2つ遊ばせておくのも勿体無いじゃろ。
「だって、一番面白い試合じゃないか。皆興味津々なんだよ」
ニッコリと笑う幸村。ああ、黒い笑顔が眩しいぜよ。
「見世物やあらへんっちゅーねん」
どうやら氷帝サイドでも似たような会話が交わされちょったらしく、忍足の溜息混じりの声がする。
「ではー、詐欺師仁王まーくん対タラシ忍足ゆーくんの試合始めるよー」
元凶の彰子の呼ぶ声がするが……まーくんってなんじゃ……。
「ちょ……彰子、タラシってなんやねん!」
「え、サギシとタラシで韻を踏んでみました」
「踏まんでええ!」
「じゃー……エロヴォイス」
「それは彰子が俺の声に感じるっちゅーことでええんやな」
「変態伊達眼鏡」
「伊達眼鏡の何処が悪いねん」
……漫才。面白うないのぅ。
「彰子、俺のこと無視したらあかんぜよ? 寂しいじゃろ」
忍足と戯れとる彰子の肩を抱き耳元で囁いてやれば……
「におちゃんセクハラ」
……こういうところには反応するくせに何で気持ちには気付かんのか……。
「長岡。遊んでねぇでさっさと始めろ」
「それはこのタラシーズに言ってください、跡部様」
タラシーズって……否定できん。じゃけんど、今は彰子一筋ぜよ?
「俺らのお姫様が困っとるし、始めるか、詐欺師」
「そうじゃの、変態眼鏡」
本日2度目の雪吹雪の後ろで、魔王様と俺様が面白そうに笑っちょった。
ゲームは一進一退、力も気力も均衡しとった。
流石は氷帝の天才と呼ばれるだけのことはある。
公式戦でもないのに、ここ数年の中で一番真剣に試合したかも知れんのう。
彰子の前で勝ちたい。忍足に。
俺はイリュージョンを使わんじゃった。
1つには、この食わせ者の天才には通じんと思うたこと。
そして、誰かになって忍足を倒すんではのうて『俺自身』で倒したいと思うたんじゃ。
イリュージョンは……いわば物真似じゃ。忍足が相手なら、跡部か桃城辺りが効果的かもしれんが、誰かの姿を借りた俺ではのうて、俺自身でこいつに勝ちたい。
忍足も公式戦では全国大会でしか見せんかった技を使うて、かなり本気じゃった。
……いかん。
こいつには心理戦は通用せん。
これが……氷帝のNo.2か……。手強い。
結果は6-4で俺の負けじゃった。
夕食後のミーティングでは、練習試合の結果を踏まえての反省会じゃった。
それぞれ色んな課題点が出てきたが……一番驚いたのは、俺と忍足を組み合わせることを提案したのが彰子だったという事実。
その意図は、解散した後、俺と忍足だけに幸村と跡部から明かされた。
「長岡はウチや氷帝の過去の試合を見たんだって」
氷帝のライブラリにある過去の試合のDVDをマネージャーになった2月からずっと見てきたらしい。ライバル校や氷帝の実力を知りデータを集める為に。
「で……仁王のプレイスタイルに不安を持ったらしいんだ」
「イリュージョンなんて言ってはいるが所詮物真似。技をコピーするだけの技術があるのにコピーだけで終わってるってな。それじゃこれ以上強くならねぇと言ってやがった」
ライバル校の選手にそこまで心配しなくてもいいのにな、と跡部は笑う。
「忍足に関してもそうだ。クールと言えばかっこいいかもしれんが、自分で限界線を作ってるとな」
彰子がウチの参謀並に分析力があるのは感じちょったが……。
「そこで相談された。仁王と忍足が一番熱くなって試合出来る相手は誰だろうってな」
ニヤリと跡部が笑う。
「忍足が相手なら、仁王はイリュージョンを使わずに勝とうとするだろう?」
ニッコリと笑う幸村。
「俺もこいつが相手なら冷静ではおられんっちゅーことか」
はぁ、と忍足は溜息をつく。彰子には敵わへんなぁ……と。
