回避行動なんて取りません

第四話 後は丸投げですの!

 一か月後。わたくしは、ついに日本語のノートを完成させました。

「……出来ましたわ!」

 机の上には、何度も書き直したノートがございます。

 原作の筋書き。災害の発生。疫病の流行。食料不足。わたくしの断罪と、その後に起こる一族の破滅。そして、エーベル王国の衰退。

 前世で読んだ物語を思い出しながら、覚えている限りの情報をまとめました。細かなところまで完全に覚えているわけではございませんけれど、大筋はこれでよろしいはずです。あとは、この情報を予言書に仕立て上げるだけ。

 わたくしは、ノートを前に腕を組みました。

 まずは、予言の巫女らしい文章に整えましょう。原作の内容をそのまま書くわけにはまいりません。未来を知っていることを疑われるのは困りますもの。あくまで、遠い昔に生きたご先祖様が、未来を見通して記した予言。そういう体裁にしなければなりませんわ。

 わたくしはスキルの一覧を呼び出しました。

 『超!古代語書写読解』……相変わらず、「超!」が目立ちますわね。けれど、今は文句を言っている場合ではございません。

 日本語でまとめた情報を、予言書らしい文章に整え、古代語にいたします。

 災害の予兆。疫病が広がる時期。食料不足が起こる地域。そして、対策を怠った場合に、どれほどの被害が出るのか。曖昧な予言では、大人の皆様も動きにくいでしょう。ですから、時期も場所も、必要な対策も、出来る限り具体的に記します。

 洪水が起きる可能性のある地域では、堤防の補強を。旱魃が予想される地域では、貯水施設の整備を。飢饉に備えるなら、食料の備蓄と輸送経路の確保を。疫病に備えるなら、隔離できる施設と衛生対策を。

 ……。……。……よし。わたくしは、漸く書き上げた文章を読み返しました。

 古代語の文面は、わたくし自身が読んでも、随分とそれらしく見えます。勿論、ご先祖様の実際の文体を完全に再現できているかは判りません。けれど、そこはもう、神様からいただいたスキルを信じるしかございませんわ。

「これで、わたくしのお仕事は終わりに近づきましたわ!」

 わたくしは、両手を握りしめました。

 ここまで来れば、もう少しです。あとは本にするだけ。そして、大人の皆様にお渡しするだけ。……いえ、正確には、見つけていただくだけですわね。

 ふふふ。 もうすぐですわ!

 

 

 

 さて、文章が完成したら、次は書物そのものを作らなければなりません。

 予言書が普通の紙に書かれた新しい本では、流石に説得力がございませんもの。ご先祖様が生きていた時代の書物に見えるようにしなければ。わたくしは、スキルを使って古代の羊皮紙を用意しました。そして、完成した文章を魔法で転写。続いて、製本と装丁も古い時代の様式に整えます。表紙、背表紙、綴じ方。細かなところまで、古い書物らしく。

 ……。……。……。

 出来ましたわ!

 わたくしは、完成した書物を両手で持ち上げました。表紙は古びた色合いで、背表紙にも古い書物らしい特徴がございます。新品の本とは、まるで違いますわ。

 けれど、まだ少し新しく見えるような……。わたくしは、じっと本を見つめました。そして、心の中で念じます。――三百年くらい経った本に見えるように汚して。

 すると、魔法が応じました。表紙に僅かな擦れが生まれ、紙にも古びた風合いが加わります。

 ……。……。……。

 おお! これは、なかなかの出来栄えではなくって?

 わたくしは、満足げに頷きました。

「……わたくし、もしかして天才ではなくって?」

 いえ、天才というより、スキルが凄いのかもしれません。けれど、使いこなしているのはわたくしですもの。少しくらい自画自賛しても、よろしいでしょう。

 但し、実際にこの本が本物の古書として認められるかどうかは、また別のお話です。材質や書体、製本や装丁など、専門家がいろいろな証拠を調べなければ、正確な時代判定は出来ません。……わたくしが、そこまで考えて作ったわけではございませんけれど。

 大切なのは、予言書が発見され、内容を信じてもらえることです。そのための準備は、整いましたわ。

 では、最後の仕上げです。わたくしは、完成した予言書を手に取りました。

 公爵家の図書館には、古い書物を保管する秘蔵書庫がございます。そこへ、そっと置いておけばよいのです。

 勿論、わたくしが自分で持っていくわけにはまいりません。5歳児が突然、由緒正しい古書を持って現れたら、不自然ですもの。

 ですから。『超!物質転移』。わたくしは、そのスキルを使いました。次の瞬間。手元から、予言書が消えました。

 ……。……。……よし!

