エレノア・ヴァレンティス伯爵令嬢
本作の主人公。
二十歳になったばかりの伯爵令嬢。
派手な美貌の持ち主ではないが、よく通る声と、相手の目をまっすぐに見据える灰青色の瞳が印象的な女性。
歯に衣着せぬ物言いと、物事を冷静に分析する明晰な頭脳の持ち主であり、周囲が感情に流されているときも、事実を整理して問題の本質を見極めようとする。
故人となったレオナルト第一王子の日記が公開され、彼の不遇な境遇に同情する声が広がるなか、エレノアは「馬鹿じゃないの?」と一刀両断。
王妃の野心や国王の愛情不足、望まぬ婚約といった事情には理解を示しながらも、それらを理由に王子の責任まで免除することには異を唱える。
教育記録や教師たちの報告書、関係者の証言を丹念に調べ、レオナルトに与えられた機会と、彼自身が選んだ行動を明らかにしていく。
人の不幸を理解することと、その人の過ちを許すことは別だという信念を持ち、王族であろうと貴族であろうと、自らの行いには責任を負うべきだと考えている。
厳しくも公平な視点で、王位継承者に求められる資質と責任の意味を問い直す、理知的で芯の強い令嬢。
レオナルト第一王子
故人。
国王と王妃の長男として生まれ、かつては王位継承者として期待されていた第一王子。
幼い頃から母である王妃に王位を継ぐことを強く求められ、父である国王からは十分な愛情を得られず、自分より一歳年下の異母弟ユリウスが優れた能力を示すことに強い劣等感を抱いていた。
礼儀作法を身につけるのは早く、記憶力にも優れ、興味を持った分野には熱心に取り組めるなど、決して能力に恵まれなかったわけではない。
しかし、苦手な課題で失敗すると自尊心を傷つけられたと感じ、教師の指導方法や周囲の環境に責任を転嫁する傾向があった。
婚約者のアデライード公爵令嬢に対しても、彼女がユリウスと親しかった過去を気にするあまり、差し出された親切を素直に受け取ることができなかった。
一時は自らの不足を認め、努力によって成長する兆しを見せたものの、懸命に取り組んでも弟に勝てない現実に直面すると、再び努力を放棄してしまう。
やがて王位継承者としての適性を疑問視され、継承順位を下げられた後、王宮を離れて領地経営を学ぶこととなる。
病を得て三十歳を迎える前に亡くなった彼の人生は、愛されなかった悲しみと、自らの弱さに向き合えなかったことの両方を浮き彫りにする。
ユリウス第二王子
国王と側室の間に生まれた第二王子で、レオナルト第一王子の一歳年下の異母弟。
幼い頃から学問や政治的判断力に優れ、王位継承者として高い資質を示した人物。
八歳のとき、狩猟場で乗馬具に細工をされ、馬が暴走するという暗殺未遂事件に遭遇する。
護衛騎士の機転によって命は救われたものの、この事件は王宮の勢力関係を大きく揺るがし、兄レオナルトの婚約にも影響を及ぼした。
教育面では、王妃の実家にとって王位を脅かす存在だったこともあり、兄ほど恵まれた環境を与えられていたわけではない。
それでも、教師から兄との成績を比較されても競争心を煽られることに関心を示さず、自分の理解不足を確かめるために質問を重ねた。
間違いを指摘されても不機嫌にならず、解答の根拠を確認し、同じ問題に再び取り組もうとする姿勢を持つ。
模擬統治演習では、凶作に見舞われた領地の食料確保や財政維持について、商人との交渉や都市間の協力を組み合わせた現実的な案を提示。
外交演習でも、相手国との交易協定を通じて双方に利益をもたらす構想を立て、高い評価を得た。
兄を打ち負かすことではなく、課題を理解し、失敗から学び、よりよい答えを探すことを重視する姿勢が、王位継承者としての資質を際立たせている。
アデライード公爵令嬢
かつてレオナルト第一王子の婚約者だった公爵令嬢。
三十代に差しかかった現在は独身で、公爵家の領地経営や慈善事業に携わっている。
幼い頃にはユリウス第二王子と親しく、読書の好みが似ていたことから本について語り合ったり、庭園で植物の名前を教え合ったりしていた。
ユリウスは、わからないことがあれば年上の教師にも遠慮なく質問する人物であり、アデライードはそんな彼に好意を寄せていた。
両家の間では将来の婚約について話し合いが進んでいたが、ユリウスが暗殺未遂事件に遭ったことで状況は一変する。
王家の安定と第二王子の安全を守るため、国王はアデライードの父にレオナルトとの婚約を提案。
実質的には王命に等しい決定により、彼女は自らの気持ちだけでは将来を選べなくなった。
婚約後はレオナルトを嫌っていたわけではなく、互いを理解しようと努力した。
歴史の課題で苦労していると聞けば参考書を持参し、一緒に考えようと声をかけたこともある。
しかし、レオナルトは彼女の親切を同情と決めつけ、ユリウスへの好意を疑い続けた。
彼の孤独や苦しみを理解しながらも、それを埋めるために自分の心を押し殺す義務はないと考える。
王家の政治に翻弄されながらも、自分自身の感情と尊厳を大切にする、穏やかで芯の強い女性。
セシリア・ローゼン公爵令嬢
現宰相の姪であり、王宮の教育制度にも詳しい公爵令嬢。
深緑色のドレスをまとい、慎重に言葉を選びながら物事を考える知的な女性。
故人となったレオナルト第一王子の日記が公開され、王都で彼への同情が広がるなか、セシリアもまた、母親から王位を求められ、父親から十分な愛情を得られなかった彼の境遇に心を痛めていた。
エレノアがレオナルトを厳しく批判すると、幼い頃から過度な期待を背負わされていたのであれば、心が歪んでしまったとしても不思議ではないのではないかと問いかける。
しかし、エレノアとともに王室記録院から取り寄せた教育記録や教師たちの報告書を調べるうちに、彼女の認識は少しずつ変わっていく。
レオナルトには優秀な教師がつけられ、苦手分野への個別指導や学習方法の見直しなど、成長のための機会が与えられていた。
一時は努力によって改善を見せながらも、弟ユリウスに及ばない現実に直面して努力をやめてしまったことも知る。
セシリアは、環境が人に与える影響や、愛情を求める気持ちそのものを否定することなく、それでも他人を傷つけた責任まで消えるわけではないという考えを理解していく。
レオナルトへの同情から出発し、エレノアとの対話を通じて物事を多角的に捉えるようになる、読者とともに本作の主題を考える役割を担う人物。