「長岡からの提案で、2人を対戦させることに決めたのは俺たちだけどね。長岡本人は2人が熱くなる理由が自分にあるとはこれっぽっちも思っていない」
きょとんとしてたよと幸村は笑う。
「彰子の鈍感さは筋金入りやからな」
相当苦労しとるんじゃろう、忍足が苦笑しちょう。
「だが、長岡の読みはあたって、お前らには実の多いゲームだったはずだぜ」
確かにのう。
「流石は彰子やな」
お前ら2人で話したいこともあるだろと、幸村と跡部が部屋を出て行く。
なんじゃ、恋敵対決でもしろというんか。
「なぁ、仁王。お前、彰子に本気やろ」
2人になったところで忍足が言う。
「そういうおまんこそ、本気じゃなかか」
互いに腹の探りあい。
「ああ、俺は本気やな。けど、俺は焦る気あらへんねん」
意外にも忍足は穏やかに笑う。
「まぁ、お前が彰子のこと呼び捨てにしとるって知ったときはかなり妬いたんやけど」
そもそもお前と彰子が親しいことも知らんかったからショックやったわ、と苦笑する忍足。
「俺もそうじゃ。正直この2日面白うない。おまんが当たり前の顔して彰子の隣におるんじゃ」
「それが俺の定位置や。──けどな、今のところ、俺とお前全くの同列や」
どっちが有利も不利もない。忍足はそう言う。
「確かに俺は一緒に過ごす時間は長いで。寝てる時間以外は一緒におるようなもんや」
でも近すぎる。そう言うことじゃな。
「彰子は……かなり恋愛に関しては鈍感や。俺やお前の気持ちを友情と思うとる。彰子にとっては……『友達』ちゅうのは特別な存在なんや」
ああ、聞いたことはあるぜよ。
彰子はこれまで殆ど友達がおらんじゃった。自分の性格が付き合いにくいんじゃろうと寂しそうに言うとった。
「そのようじゃな……。お隣さんの紹介でお友達が増えたって嬉しそうに言うとったときがあったからな。本当に嬉しそうじゃった。幸村たちが『友達だろう』と彰子に言うた時もほんに嬉しそうじゃった」
今思い返せば紹介された友達っちゅうのは跡部たちのことか。
「ああ、せやな。だから、俺は焦る気あらへんのや。焦って今の俺たちの関係崩したらあかんのや」
こいつは……俺と同じ年のはず。じゃが……どうしてこうも深い表情が出来るんか……。
「彰子が今の状態で俺の気持ちに気付いてしもうたら、彰子は俺から離れる思うんや。同じ想い返せへんからな。そうなったら……彰子は大事にしとる『友達』を失うことになってしまう。多分、跡部たちとも距離置くんやないかな」
忍足を介して知り合った跡部たちだから……か。跡部たちがそれを許容するとは思わんがな。
「俺もそう思うで。けどな、彰子の中では確実に変化するやろ。今の彰子にとって一番心地いい関係やなくなってしまうんや」
本当にこいつは彰子のことを想うちょるんじゃな。
「俺も焦る気はないぜよ。彰子は鈍感じゃしな、長期戦は覚悟しちょる」
彰子のためにも、あいつの気持ちが変化して友情から恋に変わるのを待つのがええと思うちょる。
そう言えば、忍足は穏やかに笑う。
「そうして待っとって、彰子の心が他の男にいったら切なすぎるがの」
「それは大丈夫やと思うで。お前にしろ俺にしろ、彰子の周りにいてる男はレベル高いで」
おまけに跡部に幸村じゃしのう。
「俺も虫がつかんようにせっせと追い払っとるしな」
柳の言うちょった噂か。
「おまんとは長い付き合いになりそうじゃな」
「不本意やけどな」
溜息をつきつつ、笑う忍足。
「さて、そろそろ行くか。彰子にコーヒー淹れてやらんと。今日も忙しゅうしとったしな」
「そうじゃな」
忍足侑士がただの恋敵から『恋敵兼友人』に昇格した日。
負ける気ぃはない。