 これで、予言書は公爵家図書館の秘蔵書庫に移ったはずです。あとは、見つけていただくだけ。

 わたくしは、空になった手を見つめました。漸く、ここまで来ましたわ。あとは大人の皆様が何とかしてくださるでしょう。

 わたくしは5歳児。国家の危機管理など、専門家にお任せするべきですわ!

 ……とはいえ。

 すぐに見つけていただけるとは限りません。図書館の秘蔵書庫ですもの。司書の方が点検してくださるまで、時間がかかるかもしれません。

 まあ、仕方がございませんわね。わたくしのお仕事は、ここまでです。

 ふう。これで一安心ですわ!

 

 

 

 2年後。ルヴェリエ公爵家の図書館では、5年に一度の大規模な虫干しと蔵書点検が行われていた。広大な図書館には、歴史書、古文書、貴重な写本など、数え切れないほどの書物が収められている。その中でも、秘蔵書庫に保管された古書は、特に慎重な取り扱いが求められる品々だった。司書たちは、長年の経験を頼りに、一冊ずつ書物の状態を確認していく。

 そして、その日。秘蔵書庫の奥で、一人の司書が見慣れない古書を発見した。

「……ん?」

 司書は、手を止めた。見覚えのない書物だった。いや、正確には、見覚えがないどころか、目録にも記録がない。古びた表紙。独特の装丁。そして、表紙に記された文字。

 司書は、息を呑んだ。

「……まさか」

 震える手で書物を取り上げ、表紙を確認する。何度も確認する。そして、次の瞬間。

「旦那様! えらいこっちゃでございますです! 予言の巫女様の新刊が見つかりましたー!」

 図書館に、司書の叫び声が響き渡った。

 

 

 

「……新刊?」

 報告を受けたクリストフは、思わず聞き返した。

 公爵として多忙な日々を送る彼にとって、図書館の蔵書点検は重要ではあっても、日常業務のひとつにすぎない。それが突然、「新刊が見つかった」と大騒ぎされても、すぐには理解できなかった。

「いえ、古書でございます! しかし、私にとっては新刊同然でございます!」

 司書は、興奮で顔を真っ赤にしていた。

 彼は予言の巫女に関する研究を長年続けている。その著作はすでにいくつか確認されているものの、現存する資料は限られていた。もし、本当に未知の著作が発見されたのなら、歴史的な大発見である。研究者にとっては、一生に一度あるかないかの出来事。司書にとっては、まさしく人生最大の事件だった。

「旦那様、どうかこちらをご覧くださいませ!」

 差し出された書物を、クリストフは慎重に受け取った。表紙を眺め、背表紙を確かめる。確かに、古い書物のように見える。しかし、それだけで本物と判断するわけにはいかない。

「……まずは内容を確認しよう」

「勿論でございます!」

 司書は大きく頷いた。

 クリストフは書物を開いた。そこには、見慣れない古代語が記されていた。彼自身、古い文献に触れる機会はある。しかし、全てを読み解けるわけではない。

 それでも、司書が用意した翻訳と、読める範囲の文章を照らし合わせていくうちに、クリストフの表情が少しずつ変わっていった。

 災害の予兆。疫病の流行。食料不足。そして、それらが起こる時期と地域、被害を防ぐために必要な対策。単なる曖昧な警告ではなかった。内容は、驚くほど具体的だった。

 クリストフは、書物から目を上げた。

「……これは、王城に報告する必要があるな」

 司書は、何度も激しく頷いた。

「はい! はい! ぜひとも!」

 クリストフは再び書物へ目を落とした。そのとき、ある一文が目に留まった。現在の時代を示すような、奇妙な表現だった。クリストフは、その一文を読み上げた。

「賢后の尻に敷かれし名君の御代……?」

 そして、暫く黙り込んだ。

 

 

 

 エーベル王国の現国王、イジドール。賢明で、国を治める能力に優れた君主である。そして、その王后レオノルは、社交界だけでなく政治の世界でも強い影響力を持つ女性だった。王后の意見は、国王の政策にも大きく反映される。

 夫婦仲は良好であり、国王が王后の意見を積極的に取り入れていることは、王城に仕える者なら誰もが知っていた。

 尤も。国王本人は、自分が王后に尻に敷かれているとは思っていない。王后本人も、夫を尻に敷いているつもりはない。少なくとも、本人たちの主張によれば。

 しかし、周囲の者たちの見解は、また別である。クリストフは、思わず額に手を当てた。

「……陛下がお読みになったら、どのようなお顔をなさるだろうな」

 司書は、答えなかった。答えられなかったのである。

 予言の巫女が、現代の国王夫妻をここまで具体的に言い表している。勿論、これだけで本物と断定することは出来ない。

 だが、もし本物であれば。この書物は、単なる古書ではない。王国の未来を左右する可能性を秘めた、極めて重要な資料ということになる。クリストフは、慎重に書物を閉じた。

「陛下に直接ご報告する」

「畏まりました!」

 司書は、深々と頭を下げた。

 こうして、予言書は王城へ運ばれることになった。

 

 

 

 王城。予言書を受け取ったイジドールは、クリストフから説明を受けると、すぐに内容を鵜呑みにすることはしなかった。

「まずは検証が必要だ」

 国王は、書物を机の上に置いた。

「学術院の研究者たちを集めよ。材質、書体、古代語の用法、文章の癖、装丁。あらゆる面から調べさせるのだ」

「承知いたしました、陛下」

 クリストフは一礼した。

 国王の判断は妥当だった。どれほど興味深い内容であっても、真贋を確かめずに国政を動かすわけにはいかない。ましてや、災害や疫病への対策には、莫大な費用がかかる。予言が誤りであれば、国庫に無用な負担をかけることになる。しかし、予言が真実であった場合、何もしなければ取り返しのつかない被害が生じるかもしれない。

 国王は、その両方を考慮していた。

 数日後、学術院から調査結果の第一報が届いた。複数の研究者が、予言書の材質、書体、古代語の用法、文章の特徴、装丁をそれぞれ調べていた。現存する予言の巫女の著作とも照合が行われた。そして、研究者たちは慎重に結論をまとめた。この書物が、予言の巫女の未知の著作である可能性は高い。但し、最終的な真贋の判断には、更に検証が必要である。

 イジドールは報告書を読み終えると、王后レオノルを呼んだ。更に、クリストフと関係する大臣たちを招集した。会議の席には、予言書の翻訳と、災害や疫病に関する記述をまとめた資料が並べられた。

「これを見てほしい」

 イジドールは、出席者たちに資料を示した。

「真贋の最終判断を待つだけの時間はない。予言が誤りであった場合の損失と、真実であった場合に何もしない損失を比較せよ」

 王后レオノルは、すぐに資料へ目を通した。

「堤防の補強や備蓄の増強なら、予言が外れても無駄にはなりません。疫病対策も同じです。準備をしておくこと自体に意味がありますわ」

「うむ。対策に必要な予算を確保しよう」

 イジドールは頷いた。

「各地の領主にも通達を出す。水害が予想される地域では堤防を点検し、旱魃の可能性がある地域では貯水施設を整備させよ。食料の備蓄と輸送経路も確認する。疫病に備えた隔離施設と衛生対策も進めるのだ」

 大臣たちは、次々と指示を受け取った。

 災害対策を担当する者は、該当地域の調査に取りかかる。財務を担当する者は、必要な予算を検討する。地方行政を担当する者は、各地の領主との連絡を始める。そして、疫病対策を担う者たちは、医師や薬師と協力し、必要な物資や施設の確保を急いだ。

 予言書の真贋については、引き続き研究者たちが検証を進める。だが、国として必要な備えを後回しにする理由はなかった。

 こうして、エーベル王国は静かに、しかし確実に動き始めた。それは、一冊の古書から始まった、国家規模の危機管理だった。

 

 

 

 ……さて。

 その頃のわたくしは、というと。

「お父様、最近お帰りが遅いですわね……」

 少し寂しくなっておりました。

 以前は、お仕事の合間にも顔を見せてくださったお父様。最近は王城へ詰めることが増え、帰宅が遅くなる日も多くなっております。

 お母様も、お父様が不在の間、公爵家の内政を支えるためにお忙しそうです。お兄様たちも、それぞれの立場で仕事や勉強に励んでいらっしゃいます。

 ……。……。……まさか。

 わたくしは、はっと顔を上げました。

 予言書が見つかったのではなくって!? そう考えれば、全てに説明がつきますわ。

 お父様が王城へ通うようになったこと。お母様が公爵家の仕事を支えていること。お兄様たちも忙しくなったこと。

 きっと、予言書に記された内容をもとに、大人の皆様が動いてくださっているのです!

 ……ふふふ。ふふふふふ。わたくしの計画、大成功ですわ!

 勿論、誰にも言いません。わたくしが予言書を作ったなどと知られては、せっかくの計画が台無しになってしまいますもの。

 ここは、何も知らない5歳児の顔をしておきましょう。……いえ、もう7歳ですけれど。

 ともかく。わたくしの仕事は終わりました。あとは、大人の皆様にお任せするだけですわ!

 ……と、思ったのですが。

「フラン、今日は一緒に庭を散歩しよう」

 マティアスお兄様が、にこにこと微笑んでいらっしゃいます。

「新しい遊び道具を用意したんだ。フランが気に入ると思うよ」

 ユルリッシュお兄様も、相変わらず抜かりがありません。

「護身の稽古も、少しずつ覚えておくといい」

 ラザールお兄様まで、真面目なお顔で仰いました。

 ……。……皆様、お忙しいのではございませんの? いえ、きっと忙しい合間を縫って、わたくしと過ごす時間を作ってくださっているのでしょう。

 ありがたいことですわ。ありがたいことですけれど! わたくしには、少しだけ静かに過ごす時間も必要なのです。

 そして、午後にはお母様からお茶のお誘いがありました。

「フラン、新しい焼き菓子を用意したのよ」

「まあ、お母様!」

 ……。お菓子には勝てませんわ。

 しかも、夜にはシルヴィ兄様がいらっしゃいました。

「フラン、今日は少し疲れているようだね。無理をせず、休もう」

 そう言って、優しく抱き寄せてくださいます。

 ……。シルヴィ兄様にも勝てませんわ。結局、わたくしの日常は、以前とあまり変わりませんでした。

 家族の皆様は、相変わらずわたくしを大切にしてくださいます。お父様やお母様、お兄様たちが忙しくなっても、わたくしと過ごす時間を作ろうとしてくださるのです。そして、シルヴィ兄様は、わたくしが疲れていると見るや、休ませようとなさいます。

 ……皆様、本当にありがとうございます。わたくしは、心の中でそっと手を合わせました。

 お父様、お母様、お兄様たち。国王陛下、王后陛下。どうぞよろしくお願いいたしますわ!

 災害対策も、疫病対策も、食料の備蓄も。国を守るために必要なことは、全て大人の皆様にお任せいたします。

 わたくしは、予言書を作りました。情報も、出来る限り具体的に記しました。あとは、専門家の皆様が調べ、政治を担う皆様が判断し、実行してくださるはずです。

 それでよいのです。わたくしは5歳児……いえ、7歳児ですもの。国政を担う必要はございませんわ!

 ……ふう。

 これで、漸く安心して眠れます。わたくしは、ふかふかの寝台に潜り込みました。

 明日もきっと、お兄様たちが遊びに誘ってくださるでしょう。お母様がお茶に誘ってくださるかもしれません。シルヴィ兄様も、きっと会いに来てくださいます。

 そんな日常を思い浮かべながら、わたくしは目を閉じました。大人の皆様が、きっと何とかしてくださる。そう信じて。

 ……後は丸投げですの!わたくしは、安心しきって眠りについたのでした。